第21話

到着した場所は、どうやらその男性の個室のようだ。


執務机と本棚に、応接用のテーブルとソファ。

そのソファに座らされると、お茶とお菓子が出てきた。

「さ、どうぞどうぞ」

「どうも、いただきます」

お茶を一口飲んで、その香りのよさに驚いた。

「わ、美味しい」

「そうかい?葉は安物だけど、この魔道具が優秀だからねぇ。うんうん」

男性はティーポットを撫でて、得意げにしている。

なるほど、魔道具なんだ。道理でアツアツのお茶がすぐに出てきたわけだ。

お皿の上の焼き菓子も一つ摘んでいただく。

サクッ。

ん?何だろう、何か薬草のような香りがする。

でもさっぱりしてて美味しい。

何より、この紅茶と合わせると、とてもすがすがしい気分になる。

「はぁ~~」

思わずため息が漏れた。

「どう?心が休まるだろう」

「あ、はい。すごくいい気分です」

僕の答えを聞いて男性はにっこりと微笑んだ。

「魔力を使いすぎたときはこの組み合わせが良いんだ。魔力の回復が少し早くなるんだよ」

「へぇ~」

このお茶とお菓子にそんな効果があるなんて。すごいな。


「おっと、自己紹介がまだだったね。私はこのギルド支部の魔法顧問を務めるランヴァルドだ」

「あ、木級冒険者のノアです」

なんだか肩書が偉そうな感じだ。僕に何の用だろうか。

「ん?木級!?あれだけの魔術が使えるのに、どういうことかな?」

あ、しまった。木級ってのは適職を持たない子供のランクだもんな、上位スキルを持ってるのはおかしい。

「え~っと」

「失礼だが、<人物鑑定>させてもらってもいいかい?」

「えっ、はぁ、どうぞ」

拒むのも変だよな。

そういえば、あの魔法屋の婆さんなんて断りもなくいきなりだったよなぁ。

と思っていたら、ランヴァルドさんは本みたいな形の魔道具を執務机から持ってきて、テーブルに置いた。

「ここに君のステータスプレートを置いてくれるかな?」

ああ。スキルじゃなくて魔道具で<人物鑑定>するのか。

「はい。こうですか?」

「そうだ。ありがとう。なっ!何だこのでたらめなステータスは!」


ちなみに、今の僕のステータスはこんな感じ。


─────


ノア  13歳 男

種族: 人間

レベル: 9★

適職: なし(忍者)


能力値:

  筋力: 37

  耐久: 36

  俊敏: 44

  器用: 43

  精神: 48

  魔力: 36


ユニークスキル:

  <未完の大器>


魂の器: 4

下位スキル:

  <荷運び> <清浄> <ダウジング> <飲用水>

上位スキル:

  <遁術>


─────


おおっ?さっきの遁術の練習だけで3レベルも上がってるぞ!


一方、ランヴァルドさんは血相を変えていた。

「レベル9で”頂の星”が出るなんてあり得ないだろう。それなのに、能力値がなぜこんなに高いんだ?ユニークスキル<未完の大器>だと?適職が“なし”なのに、上位スキルがあるし、しかも<遁術>って何だ?」

ランヴァルドさんは混乱している。


しばらくブツブツとつぶやいていたランヴァルドさんが姿勢を正して僕をまっすぐ見つめた。

「冒険者ノアさん。あなたに指名依頼です。その異常なステータスについて情報提供してください。報酬は最低でも金貨5枚を出します。情報の内容によってはさらに上乗せもしましょう。どうでしょう?」

「は、はい、請けます!」

僕は報酬に目がくらんで即座に食いついた。


別の職員が呼び出され、この依頼の発注・受注の処理が行われた。

その人が部屋を出ていくと、ランヴァルドさんが目を輝かせた。

「さぁ聞かせてくれ!どういう事なんだい?」

さっきまでのキリっとした態度はどこに行った?

「え~っと、そうですね。まずは…」


9歳の時、レベル9になった途端に“頂の星”が現れたこと、その後ステータスに変化がなかったこと、先日遭遇した小さなおじさんとドレインの事、その後のレベルアップが早かった事、そしてレベル買取依頼のために王都に来たこと、などを順に話して聞かせた。


「何てことだ、レベルドレインを逆手に取ってそんな事を試すなんて…」

ランヴァルドさんは衝撃を受けたらしく、ソファに寄りかかって天井を見上げていた。

しばらくそのままだったが、こっちを見てしゃべり始めた。

「う~ん、能力値と魂の器については、その説明で納得できるんです。ですが、上位スキルを取得できる理由が説明できませんね。何か心当たりはありませんか?」

うっ、鋭い。やっぱり頭の良い人は違うな。

「う、う~ん。分かりませんね」

どうかバレませんように!


ランヴァルドさんが急に何かを思いついたような顔をした。

「そうだ!<遁術>という上位スキルについて思い出しました。これは伝説となっている”忍者”という適職の専用スキルだったはずです。まさか実在するとはね」

ギクギクッ!

「…そういえば、神殿の転職では絶対に選べないような適職に転職する方法があったはずです」

ぎっくぅっ!

「ノアさんなら、ご存じではないですか?」

ランヴァルドさんが笑みを浮かべてこっちを見ている。

これは、バレてる?


「アハハ、そんなに怯えなくてもよろしいですよ。ノアさんが事件に関与している可能性はゼロですから、罪に問われることは無いと私が保障いたします」

にっこりと笑うランヴァルドさんを見て、僕は観念した。

「はい、知ってます」

ランヴァルドさんが胸の前で、両手で球形を作る。

「それはこのくらいの水晶玉でしたか?」

「はい」

「やはり。まだ残っていたのですね」

苦々しい表情を浮かべていた。


「あの~、あれってどういう物なんですか?」

「性能についてはご存じでしょうから、その問いは”転職の玉”の出自や事件について知りたい、という事ですね。う~ん、機密情報もありますので、あまり詳しくは話せませんが…」

ランヴァルドさんがいろいろとぼかしながら話してくれた内容を、僕の憶測を交えて整理するとこんな感じだ。


・あの玉は伝説の大賢者が実験で作った魔道具。現在神殿で使われている正式な転職の魔道具の試作品にあたる。


・多分、大賢者が「他にどんな適職があるのか見てみたい」と好奇心を満たすために作ったのが、例のレベルドレイン機能付きの”転職の玉”だ。ぼかされてたけど、戦争奴隷や犯罪奴隷を使って実験したんじゃないかな。


・しかし、僕の一覧に出た”皇帝”とか”山賊王”みたいなヤバい適職が出てくることが分かって、慌てて封印することになった。


・王家が管理していたそれらの”ヤバい転職の玉”が、20年ほど前に盗み出されたらしい。10個も。


・その後、半分の5個は回収され、3個は既に使用済みで、使用した者も調査済み。残りの2個が未だに行方不明。


・この度、僕がそのうちの1個を使ったことが判明した。


ってわけだ。

「罪に問われることはありませんが、ただ、ノアさんは非常に希少な適職である“忍者”をお持ちですよね?」

「はい」

「やはりそうですか。<人物鑑定>でも見れないほどの隠蔽など聞いたことがありませんが。ともかく、そのような貴重な研究材料、じゃなかった貴重な人材は様々な勢力に狙われるでしょうね」

「えっ?」

僕が、狙われる?

「そりゃあ伝説の適職ですからね、あなたを手中に収めようという者は後を絶たないでしょう。この国の王侯貴族はもちろん、他国からも狙われますね。そのような連中です。夜討ち朝駆けはもちろん、家族を人質に取ってでも、あなたを手に入れようとするでしょうね」

そ、そんなことが…

とんでもなく恐ろしい話を聞かされた。


「でも今はまだ私しかそれを知りません。私の研究に協力してくださるなら、秘密を守るお手伝いをしましょう。どうですか?」

「お、お願いします!」

僕はその申し出に一も二もなく飛びついた。

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