第4話 誓い

 月歌さんは鍵を扉の鍵穴に差し込み、鍵を開けた。


「どうぞ」


「あ、ありがとう」

 

 月歌さんが扉を押さえて僕を通してくれた。


「ところで、星野先生は天音の病気が何か知ってるんですか?」


 廊下を進みながら、月歌さんがそんなことを訊いてくる。


 名乗った覚えはないけど、ネームプレートを見せてるから覚えてたんだろう。


「……いや、全くわからないんだ。光に当たってあの痣ができたと聞いたけど、太陽光アレルギーだったとしてもあんな痣はできない。だから『奇病』だと思うんだ」


「奇病……」


 月歌さんが小さな声で呟く。


「僕は奇病の治療方法の研究をしててね。だから呼ばれたのかもしれない。でも、天音さんの症状は見たことがない。だから、僕の専門外だからわからないんだ」


「……そうなんですか……」


 落ち込んだ声が返ってくる。


 僕が、天音さんの奇病が何かわかっていたらどんなに良かったか。治療法は分からなくても、天音さんがあんな暗い部屋に閉じこもらなくてもいい方法がわかったかもしれないのに。


 自分の無力さに腹が立って、僕はギュッと拳を握りしめた。


 月歌さんは雰囲気を察しているのか、一言も発さずに階段を上がっていく。そして天音さんの部屋のドアをノックした。


「天音? 私だけど、入っていい? 星野っていうお医者さんもいるんだけど……」


「る、月歌? ちょっと待って。部屋が……」


 天音さんの慌てたような声が聞こえたあと、物音がした。


「……いいよ」


 ややあって返事があり、僕たちは部屋に入った。


 見たことある暗い部屋に、ベッドを覆う大きな箱。


 月歌さんが部屋のドアを閉めると、天音さんはゆっくりと開いた箱から出てきた。


「せ、先生まで……何で?」


 天音さんが僕を見て驚く。


「あれ? さっきドアノックしたとき、言ったよ? 先生いるって」


「え、嘘」


「天音はおっちょこちょいだなぁ」


 頬を赤くする天音さんに、カラカラと笑う月歌さん。その光景が微笑ましくて、思わず僕の口にも笑みが浮かんだ。


「そうだ! 先生、聞いてください。天音って、すごく勉強できるんですよ」


「ちょ、月歌……」


 唐突に月歌さんが喋りだした。結構おしゃべりらしい。


「去年なんて四回定期テストがあったんですけど、それで全部上位十位以内に入ってたんです!」


「あれ、てことは……今中学二年?」


 僕は思わず訊いた。


「はい。……言ってませんでした?」


「中学生だろうとは思ってたけど……」


「……ごめんなさい。年齢言うの忘れてました」


 月歌さんと僕の会話を聞いていた天音さんが謝ってくる。


「いや、謝らなくていいよ。僕も訊いてなかったし……」


 僕は慌てて手を振った。


 それからひとしきり喋った。天音さんは月歌さんと喋るとき、普通の女子中学生の顔になっていて、僕は胸が締め付けられる思いがした。


 僕が、もっと奇病に詳しければ。天音さんの奇病が何なのか知っていれば。天音さんがあんな暗い笑みをしなくて済んだのに。いつも、こんな風に笑っていられたのに。


 何が何でも調べよう――そんな想いが芽生えた。必ず、天音さんの奇病が何なのか突き止めて、治療法を見つける。そして、天音さんがまた楽しく生活できるよう、こんな暗い部屋に閉じこもらなくてもいいようにしよう。


 僕は飽きっぽい性格だけど、これほどかたく心に誓ったことはなかった。

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