星降る夜

瑠奈

第1話 突然の往診

 流星群が降る。


 星がよく見える浜辺に来ていた僕はボンヤリとそれを見上げていた。


 雲一つない真っ暗な空を、数え切れないほどの星が流れていく。


「今年も僕一人か……」


 ボソッと呟いてみる。


 僕が流星群を見ようとすると必ず晴れるのは、きっと彼女のおかげだ。


 流星群のように激しくその心を燃やし、そして自分の意志に関わらず散っていった僕の患者の――。


 ――――――――――――――――――――――



 五年前。僕は総合病院で小児科の医師として働いていた。


星野ほしのまこと】と書かれたネームプレートを付けた白衣を羽織った僕は、パソコンを操作していた。デスクに置かれたデジタル時計には、午後五時四十五分と表記されている。夜勤の医者と交代するまで、後十五分。


(えーっと……明日は一歳の男の子の予約が入ってるな)


 明日の診療予定をチェックしていると、時計の横に置いた固定電話の着信音が鳴った。内線ボタンが光っていない。


(予約か……)


 そう思いながら受話器を取った。


「はい。大道寺総合病院の小児科医、星野です。……え? 今からですか?」


 今すぐ往診に来てほしいという電話だった。声は女性だ。子供になにかあったのだろうか。当時僕は、そんな悠長なことを考えていた。


「申し訳ございません。僕は勤務時間が……後五分で夜勤の医師に交代するので、そちらでしたら……」


 僕はやんわりと断ったけど、女性は頑として譲らなかった。


「はぁ……」


 受話器を置いてため息をつく。結局、断ることができなかった。自分のお人好しな性格にはつくづく嫌になる。


 しかし、引き受けてしまったからには仕方がない。僕は白衣や診療に使う道具をバッグに詰め込んだ。そして夜勤の小児科医に一言言って病院を出た。



「こんばんは。電話を頂いた星野です」


 【三島みしま】と表札の掛かった家のチャイムを押し、出てきた女性に挨拶をする。


「こんばんは。無理言ってすみませんでした」


 女性が頭を下げる。どうやら、電話をしてきたのはこの女性らしい。


「いえ、大丈夫です。ところで、診療をしてほしいというのは……」


「娘の天音あまねです。部屋にいるのでご案内します」


 女性はそう言って廊下を進んでいく。僕は慌てて靴を脱いで追いかけた。


「娘さんはどのような症状なんですか?」


 尋ねると、女性は困ったような表情をした。


「それが……よくわからないんです」


「わからない? どういうことですか?」


 僕は思わず訊き返した。そもそも医者を家に呼ぶなんてこのところないし、そんなに重大なのかと思ってたんだけど。


「ただの風邪などではないんです……先月に娘が発症してから色んなお医者さんに聞いてみたのですが、なんの病気か全くわからなくて……」


 女性が言い終わったちょうどその時、階段を登りきった。女性が【あまね】と書かれたドアプレートがかかったドアをノックする。


「天音、先生が来たわよ。大丈夫?」


 すると、少し物音がしたあと「……どうぞ」と小さな声がした。


 女性がドアをあけると――何も見えなかった。


 いや、何も見えないというよりは、真っ暗だった。今は六月。まだカーテンをきっちり閉める時間ではないのだけれど……部屋の窓には遮光カーテンがしっかりかかっていた。


 そして、ベッドがあるであろう場所には、大きな箱のようなものが置いてあった。ベッドをしっかり覆うくらいに大きい。ダンボールか、これ?


「先生、お願いします。天音、じゃあドア閉めるよ」


「え、お母さん、付き添わなくていいんですか?」


 僕、医者とはいえ男なんだけど……娘と部屋で二人っきりって、大丈夫なのかな。しかも、ドア閉めるって真っ暗になるし……


 驚いた僕が思わず訊くと、女性は申し訳なさそうな表情をした。


「すみません……娘が先生と二人がいいって言って……それと、こうしないと娘が出てこられないんです」


「……?」


 ますます訳がわからない。真っ暗にしないと出てこられない? そんなに光に弱いのか?


 けれど、僕はここで気付くべきだった。僕が呼ばれた理由に。

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