第130話
魔王を倒し、ドロップした”魔王核”とやらを影収納に入れた。
さっきは先送りにした質問をエレーヌに投げかける。
「魔王核って?」
「魔王が残す魔石の事です。他の魔石と違って、下手に触れると、魔王核に人格を乗っ取られて魔王になってしまう恐れがあります」
「えぇ!何それ、怖い」
そんなものが僕の影収納に入ってるの?
「なら、さっきの魔王も、元は魔王じゃなかったってこと?」
「はい。恐らくは、王都に攻め込んできた過激派魔族の一人だったのだと思います」
「これ、どうしたらいいの?」
そんなの持っていたくないんだけど。
「大賢者のように封印するしかないと思います。それまでは、ノアさんの影収納が一番安全です」
「うう、そうなのか」
やだなぁ~。
色々疲れたので、温泉宿に帰ることにした。
そして、久しぶりに大浴場に行って、マッサージを受けて癒される。
「あぁ~」
「気持ちいいですぅ~」
ナタリーさんとアカリさんも隣で癒されてた。
僕らが大浴場に行ってる間に、エレーヌがベルナールさんに魔王を倒した事などを報告しておいてくれたようだ。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
魔王を倒して一夜明けた。
僕らは、ランヴァルドさんから前線の様子を教えてもらった。
竜化した魔王の攻撃による犠牲者は、<勇者の仲間>に関しては、皆無だったらしい。「皆、ピンピンしてますよ」との事だ。
しかし、あの場にはそうではない者たちがいた。
そう、第2王子率いる騎兵部隊だ。
彼らは全滅。
死体も見つからなかったそうだ。
魔王に生み出された魔物たちはどうなったかと言うと、消えずに王都やその周辺をうろついている。
しかも、それらを倒すと死体が残るようになってしまった。
おかげで死体の処理に困っているというので、後で僕が回収しに行くことになった。
それと、「魔王特効」の効果も無くなっていた。
違和感を感じた兵士たちが実験して確かめてくれたらしい。
恐らくは、魔物たちが魔王の配下ではなくなったからだろう、とランヴァルドさんが言っていた。
ベルナールさんからは、後方部隊や本営の様子が聞けた。
こちらでも魔物たちに急激な変化があり、平野にあふれていた魔物たちが散り散りに逃げ始め、倒すと死体が残るようになったという。
これらの変化から、本営は魔王が討伐されたと認定して、行動目標を魔王討伐から魔物の掃討に切り替えた。
これは、つまり。
「もう英雄が必要な段階は終わった、という事ですね」
「お疲れ様、アカリちゃん」
「はぁ~、終わったんですね。よかった~」
アカリさんは机に突っ伏して脱力していた。
いきなり異世界に召喚され、魔王との戦いに巻き込まれ、目まぐるしい日々を送って来たんだ。
しばらくゆっくりと休んでも、文句は言われないだろう。
今日は何もしない、休日にする、とみんなで決めた。
…のだけど、ランヴァルドさんから心話が来た。
『ノアさん、魔物の死体の回収、お願いしますね』
そうだった。
僕だけ王都に行って、ひたすら影収納に死体を入れるお仕事を一日中続けたのだった。
<強靭な肉体・10>を共有した兵士たちが寄ってたかって魔物を討伐するものだから、この広大な王都にも関わらず、1昼夜経つ頃には王都内の魔物が狩りつくされてしまった。
現在は3方向に部隊を分けて、王都の外に逃げてしまった魔物の掃討戦をやってるようだ。
「ノアさん、お疲れ様です」
ランヴァルドさんがやって来た。
「いや~、すごいものです。たったの1日で王都奪還が完了するとは思ってもみませんでしたよ」
「本当ですね。おかげで死体の回収が大変でしたけどね」
「あははっ。まぁ、その魔物は全部ノアさんに差し上げますので、許してください」
「え、良いんですか?」
「はい。我々は軍人ですので、取得物はどうせ軍に取り上げられてしまいます。なので、ノアさんがもらってください。できれば兵士たちにはお酒でも奢ってあげて欲しいですがね」
「まぁ、そのぐらいなら」
王都にはオーガとかトロールとか、かなり上位の魔物が多かったから、相当な金額になるだろう。
兵士全員にお酒をふるまっても、全然余裕だな。
宿に戻ったら、アカリさんとナタリーさんが湯上りの良い匂いを漂わせて、のんびりとお茶を飲んでいた。
「ノア君、おかえり~」
「あ、おかえりなさい。これ、食べます?」
アカリさんが、手作りのお菓子を差し出してきた。
「うん、いただきます」
「どうだった?」
「王都奪還が完了してたよ」
「へぇ~、凄いわね」
「もう早ですか!?」
兵士にお酒を奢るのと引き換えに、魔物の死体を全部もらったと言う話もした。
「得したじゃない。う~ん、でも一か所に持ち込むと値下がりしちゃうから、各地のギルドに分散したほうがいいわ」
「あ、なるほど」
いつもみたいにエスパーニャ商会に持ち込もうかって考えてたけど、ナタリーさんの言う通りにした方がよさそうだ。
翌日。
転移で行ける冒険者ギルドを片っ端から回った。
査定待ちの時間に次のギルドに行ってまた買い取り依頼を出す、の繰り返し。
そして、査定結果を受け取るために、もう一周した。
この持ち込みのおかげで、僕とアカリさんは実績が貯まって、銅級冒険者にランクアップした。
「いいのかな~」
アカリさんが受け取った銅のプレートを見て気まずそうにしている。
「良いの良いの。魔王を倒した英雄なんだし、本当はもっと上でもおかしくないんだから、堂々としてなさい」
そんな二人を横目に、僕も受け取った銅のプレートを見つめる。
<欺瞞>で適職を”斥候”に偽装したおかげで、僕もついに木級冒険者を脱する事が出来た。
しかも一気に銅級だ。
嬉しくって、ニヤニヤと頬が緩むのを抑えきれなかった。
売却で得たお金を持って、エスパーニャ商会で大量のお酒を仕入れた。
それをランヴァルドさんに託して、王都奪還に貢献した兵士たちに振舞うようにお願いする。
「分かりました。ちょうど今夜、祝勝会を行う事になってたのでちょうどよかったですよ。ノアさんも参加しますか?」
「あー、遠慮しておきます」
僕は酔っぱらうと記憶が無くなって危ないからなぁ。ナタリーさんの許可が無いと飲まない事にしてるんだ。
夕方、ベルナールさんから連絡が来た。
『明日、人類統合軍の解散式を執り行うことになりまして、ぜひアカリ殿にもご参加いただきたいのですが』
という話だった。
「えぇっ!私がですか?あの~、ノアさんが替わりに…」
「最後くらい、本人が出ないと。ね?」
「うぅ、はい」
魔王もいないし、もう身代わりになる必要は無いよね。頑張れ、アカリさん!
そして、翌日の式典には、アカリさん本人が出席した。
うわ~、万を超える兵士たちがずらっと並んで、その前に立つなんて、僕は御免だなぁ。
アカリさんは顔を引きつらせて舞台に立っている。僕は念のため、護衛として<隠形>で姿を消したまま、舞台の端に控えている。
『ノアさ~ん、替わって~』
『うん、無理』
『ひぃぃん』
心話でアカリさんから泣き言が飛んできた。
「異世界より来たりし英雄、アカリ・センドウ殿。此度の魔王討伐における功績大なりと認め、貴殿に救国剣盾金勲章を贈る」
「は、はい!」
壇上ではアカリさんが国王陛下から勲章を受け取っていた。
「「うおぉぉ!英雄万歳!」」
会場から大きな歓声が上がる。
「英雄殿、可愛いな」「あんな可愛い子の手料理だったのか。くそぉ、食っておけばよかった!」「まだガキじゃねぇか」「馬っ鹿、お前分かってないなぁ」
この場で初めてアカリさんを見た兵士も大勢いたようで、別の意味でどよめきが起こっていた。
そして、この式典の中で、共有していたスキル<強靭な肉体・10>の解除と、”生命力の共有”の解除が発表された。
これを勝手に解除すると、知らずに大けがするかもしれないからね。
英雄、勇者アカリを讃える声がいつまでも響く中、その当人は顔を引きつらせながら手を振り続けていた。
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