第129話

僕とエレーヌは魔王に向かって飛びながら、それぞれ魔術を用意した。


いつもより複雑な印を結んで術を発動させる。

<忍法・陽閃>

急に王都一帯が、暗幕でも張られたかのように暗くなる。

カッ!

視線の先、宙に浮かぶドラゴン形態の魔王が直視できないほど真っ白に眩く輝いた。


陽閃の術は、この周囲一帯の太陽の光を集めて、収束した“超高温の光”を放つ。

以前実験した時は、大岩がドロドロに溶けてしまうほどの高温だった。


「<守護の加護>」

そしてエレーヌは、地上の軍隊に向かって、防御力を高める魔術を行使していた。


僕の陽閃の術が命中した魔王は、全身から真っ赤な炎を上げて落下していった。


しかし、わずかに遅かったようだ。

魔王の魔術は完成したらしく、巨大な炎の塊が地上に向かって落ちて行った。


「くっ」

<火遁・火潜り>

地上にいる彼らを対象に、炎への耐性を高める術を使った。

「<アイスヴェール>」

エレーヌも魔術を発動し、地上の軍隊が氷の幕で覆われた。


この短時間では、これが精いっぱいだった。


ドォォォン!

地上に落ちた巨大な炎が炸裂し、衝撃と共に熱風が吹き付けて来た。

「うわぁ!」

「あぅ~」

空中にいる僕たちは爆風によってなす術なく吹き飛ばされてしまう。


何とか空中で姿勢を安定させた僕は、気づけば南東の神殿まで戻されていた。

エレーヌが空を飛んで近寄って来た。

「大丈夫でしたか?」

全身がズキズキするけど、動きに問題は無い。

「うん。あっちはどうなったかな?」

視力を強化して南門の方を見ると、南門周辺が吹き飛んで、直径200~300メートルほどが更地になっていた。その周囲も1キロメートルほどに渡って建物が崩れ去り、見通しが良くなっている。

こんな威力の魔術があるのか。

これじゃあ、ひとたまりもない。

全滅か…


しかし、そこに動くものを見つけた。

崩れ落ちた建物の瓦礫を押しのけて、兵士たちが次々と這い出てきたのだ。

「えぇっ!?」

「負傷者がいるかもしれません。行きましょう」

エレーヌが飛び出した。

慌てて僕も付いて行く。

あれを食らって無事だとは、驚いたな。


到着する頃にはかなりの数の兵士たちが立ち上がっていた。

装備はボロボロになっているけど、重傷を負っている人はいないようだ。皮膚が赤くなり火傷しているくらいか。

”生命力の共有”と”魔王特効”の被ダメ半分、それと<強靭な肉体・10>による耐久上昇のおかげだろう。つまり、アカリさんが彼らを守ったんだ。

普通なら全滅だろう。

「ははっ!生きてる!」「信じられねぇ、絶対死んだと思ったわ」

兵士たちも自分が助かったことを喜び合っていた。


王都の外まで吹き飛ばされていた兵士も多数いたようで、続々と南門の跡地に集結している。

どうやらほとんどの兵士が生き残っているようだ。

「<癒しの慈雨>」

エレーヌが広範囲を治療する神聖魔法を使った。


「動けないほどの怪我人はいないみたいだね」

「ええ、本当に信じられません。あれだけの規模の魔術が直撃したのに」

「あ、そこにも人が埋まってる」

<索敵>で瓦礫に埋まって出られない人を探しながら歩いているが、死者どころか重傷者も見当たらなかった。


ゾクッ!

その時、寒気のする独特な気配を感じた。

魔王の気配だ!

バゴォン!

北の方で爆発音がして、瓦礫の山が吹き飛んだ。

その上空に、元のドラゴニュートの姿に戻り、身体のあちこちが黒く焦げている魔王が浮かび上がっていた。

「なぜ生きてる?」

「ノアさん、もしかして私たちには”魔王特効”が共有されてないのでは?」

確認してみるか。

『アカリさん、僕に”魔王特効”が共有されてますか?』

『え?ちょっと待ってください。…あ、ノアさん達は別グループだったので、共有がオフになってました。すみません』

それかぁー!

『今すぐ共有して!』

『は、はい!』


「聞いてた?」

「はい。今度こそ、倒しましょう」

「ああ!」

僕たちが魔王を睨みつけると、奴はバサッ!と背中の翼を広げ…


「「えっ?」」

逃げやがった!!

予想外の事に、思わずその飛び去って行く背中を見つめてしまった。


「くそっ!追いかけよう!」

「はい!」

慌てて空に飛び上がって追跡を開始するが、あれだけ傷ついていても魔王が飛ぶ方が速い。

妨害のためにいくつか魔術を撃ってみたけど、全て避けられてしまった。

どんどんと引き離されてしまう。

それに、この方向は…

『ナタリーさん!魔王が僕の故郷の方角に逃げています。先回りして箒で迎撃してください!』

『分かったわ』

頼みます。


<知覚強化>で視力を強化して前方の魔王を監視していると、その向こうから箒に跨り、両手で弓を構えたナタリーさんが飛んできたのが見えた。

魔王が魔術を放つが、ナタリーさんは箒を巧みに操ってすべてをギリギリで避けて、反撃の矢を叩きこんだ。

矢は翼に命中し、魔王は空中でバランスを崩した。

ナタリーさんはその周囲を回りながら連続で矢を放ち、あっという間に魔王の体には無数の矢が突き立った。


「あ」

魔王が力なく墜落していくのが見えた。

「エレーヌ、一旦書庫に戻ってナタリーさんの所に転移しよう。その方が早い」

「了解です」


書庫を経由してナタリーさんの所に行こうとすると、アカリさんが近づいてきた。

「私も行きます!」

強い意志の籠った目をしている。

「安全を確認してくるから、ちょっと待ってて」

「はい!」


「ナタリーさん」

「魔王はそこよ」

ナタリーさんが弓矢を構えて、地面に倒れ込んでいる魔王を狙っている。

「あれ?止め刺してないんですか?」

「アカリちゃんに譲ろうかと思って」

「なるほど。それなら」

<金遁・縛鎖>

ジャラララ…

地面から4本の太い金属製の鎖が飛び出し、魔王の足と両腕、腰を縛り付けた。

そして、”蝶の短刀”を取り出して、”麻痺の毒”を纏った刃で魔王の背中を突き刺した。

『グゥ!』

これで魔王はピクリとも動かなくなった。


心話でアカリさんを呼び出した。

「これが、魔王なんですね。リザードマン?」

『グッ、トカゲもどきと一緒にするな。我は誇り高きドラゴニュートであるぞ』

「わっ、しゃべった!」

『お前が本当の異世界人か。あれだけの大人数が召喚されるなど、おかしいと思っていたが…』

「…」

アカリさんが魔王を見つめて固まっている。


「アカリちゃん、止め刺せそう?」

「は、はい。やります。ふぅ~」

アカリさんは大きく息を吐くと、持って来た棒状の物に巻かれたタオルを外した。

あれは、包丁か?

「鶏を絞めるのと同じ。鶏を絞めるのと同じ…」

目を瞑り、集中して何かを繰り返しブツブツつぶやいていた。

「よし!行きます。<調理>!」

目を開いて、包丁を構えて叫んだ。

プツッ…

突然、魔王の首に切れ目が入り、コロンと首が転がる。

ブシュー!

そして断面から鮮やかな紅色の血液が勢いよく噴き出した。

「「ええっ!?」」

今、<調理>スキルを使ったよね?

あれぇ?攻撃に使えるスキルだなんて聞いたことないぞ。


呆然と見守る中、噴き出す血の勢いが弱まり、止まった。

ボフン!

魔王の体は黒い靄となって、すぐに消滅した。

後には、直径が50センチほどもある巨大な真っ黒の魔石が残されていた。

エレーヌが叫ぶ。

「魔王核っ!ノアさん、それをすぐに影収納に入れてください!」

「わ、分かった」

言われた通り、影収納に入れた。

「ふぅ~、ありがとうございます」


魔王核とやらの事も気になるが、まずはアカリさんだ。

「アカリちゃん、大丈夫?」

「はい。思ったより、平気でした。前におじいちゃんの家で鶏を絞めた時の方がよっぽど来るものがありました」

と言って笑った。でもちょっと無理してる感じはする。

ナタリーさんが抱きしめて、頭を撫でていた。


魔王は死んだ。

ふぅ~、これでようやく終わりか。

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