第20話

資料室の閲覧台で座ったまま、ステータスプレートを取り出し、スキル取得画面を呼び出す。

「<遁術とんじゅつ>を取得する」

スキルが僕の中に入ってきて、脳裏に刻み込まれた。

あぁ、こういうスキルだったのか。


せっかく資料室にいるので、魔術の基礎知識についての資料を紹介してもらった。


まず、”魔術”というのは、他のスキルのように無意識的に行使できるものではなく、自分で魔力を操っていろいろと手順を踏むことでようやく効果を発揮する。

もし極めることができれば、ありとあらゆるスキルを模倣できると言われるくらいに自由度が高い。しかし、下手をすると魔力が暴走して自爆事故を起こし、自分のみならず周囲も危険に巻き込む。

絶対に素人が興味本位で手を出してはいけない。

それが”魔術”だ。


そんな危険極まりない”魔術”を、安全に習得するために登場したのが”魔術体系”だ。


この世界がどのようなことわりで成り立っているか、についての考え方は無数に存在する。

その中でも、魔術を発動させるのに都合の良い理、世界観と言ってもいい、を基にして、一貫性のある手順で魔術を発動できるようにした方法論を”魔術体系”と言う。


最も有名な魔術系の上位スキル<元素魔法>は、”四大元素論”を基にした魔術体系だ。

他には、創世神話を基にした<神聖魔法>、精霊信仰に基づく<精霊魔法>などが有名だ。

別大陸で生まれた”陰陽五行論”を基にした<陰陽術>、空の果てに広がる暗黒の世界の法則を基にした<暗黒魔法>という変わり種もある。

伝説の英雄”大賢者”にしか理解できなかった”万物理論”を基にした魔術体系も存在したとされるが、後世には伝わっていない。


一通り読んでみたが、なるほど。よく分からないな。

魔術が難解である、ということは理解した。


先ほど<遁術>を取得したことで、その付属スキルとして<魔力感知>と<魔力操作>が使えるようになった。

今まで感じたことのない不思議な感覚があるけど、これが”魔力”なのかな。

自分の中で蠢いているのを感じるし、空気中や机や椅子、本にも感じる。

向こうにいる職員の体からもうっすらと感じられる。


自分の中の魔力を動かそうと思うと、その方向にちょっと動いた。これが魔力操作か。

下手に動かすと暴走するかもしれないから、これ以上はやめておこう。


頭の中には「こうすれば発動する」というやり方のお手本みたいなのが20個以上、知識として入っている。

これに従って練習を重ね、魔術体系への理解を深めれば、いずれは自分独自の魔術だって作って使えるようになるらしい。


「ふぅ。よし」

勉強はここまで。実際に使ってみよう!

確か、ギルドの訓練場にスキルや魔術の試し撃ちができる場所があったはず。


使用料の銀貨1枚はちょっと痛いけど、しかたない。

初めての試射場に入る。

だだっ広い地下室で、床壁天井にびっしりと防御魔法陣が刻まれていた。

的になるゴーレムが貸し出され、指示すると指定の場所へ歩いて行ってくれる。


<遁術>は、手先に魔力を流し、その指を特定の形に組む動作、これを”印を結ぶ”という、で魔術を発動させるらしい。

手先の器用さが要求されるな。


頭の中にあるお手本の中から1つを選んで、試してみた。

<火遁・炎幕えんまく

バババッ!

素早く印を結ぶ。

ボゥッ!

すると、前方のゴーレムと僕との間に、燃え盛る炎のカーテンが出現した。

「おお~!」

す、凄い!

この僕が、魔術を使えるなんて!

10秒ほどで炎のカーテンは消えたけど、僕は感動に打ち震えていた。


<水遁・滑波かっぱ

バシャッ!

大量の水が出現し、波のように床に広がった。

「よし、ゴーレム、こっちに歩いてきて」

命令に従って歩き出すゴーレム。

濡れた床に足を置いた途端、ステーン!とスッ転んだ。

起き上がろうと動くのだが、手も足もツルツル滑って、もがいているだけだ。

「これはひどい」

自分では試したくないな。

この水も10秒ほどで消えた。


<土遁・砂霧さぎり

ブワッ!

砂埃が急に現れて、ゴーレムを取り巻いた。

ゴーレムには影響なさそうだけど、人や獣だと目を開けていられないだろうな。

これも10秒ほどで消えた。


その後も、僕はいくつかの術を発動させ、どんな効果があるのかを把握した。


「う~ん」

スキルの説明にあった通り、目くらましや足止めに特化されているというのは事実だったようだ。

殺傷力はあまり期待できないみたいだ。

でもまぁ、使い方によっては死に至らしめることも十分に可能な術もあるし、全く戦闘ができないわけでもないようだ。


残り時間いっぱいまで、一番基本的な術を繰り返し発動させて、遁術についての理解を深めた。


「うぅ、怠い」

調子に乗って遁術を使いすぎた。

精神の能力値が高いからこの程度で済んでいるが、下手をすると倒れていたかもしれない。今後は気を付けよう。

「君、ちょっといいかな?」

職員っぽい男の人に声をかけられた。

正直、話すのも辛いのですが。

「な、なんでしょう」

ベンチにぐったりと腰かけたまま返事をする。

「おや、魔力切れかい?いくらギルド内とはいえ、ちょっと不用心じゃないかな」

男の人は眉をひそめて咎めるような口調になった。


その人は一目で魔術師と分かるローブを着て、杖を持ってる。

背は僕よりは高いが、男性としては低い方かな。髪は金髪で、瞳は青。眼鏡をかけている。

20代前半くらいかな。

体型はローブに隠れて分からないが痩せてそうな印象だ。


「その、初めて魔術を使ったので」

それを聞くと男の人は驚いた、という表情になった。

「おや、初心者だったのかい。なら覚えておくといい。魔術師にとって魔力切れは致命的だからね。護衛がいるのでもない限り、そうならないよう魔力残量は常にしっかり把握しておくことだ」

人差し指をびしっと突き付けて忠告してくれた。

まぁ、多分、親切な人なんだろうな。

「ちょうどいい。休憩するならそんな所じゃなくてこっちに来るといい」

と言って、その男性はさっさと歩いて行ってしまった。

動くのもしんどいんだけどなぁ。

よろよろと立ち上がると、後をついて行った。

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