第125話
驚いて固まっているアウロラに、アカリさんが目を輝かせながら、近付いて行く。
「うわぁ、本物の貴族令嬢だぁ。あの、ニホンには貴族がいないので、お会いできるのを楽しみにしてたんですよ!」
「そ、そうなのですね」
困惑しつつもアウロラはアカリさんと握手を交わしていた。
廊下を歩きながら、早速アカリさんがアウロラに話しかけていた。
最初こそ驚き混乱していたアウロラだが、疑うことなく信じてくれて、普通に接してくれている。
『流石はカールステット家のお嬢さんですね。想定外の事態への対応が素早いです』
とベルナールさんが心話で話しかけてきた。
カールステット家は代々国境沿いの領主なので、そういう危機対応に優れているのだとか。
応接室で、ベルナールさんが王都の状況や、生存者の救出作戦について説明してくれた。
「はぁ、我が国の中枢がそのような事に…」
国王周辺の対応の悪さに、アウロラは額を押さえていた。
「我がカールステット家が責任をもって王都の住民を受け入れましょう。きっとお父様も私と同じ事を言いますわ」
アウロラはすぐに父親に手紙を出す、と言ってくれた。
なのだが、ベルナールさんが心話で僕に提案して来た。
『ノアさん、彼女を転移でご実家まで送ってあげられないでしょうか?今日中に当主の確約も得ておきたいのです』
確かに、その方が絶対に早いし、確実だ。
う~ん、使節団を送ったときの偽装工作で大丈夫か。
アウロラの実家があるのは、ボウディマ王国の北西部。フォアエリベル法国との国境付近にある大きな街(”竜殺しの鏃”を買ったあの街)から東に馬車で1日の所にある領都だそうだ。
まだ行ったことが無かったので、下準備が必要だな。
アウロラには出かける用意をしてもらう事にして、お昼過ぎにまた迎えに来ると告げて、外に出た。
転移で国境近くの街に出て、<忍法・鳶>で空を飛び、東にある領都の近くへ降り立った。
これで、直接アウロラを領都に連れてこれるようになった。
そしてお昼過ぎ。
「それじゃ、二人は馬車の中へ」
今回は、馬車で転移することにした。
馬車と馬を切り離し、最初に車両側を転移させ、次に馬を担いで転移した。
「エレーヌさんの転移魔術は素晴らしいですわね!」
僕の<欺瞞>と<人心掌握>が働いているため、かなり不自然な言い訳にも関わらず、すんなりと受け入れられた。
馬車は領都の貴族専用門をすんなり通過して、中央に見える巨大なお城に向かって行く。
「「うわぁ…」」
お城だよ、お城!
アウロラがこんな凄い所のお嬢様だとは思わなかった。
先に馬車を下りたアウロラが満面の笑みで出迎えてくれる。
「皆さま、ようこそカールステット家へ」
とても広い応接室に案内されて少し待つと、貫禄のある男性が入室して来た。
その人は丁寧にベルナールさんへ挨拶した。
「デュラン猊下、遠路はるばるようこそいらっしゃいました」
「カールステット卿、お久しぶりです。確か、以前お会いしたのは、まだ先代が当主だった時でしたね」
などとちょっとした昔ばなしを始めてしまった。
アウロラがその話を聞いて、混乱していた。外見の年齢が合わないからだろう。
その雑談が終わると、カールステット卿はこちらに向き直った。
「お待たせして済まなかった。君がノア君だね。それとナタリーさん。大切な我が娘の命と貞操を守っていただいた事、言葉に尽くせぬほど、本当に感謝している。ありがとう」
そう言って、僕の手をぎゅっと握りしめて来た。
目を合わせると、力強く、そして優しい瞳だと感じた。
隣のナタリーさんとも握手を交わしていた。
それからようやく、アカリさんを紹介出来た。
「伝説に語られるような英雄殿とお会いできて光栄に思います」
先日の、王様の周囲にいた貴族たちと全く違って、心から英雄として歓迎してくれていた。
貴族の当主との挨拶は緊張したけど、<礼儀作法>スキルのおかげで体が勝手に動いてくれた。
「娘から少し聞きましたが、当家に何か御用がおありとの事ですね」
「ええ。実は陥落した王都に、生存者が多数取り残されているのが確認されまして…」
大部分をベルナールさんが説明し、ところどころで僕やエレーヌに確認が入る。
「なんと不甲斐ない事か!」
当主さんが顔を赤くして、拳を握りしめている。
自分の国の上層部に怒りを覚えている様子だ。
「アカリ殿、デュラン猊下、無関係なはずの他国の民を救うため、これほどまでに尽力くださったこと、心より感謝申し上げる」
そう言ってこちらの面々に向かって頭を下げた。
貴族家の当主が頭を下げるのは、とても大変な事のはずだ。
「カールステット卿、頭を上げてください。今は人類同士が力を合わせる時。当然の事をしたまでですよ」
ベルナールさんが取りなしてくれた。
その後はとんとん拍子で話が進み、カールステット家が避難民の収容場所や、物資の保管場所の確保に早速取り掛かってくれた。
食料などの物資についても「当家で用意する」と主張していたんだけど、それに関しては各国が支援してくれることになっているので、保管場所だけ確保してもらった。
明日の夕方、まずは試験的に、カロラやシーラたちの神殿の人々を脱出させるという話になった。
知り合いを優先するくらいは良いだろう。
よかった。これで一安心だ。
「この後夕食をご一緒にどうですか?」
とアウロラのお父さんに誘われたんだけど、お互いに忙しいからという事で断った。
「ではこの件が落ち着いたらぜひ」
と言われて、こっちは断れなかった。
この後、僕とアカリさんは、<強靭な肉体>スキルを取得するため、“狂戦士の闘技場”に行くことにした。
おっと、その前に。
アカリさんのレベルと、魂の器を確認する。
レベル56で、器が31だった。
ドレインは魂の器が0を下回らないようにすべきなので、最大31までレベルを捧げられるってことだ。
う~ん、凄いな。
まずは、僕とナタリーさんの二人だけで向かった。
荒れ果てた廃墟が目の前に広がる。
見覚えのある崩れた外壁に近づき、壁の裏にある仕掛けを作動させると、壁の表面に光る魔法陣が現れた。
「それじゃ、連れてくるわね」
「うん。僕は警戒してるよ」
<知覚強化>を使うと、<索敵>の範囲を広げることができる。疲れるけど、短時間なら大丈夫だ。
書庫からアカリさんを連れたナタリーさんが戻って来て、そのまま壁の魔法陣に飛び込んで行った。
ほんの一瞬だ。
どうだ?
<索敵>に集中する。
…
急に近くに気配が現れた。
アカリさんとナタリーさんだった。
「周囲に気配なし」
「分かったわ。さ、行きましょ」
「はい」
2人はそのまま書庫に消えて行った。
念のため、僕はその場で警戒する。
…
2分ほど待ってみたけど、魔王の気配はなかった。通常の魔物が数匹、ウロウロしていただけだった。
もう良いだろう。
僕も書庫へ帰還した。
「おかえり」「お帰りなさい」
「ただいま。そっちはどうだったの?」
質問しながら、操作盤に向かい、魔法陣を消去した。
「ばっちりよ」
「10レベルが上限でした」
そうなんだ。
効果はこんな感じ。
─────
<強靭な肉体・10>
→ 能力値の筋力と耐久を、最大で6.0倍に増幅する。
─────
「6倍!?」
「はい。普段は1倍なんですが、スキルを意識して増幅率を高めていくと、こんなこともできます」
と言って、アカリさんがナイフを手に取って、机の上に置いた自分の手の甲に思いっきり振り下ろした。
キンッ!
鋭い音がして、ナイフの刃が折れ飛んだ。
「おぉっ」
もちろん、手には傷一つ付いていない。これは、”生命力の共有”のおかげではない。能力値の耐久が6倍になったからだ。
そして、アカリさんの素の腕力では、ナイフの刃が折れるほどの力は出せないはず。
つまり、ちゃんと増幅されているってことだ。
早速、僕にも共有してもらって、試してみる。
荒野に転移して、素手で岩を殴ってみた。
ドゴォォン!
パラパラ…
粉々になって吹き飛んで行った。
拳は全く傷ついていない。
これは凄いな。
何よりも、<勇者の仲間>になったときに、分かりやすくメリットを示せるのが良い。
”魔王特効”の共有は分かりにくいし、魔王が飛んでくるから気軽に試せない。
うん。これは無理してでも取っておいて正解だったね。
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