第2話 少女の奇病

 ドアが閉まり、真っ暗になる。暗闇に目を慣れさせようと瞬きをしていると物音がした。ガタッという何かと何かがぶつかるような音。そして何かが開くような音。


 突然、目の前がボンヤリ明るくなった。それに照らされて僕の視界に映ったのは――女の子だった。


 中学生くらいだろうか。長い髪を一本のみつ編みにして肩に垂らしていて、前髪はちょっと長めだ。


「……こんばんは。三島天音です」


 床に正座した彼女――天音さんは掠れた声で自己紹介をした。


「こんばんは。僕は星野誠。大道寺総合病院の小児科医。よろしくね」


 僕はしゃがんで天音さんに目線を合わせた。そして自己紹介をして微笑んで見せる。


 けれど、天音さんは少しも笑みを見せない。じっとうつむいたまま黙っていた。


「…………急に来ていただいて、ありがとうございます。無理言ってすみません」


 十秒ほどの沈黙の後、天音さんはうつむいたまま言った。


「そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。これも仕事だし」


 僕は、言い終わると同時にあることに気づいた。天音さんは半袖パジャマの上に薄いパーカーを羽織っていた。けれど、左上腕部が何故かぼんやり光っている。


(部屋が少し明るくなったのは、これか)


 僕はメガネを少し押し上げた。なんだろう、これ。


 天音さんは僕の視線に気づいたらしく、少し顔を上げた。


「……これを診てほしいんです」


 羽織っているパーカーを肩からずらし、パジャマの左袖をまくって見せる。左上腕には――銀河のような紫色の痣が浮かんでいた。光はこの痣から発せられているみたいだ。


 痣は左上腕部を完全に覆っていて、銀河系のような渦を巻いている。 


「先月、急にここに痣が浮かびました。それがすごく痛くて……切り裂かれたみたいでした」


 天音さんは辛そうに言う。


 なるほど。僕が呼ばれたのはこれが原因か。


 おそらく、彼女は【奇病】に罹ってるんだ。


「それからしばらくして気づいたんですけど……明かりのある場所に行くとこの痣が傷んで、広がっていくんです。だから……ベッドを囲んで真っ暗にしたんです」


 【花吐き病はなはきびょう】や【涙石病るいせきびょう】なんてのは聞いたことある人も多いだろう。症状から見て、彼女はその類に罹っている。


 僕は奇病に興味がある。小児科医だけど、奇病の治療法の研究もしてるんだ。


 けれど、こんな人体発光現象みたいな症状は見たことがない。新しい奇病なのか?


 だとしたら……僕にできることはない。僕がやってるのは治療法の研究だから。新しい奇病の研究はしてない。


「いや、これは……ごめんね。これは僕の専門外なんだ」


 僕が断ると、天音さんはまたうつむいた。


「……そうなんですか……ごめんなさい無理言って」


 天音さんはパーカーの袖を元に戻した。部屋が若干暗くなる。


「でも、調べてみるよ。もしかしたら僕が知らないだけかもしれないし」


「……ありがとうございます」


 天音さんはようやく少し微笑んだ。けど、それはあまりにも傷ついた微笑みだった。

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