第131話

「ふぇぇ、疲れましたぁ~」

控室に戻ってくるなり、アカリさんはソファに倒れ込んだ。

「本当なら祝賀パーティーにも参加していただきたかったのですが、何とか理由を付けて断っておきました」

「ありがと~、エレーヌさん」

「その代わり、個別の挨拶回りはしていただきますので」

「うぅ~、はい」

というわけで、しばらくアカリさんは忙しそうだ。

隠れて護衛する僕も、だけど。


どの国も英雄であるアカリさんを取り込もうと、お金や地位を与えようとしてくる。

時には美形の貴族を連れて来て「婚約者にどうか?」と言って来た。

その度にアカリさんは、エレーヌの心話でサポートされながら、上手く言い逃れていた。


そうやって各国の要人に挨拶回りをして、ようやく解放されたときには、すっかり日が暮れていた。

現在、アカリさんは部屋風呂で温泉に浸かっている。「もう限界」と言ってよろよろと温泉に向かって行く彼女の後姿を僕らは苦笑して見送った。


「これでようやく終わった、ってことで良いのよね?」

「はい、そうですね」

「しばらくゆっくりしたいね」

「そうね~」


こういう時に限って、休めないんだよね。

宿の従業員がメッセージを持って来た。

エスパーニャ商会からだった。

南西大陸支店に荷物を運んで欲しい、という依頼だった。

確かに、しばらく放置してたな。ニコラスさんも商品が無くて困ってるかもしれない。

明日にでも行ってくるか。


翌日から、アカリさんは今まで魔王のせいで自由がなかった分を取り戻すかのように、この世界を見て回ることになった。ナタリーさんが案内役だ。

「それじゃ、いってきま~す」「行ってくるわ」

「うん、いってらっしゃい」

「お気をつけて」

2人は魔法陣に消えて行った。


エレーヌはアカリさんの帰還方法を探すための研究に取り掛かるようで、そのまま書庫に残った。


そして僕はエスパーニャ商会へ向かった。

「セルジさん、こんにちは」

「ノアさん。ボウディマの王都が奪還されたという噂を聞きましたが、本当でしょうか?」

「ええ、間違いないですよ」

「おおっ!早かったですね。数か月はかかるものだと思っていました」

「英雄の力ですよ。王都奪還に、実質1日しかかかりませんでしたから」

「な、なんと。流石は異世界より召喚されし英雄ですね。後ほど詳しく教えてください」

雑談はそこまでにして、倉庫で荷物を受け取った。


そして久々の南西大陸支店へ転移した。

「ノア坊~!やっと来てくれたか、この野郎!もう倉庫が空っケツなんだよ。もうダメかと思ったじゃないか」

「痛い痛い」

バシバシと肩を叩かれた。

こっちでも王都奪還の話をしたけど、遠く離れた地の事だからか「へぇ~」と、あっさり流された。

倉庫にあっちから運んできた荷物を収めて、納品完了だ。


「そう言えば、数日前に西の砂漠の方角で光の柱が立ち上るのを見たって、話題になってたな」

「光の柱?」

「ああ。目撃者が何十人もいたから、間違いないと思うぞ」

「ふぅ~ん」

不思議な事もあるもんだ。


その後、こっちの支店で本店向けの荷物を受け取って、とんぼ返りした。

エスパーニャ商会の本店に荷物を渡して依頼は完了。

往復分の運賃は口座に振り込んでもらった。


手続きが終わるとセルジさんに捕まった。

「ささ、お話を聞かせてください」

応接室でお茶を頂きながら、王都奪還の英雄譚を、それなりに誇張しつつ、僕の功績はアカリさんに押し付けた形で話して聞かせてあげた。<欺瞞>スキルが良い感じに仕事をしてくれた。

「ん~、素晴らしい!これは後世まで語り継がなければなりませんね。新たなる英雄、”勇者”ですね。さっそく吟遊詩人を集めて語らせましょう。名物も作らないといけませんね。そうだ、その”きびだんご”とやらを…」

ブツブツ言いながら挨拶もそこそこに、僕を置いてどこかに歩いて行ってしまった。

これは新たな名物が生まれそうだな。


仕事も済んだので、避難しているカロラやシーラたちの様子を見に行くことにした。


避難民のキャンプ地に行くと、アウロラとシーラが並んで炊き出しの配給をやっていた。

「ノア様!」「ノアお兄ちゃん!」

「「えっ?」」

2人はお互いを驚いた顔で見ていた。


「驚きましたわ。まさかシーラとノア様がお知り合いだったとは」

「私も。どうしてお兄ちゃんがアウロラ様と?」

「ノア様は私の命の恩人ですのよ」

「あ、私とおんなじだね」

「まぁ、シーラもですの?」

2人は僕そっちのけで、僕を褒めたたえるような事を話している。

うぉ~、むずがゆくなるから止めてくれ~!


「ノア君、何で身もだえてるの?」

「あ、カロラ」

見回りをしていたらしいカロラがやって来た。

「カロラお姉ちゃん。アウロラ様もお兄ちゃんに助けられたことがあるんだって」

「へぇー、そうだったんだ。仲間だね」

「まぁ、カロラさんもですの?」

話の輪にカロラまで加わってしまった。

いたたまれないので、僕はその場を離脱した。


キャンプ地を行き交う人たちの表情は明るい。

王都奪還の知らせがここにも届いたのだろうか。

「おっ、ノア君!」

「ハンスさん。どうですか、こっちは」

「俺は宿に泊まってるから詳しくは分からんが、知り合いに聞く限り評判は悪くないぞ。それより、王都が奪還されたらしいじゃないか」

「ええ。ほぼ1昼夜で終わりましたよ」

「はぁ?あの魔物の大群を?冗談だろ」

僕は、セルジさんに話したのと同じ英雄譚を聞かせてあげた。

「異世界の英雄、”勇者”かぁ。こりゃ、新たな伝説が生まれるな。ははっ、スゲーなぁ、おい」

これで冒険者たちの間にも噂が広まりそうだ。


そうだ、実家の様子も見て来よう。

故郷の町に転移した。


「うおっ」

”スンド東の町”の郊外に転移してみると、町の外にキャンプ村が出来ていた。王都からの避難民がこんなにたくさんいるってことか。

周りを見回す。

「きゃあぁ!」

悲鳴が聞こえた。ただ事じゃなさそうだ。

<索敵>で、その方向に多数の人間と、いくつかの魔物の気配を感じる。

駆けつけると、キャンプ村の人たちを、近くの森から出て来たらしいオオカミの魔物が襲っている所だった。

<金遁・縛鎖>

ジャラララ…

地面から太い鎖がいくつも飛び出し、魔物たちに向かって振り下ろされる。

グシャッ!

一撃で魔物は潰れて、弾け飛んだ。


襲われてた人々は、返り血を浴びて真っ赤になったまま、ポカーンとして肉塊になった魔物たちを見つめて動きを止めていた。

「大丈夫ですか?」

「あ、あぁ。これ、あんたがやったのか?」

「ええ、まぁ。皆さん、こちらへ。<清浄>」

スキルを使って、返り血を浴びた人たちを綺麗にする。

「お~い!大丈夫か?」

遅れて冒険者たちが駆けつけて来た。

「こっちに怪我人がいます!」

僕が声を掛けると駆け寄ってきた。


2人が怪我人の治療に回り、残りが周囲の警戒に立った。

「うわっ、何だこれ」「どうやったらこんな事に?」

<索敵>では、森の方にまだまだたくさんの魔物の気配がある。

「もしかして、魔物が増えてるんですか?」

「ん?ああ、昨日くらいから急に増えたんだよ。王都からあふれた魔物がこっちにまで来てるんじゃないかな?」

「全然人手が足りなくて、間引きが追い付かないんだ。怪我人も増えてるし」

「そうですか」

これはマズイな。

家に行く前に、狩っておくか。


<隠形>で森の中に入り、<木遁・蔦絡み>で探知した魔物の気配をすべて拘束する。

弱い魔物は、その蔦で首を絞めて倒した。

生き残っている奴には、棒手裏剣で止めを刺して回る。

5分ほどで森の中から魔物の気配が消えた。

これで、ひとまず安心かな。

死体は影収納で回収した。放置すると他の魔物を呼び寄せてしまうからね。


実家に行くと、母さんとラウラがいた。

「ナタリーお姉ちゃんは?」

「今日は一緒じゃないよ」

「何だ、つまんな~い」

さっさと奥に引っ込んで行く薄情な妹よ。


母さんに最近の様子を聞いた。

・王都からの避難民が増えて、町の中に収容しきれなくなったので、町の外にもキャンプ村が出来た。

・よそ者が増えて、町の中がピリピリして雰囲気が悪くなってる。

・冒険者が王都方面へ駆り出されて、少なくなっている。

・食料品など、物価が上がって大変。


って事らしい。

「今日は泊まって行くの?」

「う~ん、そうするかな」

「それじゃ夕飯用意しないとね。買出しに行かなきゃ」

「あ、待って。もう少ししたら安くなるから」

「え?そうなの?」

「ちょっと出かけてくるね」


僕は転移でエスパーニャ商会本店に行って、セルジさんに頼んで、あの町の商店で扱える程度の食料品を買い込んできた。

とんぼ返りして、町に3軒ある商店に商品を預けていく。

「こんなにたくさん、良いのかい?」

「ええ。町の人たちに安く分けてあげてください」

「分かったよ。ありがとうね、ノア君」


その後、買出しに行った母さんが「今日はずいぶん安かったわ」と喜んでいた。

よかった、よかった。

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