第126話
翌朝。
アカリさんとナタリーさんは料理を作りに行き、僕はベルナールさんに依頼されて、物資の運搬に出かけた。
指定の場所に転移して、影収納に入れて、また指定の場所に転移して、影収納から出す。
こんな簡単なお仕事で、金貨がザクザクもらえた。
良いんだろうか?
ちなみに、書庫の転移は、もう大っぴらに使うことにした。
<欺瞞>と<人心掌握>のおかげで、余計な詮索をされないってことが分かったからだ。やっぱり国に管理されるだけあって、<諜報>スキルは強力だなぁ。
お昼には、各国の軍から選抜されて集まった兵士たちにアカリさんの手料理を食べさせる実験が行われた。
集合した人たちの中に見知った顔を見つけて、思わず声を上げてしまった。
「あ、ランヴァルドさん」
「おや?私をご存じなのですか?」
ランヴァルドさんが首を傾げて僕の方を見る。
しまった!今の僕はアカリさんに<変装>してたんだった。
えっと、えっと…
「実は御父上にお世話になりまして」
<欺瞞>がとっさの言い訳をひねり出してくれた。
「あぁ、英雄殿の案内役をしたと聞いております。私もお力になりますので、何でもお申し付けください」
「ありがとうございます」
よかった~、何とか誤魔化せた。
”魔法の鞄”からアカリさんの作った料理を出して、係の人に配膳してもらった。
本当は一口で良いんだけど、皆さん夢中であっという間に完食。
「では皆さん、私のお仲間になっていただけますか?」
「「応っ!」」「「はい」」
参加者全員から承諾の意思表明がされた。
司会進行役のエレーヌが話を進める。
「では、各自でステータスを確認して、スキル欄をご覧ください」
「「おおっ」」
「<勇者の仲間>というスキルが追加されているはずです。追加されていない方は挙手願います」
手を挙げる人はいなかった。
「次に、皆様には”スキルの共有”を体験していただきます。あちらへお集まりください」
敷地の端の方に、人の背丈ほどある巨大な岩が置いてある。
事前に、僕が影収納で南西大陸から運んできたものだ。
試しに希望者に持ち上げてもらった。
もちろん、誰も持ち上げることは出来なかった。動かした人はいたけど。
「では、今から皆様に<強靭な肉体・10>というスキルを共有します」
「それは、伝説の狂戦士が持っていたと言われる!」「実在したのか!」
ザワザワと会場が騒がしくなった。
『それじゃ、アカリさんよろしく』
心話でアカリさんにスキル共有をお願いする。
『はい。…その会場にいる方にだけ共有しました』
そしてもう一度、被験者に大岩を持ち上げてもらう。
「ふんぬっ!おおっ!持ち上がったぞ!」
「「おお~っ!」」
本人だけでなく、周囲で見てても一目でその効果が分かりやすい。
ランヴァルドさんも列に並んで、大岩を持ち上げていた。
「信じられない!何てことだ、私の細腕でこんなものが持ち上がるとは。実に興味深い」
ブツブツ言いながら、自分の腕をペチペチ叩いていた。
この実験で、<勇者の仲間>となることのメリットを大いに示せたと思う。
予定では、この後ランヴァルドさんをはじめとする魔法研究所の人たちが、デメリットが無いか徹底的に調べるのだとか。
その結果は遅くとも明日には出るとの事。
実験が終わって、夕方。
王都の南東の神殿に、僕とエレーヌ、ベルナールさんで転移した。
神殿を取りまとめている神官さんに脱出できることを伝えると、避難者全員を呼び集めてくれた。
ベルナールさんが前に出て事情を説明する。
「私はフォアエリベル法国のベルナール・デュランと申します。異世界より召喚されし英雄、勇者アカリ殿の要請により、各国の支援の下、皆さんを救助に参りました」
「「おおっ」」
避難者たちがザワつき始める。
「どういうこと?」「何で隣の法国の人が」「異世界の英雄?」「うちの王様は何やってんだ?」
疑問を口にしつつも、皆明るい表情だ。
避難民たちには荷物を持って一列に並んでもらう。前庭と建物の中を使って整列させた。
「はーい、並んで並んで」
カロラをはじめとする冒険者たちが列整理を手伝ってくれた。
「それでは、今よりゲートを作ります」
エレーヌが宣言して、呪文を詠唱し始める。
すると、前庭の土がボコボコと盛り上がって、扉の枠だけのようなものが出来上がった。
さらに呪文を唱えると、扉の代わりに真っ黒な霧がその枠の中を埋め尽くし、その下の地面に光り輝く魔法陣が出現した。
「「おぉ」」
並んでる人たちがどよめいた。
「皆さん、ゲートの中は真っ暗で音も聞こえませんが、恐れずにまっすぐ歩いてください。転ばないように壁に手を付けながら、そして、前の人にぶつからないように片手を前にかざしながら歩いてください。小さな子供はなるべく背負うようにしてください。大きな荷物はこちらでお預かりして、あちらで受け渡します」
脱出の列の先頭はシーラだった。
「僕が先導するから、見えないだろうけど、付いてきて」
「うん、分かった」
”ゲート”、と言っているのは、魔術で作った土の枠の中に<陰遁・墨流し>で作った黒い霧を充満させただけのものだ。
地面の魔法陣は、携帯用操作盤で設定を”可視”に変えただけだ。
そして、書庫への入場許可の条件を「墨流しの術で視聴覚が閉ざされている人」に設定してある。
事前に、書庫内の魔法陣の四方を土の壁で囲って、その中を墨流しの術で満たしてある。
なので、”ゲート”に入って転移した先も真っ暗だ。
僕は<索敵>で地形が分かるけど、普通の人は横の壁に手を付きながらじゃないと歩けないだろうな。
後ろにシーラの気配が現れてから、もう一つの魔法陣に入って転移する。
転移した先にも、さっきの”ゲート”と同じ土の枠を設置してある。ただし、こっちには黒い霧が無いので、こっちの”ゲート”からは書庫に転移できない。つまり一方通行だ。
後ろにシーラの気配が現れ、彼女も転移してきたことが分かった。
「あ、出た。どこ、ここ?」
シーラが戸惑ってキョロキョロと見回していると、鎧を着た騎士、”神殿騎士”が近づいて来る。
「ようこそ、フォアエリベル法国へ」
「ええ~!」
シーラは目を白黒させてびっくりしていた。
長距離を一瞬で移動する魔術は存在しない、というのが今の世の常識だ。
なので誰もが、”ゲート”を出てくると呆然としていた。
”ゲート”から続々と避難民が現れては、神殿騎士に誘導されて一時居留地に案内されていく。
彼らはこの後、国境の向こう側、カールステット家の領地に護送される予定だ。
何故こんな面倒な事をやっているのか。
ベルナールさんの説明によると、ボウディマ王国の中で”他国の者が転移の魔術を使った”という証拠を残したくないため、カールステット家の領内に”ゲート”を繋ぐのはダメ、という政治的な理由のようだ。
特に問題なく脱出は進み、最後にベルナールさんが“ゲート”から出て来た。
「脱出者はこれで最後です。後はこちらにお任せ下さい」
「ええ、お願いします」
僕は<忍法・鳶>を使って空に飛び上がると、護送の馬車を追い越して、カールステット家の用意した難民キャンプを見に行った。
近くに降り立ち歩いて行くと、動きやすい服装のアウロラが、避難者の誘導をしているのを見つけた。
「はい、こちらですよ。毛布をお持ちください。あ、ノア様!」
「問題は無いかい?」
「ええ、順調です。人数も想定内ですし、物資も潤沢ですから。あぁ、こっちですよ!」
忙しそうなので、手を振ってこの場を離れることにした。
歩いていると、キャンプ地の中から声を掛けられた。
「ノアお兄ちゃん!」
シーラだ。
「シーラ、どう?大丈夫だった?」
「うん。泊まるのはテントだけど、毛布とか柔らかい敷布ももらえて、神殿より快適だったよ」
問題が無いようで良かった。
『何か困ったことがあったら心話で連絡するんだよ』
『うん、分かった』
シーラやカロラなど、親しい人たちには、心話が使えることを教えておいた。
温泉宿に戻ると、ナタリーさんとアカリさんから報告があった。
「駐留してる他国からの援軍部隊にアカリちゃんの手料理を届けて来たわ」
「1000人以上の食事を作ったのは初めてでした。大変だったけど、楽しかったですよ」
どうやら早速、フォアエリベル法国とリオイマル王国から「駐留している先遣隊を英雄殿の仲間に加えて欲しい」と打診があったらしい。
夕飯後には、一気に仲間のリストが1000人以上増えてしまったそうだ。
一方で、ボウディマ王国からはまだ何も言われていない。
当事者がそれでいいのだろうか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます