エピローグ

魔王討伐から1年ほどが経過した。


アカリさんが開いた飲食店「勇者食堂」は大成功を収めている。

今や4か国に60店舗以上を抱える、超人気有名店になっている。

異世界ニホンの珍しい料理が人気を博し、僕の有り余る資金も投入されたので、あっという間に店舗が増えてしまった。エスパーニャ商会が全面支援してくれたのも大きい。


勇者食堂の料理を模倣したり独自にアレンジするライバル店も増えていて、この世界の食文化は急速に変化しつつある。

最近はどこの国に行っても、ニホン風の料理を見かけるので、食事に困らないのが嬉しい。


ナタリーさんは半年ほど前に冒険者を引退して、僕の故郷の町で冒険者ギルドの受付嬢をやっている。

ドリスさんに子供が出来て、その代役を頼まれたのをきっかけとして引退を決意したのだ。

面倒見が良いので、既に多くの新人冒険者に慕われているそうだ。


そして、妹のラウラが冒険者になってしまった。その理由が「憧れのナタリーお姉ちゃんが受付にいるから」だと言っていた。

適職に”狩人”を選んだのも同じ理由だろう。


エレーヌはアカリさんを元の世界に帰すための研究を続けている。

僕もそれを手伝って、世界中をあちこち飛び回っていた。

北の”魔大陸”に潜入して調査もした。

調査途中で、偶然に未知の大陸を発見したこともあった。


その甲斐もあって、英雄召喚の仕組みはほとんど解明が終わったらしい。

エレーヌから説明を受けたけど、僕にはさっぱりわからなかった。高次元がどうたらとか。

結論として、仕組みが判明したものの、それが送還方法の発見には結びつかなかったようだ。

それをアカリさんに報告すると、

「残念ですけど、大丈夫ですよ。こっちの世界でもやりたい事が出来ましたから」

と笑っていた。1年経って、彼女の中でも色々と変化があったみたいだ。


それでもエレーヌは諦めていない。僕もそれに付き合う事にした。


エレーヌはアカリさんの帰還方法を別の方向から探してみる、と言い出して、この1か月ほどはずっと魔道具を作っていた。飲まず食わず眠らずで、ぶっ続けだ。

それが完成したらしい。

「ノアさん、手伝ってください」

「うん。どうすればいい?」

「この装置を持って空を飛んでください。飛行ルートはこの地図の通りです」

「了解」


エレーヌに言われて、世界中を飛んで回った。

半月ほどで結果が出た。


「やっぱり、反応がありますね。南西大陸の砂漠のちょうど中心付近です」

「次はそこに?」

「はい、行きましょう!」

確か、砂漠の中心と言えば、そこにダンジョンがあるって言い伝えがあったよね。


この砂漠は、風が強いので空を飛んで行けない。かと言って、砂上船は砂漠の中央になんて向かってくれない。

「冗談じゃない!そんな命知らずはどこにもいねぇよ」

と断られてしまった。

仕方ないので、<忍法・影渡り>で移動することにした。影の無い場所では、大きな岩を<投擲>して、遠くに影を作ることで対応した。


そうやって砂漠の中央付近に到達すると、凄まじい砂嵐が巨大な渦を巻いていて、その向こうが見えない。

「この中かな?」

「位置的にはそうですね」

普通ならこんな砂嵐の中に入って行くことは不可能だ。


<忍法・影渡り>

砂嵐の内側でも影があるならば、僕はそこに行くことができる。

影を潜って抜けた先には、巨大な塔が立っていた。

「高いですね」

「首が痛くなりそう」

天辺が見えない。

塔の外壁は真っ白ですべすべとした材質で出来ていて、継ぎ目が見当たらない。石とも違うようだ。


ぐるりと周囲を見て回ったけど、入り口が見当たらない。

南側の壁面に、文字が書いてあっただけだ。

「これは、未知の言語ですね。ですが<言語理解・4>スキルで読むことが出来ました」

「なんて書いてあるの?」

「『魔王をほふりし者のみが踏み入る資格を持つ。証を示せ。』と書いてあります」

「証?」

「魔王核かもしれません。触れないように気を付けて出してみてください」

「分かった」

影収納から地面に魔王核を出す。

ヒィィン!

魔王核から甲高い音が鳴って、塔の壁面に青い光の筋がいくつも走った。


「「えっ!」」

音もなく、目の前の壁に二人並んで通れるくらいの穴が開いて、中が見えた。

僕らは顔を見合わせて、魔王核を仕舞ってから、その穴を潜った。

中に入ると、背後でその穴は音もなく塞がった。


塔の内部は、天井が無くて吹き抜けになっている。果てが見えない。

その中心部には祭壇にも見える、四角い台のようなものがあった。

近づいて調べると、また文字が書いてあった。

「エレーヌ」

「はい。これは『証を捧げよ』と書いてあります」

台の上にはちょうど魔王核と同じ大きさの窪みがある。

「この窪みに魔王核を置けってことか」

「恐らくは。ちょっと待ってください、記録魔道具を起動しますね。…はい、いつでもどうぞ」

エレーヌのその言葉を聞いてから、影収納から直接窪みに魔王核を取り出した。


すると、また高音が響いて、祭壇に蒼い光が走る。

その光は床にも伸びていき、円状の魔法陣を描いた。

カッ!

真っ白な光が満ちて何も見えなくなった。

「うっ!」「ひゃっ!」

床の感触も無くなり、宙に浮かんでいるかのような感覚になる。


ようやく光が消えて視界が戻ってくると、ガヤガヤと喧騒が聞こえて来た。

「えっ!」「ここは?」

周囲の風景がガラリと変わっていた。

まぁ、それは転移なのだから当たり前だろう。

問題はその景色だ。


巨大な塔のような建造物が左右にいくつも聳え立っている。まるで巨大な城壁のようだ。

僕らが立っているのはその建造物の間にある道のようだが、王都の大通りくらい、とても広い。

しかも、石畳ではなく、何やら黒っぽい物で、見渡す限り平らに固められていた。

その大通りをたくさんの人間が歩いていた。

色んな服装をしているが、どれも見たことが無い様式だ。あぁ、いや。あっちのお仕着せは分かるぞ、メイドさんだ。あ、セーラー服もいた。


「ノアさん、ここの看板はニホン語で書かれています」

「そうなの?…言われてみれば、歩いてる人たちも、何となくアカリさんに顔立ちが似てる気がする」

「確かめてみましょう」

エレーヌが近くの歩行者に話しかけていた。

「SUMIMASEN…」

僕はその間に周囲を観察する。


通行人にジロジロと見られている。

それだけじゃなくて、何か小さな板のようなものを手で持ってこちらに向けられている。

あれは何だろう?

気が付けば、僕の周りを囲むように人垣ができていた。

敵意は感じないけど、何か怖い!


「ノアさん!」

興奮気味にエレーヌが駆け寄ってきた。

「やっぱりここはニホンだそうですよ!」


アカリさんをニホンに送り返そうと思って方法を探していたら、何故か僕らがニホンに来てしまった、って事か。


「はぁ~、僕らが来てどうするのさ!」

僕は青空を仰いで途方に暮れた。


【完】




──────────


ここまで長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。




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ノアのレベル下げ紀行 〜ドレインされるほど強くなる〜 雪窓 @yukimado

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