第3話 友達

 しばらく流星群を見ていた僕はそっと浜辺を離れた。


 人通りが多い道に出て、バス停に向かって歩く。すると突然、「あの」と声をかけられた。


 驚いて振り返ると、高校生くらいの女の子がワイヤレスイヤホンのケースを持って立っていた。


「これ、落としましたよ」


「え」


 驚いて着ていたパーカーのポケットを探るけど――ない。


「ああ……ありがとうございます」


 僕がお礼を言いながら受け取ると、女の子はにっこり笑って立ち去っていった。


 女の子の後ろ姿を見送りながら、ふと思い出す。


 ――そういえば、あの子に声をかけられたのも突然だったな。



―――――――――――――――――――



 どうしても気になる。


 結局、あの日はとりあえず専門外だということは天音さんの母親――沙雪さゆきさん――に伝えた。沙雪さんは残念そうにしていたけど、僕にできることは何もない。


 けど、やっぱり頭のどこかには天音さんの笑顔が浮かんでいた。生きることを諦めてしまったかのような、暗い微笑み。ずっと引っかかっている。気になって通常診療も手につかない。


 そのせいか、残業が溜まってしまい、それから一週間は天音さんの奇病を調べることができなかった。


 ようやく残業が一段落付き、天音さんのことが気になった僕は、夜勤の小児科医に引き継ぎをしたあとまた天音さんの家に向かった。


 チャイムを鳴らす。けど、誰も出てこない。


「沙雪さんは留守か……」


 天音さんは部屋から出られないのだから、鍵を開けてはくれないだろう。


「誰ですか?」


 不意に背後から声が聞こえて振り返る。そこに居たのは、天音さんと同じ歳くらいの女の子だった。黒いウェーブがかかった髪に細目の、優しそうな女の子だ。


「ああ……僕、この家のお嬢さんに会いに来たんだけど……」


「天音に? じゃあ……お医者さんですか?」


「ああ、うん、そうだよ」


 話が早い。けど、女の子の表情からは訝しげな色が消えてない。


「……ホントにお医者さんですか?」


 随分用心深いみたいだ。


「そうだよ」


 僕はバッグからネームプレートを取り出して見せた。それを見て、女の子はようやく安心したらしい。ちょっと微笑んで、家の門を開けて入っていく。


「私は川西かわにし月歌るかです。天音の友達で、よく天音に会いに来るんです。天音は学校に来れないから……」


 語尾がだんだん小さくなる。


 月歌さんは門から玄関に続く石畳の小道の中程で立ち止まり、側にあるマリーゴールドの鉢植えの中から鍵を取り出した。


「え、そんなことしちゃっていいの?」


 思わず訊いてしまう。泥棒とほとんど変わらないのではないか。


「大丈夫です。天音にも、天音のお母さんにも許可は得てるので」


 公認だったらしい。僕は頷いて、乗り出した身を引いた。

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