愚者の迷宮
第15話
とりあえずナタリーさんには「借金とかそういうのは無い」と伝えて、落ち着いてもらった。
「あのねぇ、その依頼って、それこそ明日には借金奴隷に落とされちゃう、ってくらいに追い詰められた冒険者が、泣く泣く請けるような依頼なの。ノア君、ちゃんと分かってる?」
と、ものすごく心配された。
確かに普通の冒険者にとってレベルをドレインされるのは、そのくらい忌まわしい出来事なのだろうな。
「本当に大丈夫です。説明すると長くなるので今は省きますけど、ドリスさんが僕向きの依頼だって言ってたくらいですから」
「えっ、ドリスさんってあの受付嬢の?あの人がそんなことを…ふ~ん、後でちゃんと事情聞かせてくれる?」
「あ、はい」
いつになく真剣な目で見つめられたので、頷くしかなかった。
「その依頼は特殊だから1階にあったはず。確かあっちね」
ナタリーさんに連れていかれたのは、カウンターの脇の壁にある小さな掲示板だった。
「あった。これね」
「おぉ、これが」
常時依頼:ランク不問
レベルの買い取り
報酬:1レベルにつき金貨1枚
依頼人:王室管財部
「すぐに請けられるんですかね?」
「どうかな?私もさすがに請けたことないから」
そりゃそうか。
そんなことを話していたら、カウンターの受付の人が答えてくれた。
「そちらの依頼は受託していただければ、およそ1時間で依頼完了です。その後、報酬受け渡しとなりますので、急いで現金が必要な方に、特にお勧めですよ」
僕も借金に困ってると思われたかな?
「そんなに早いんだ」
「本当に大丈夫?」
ナタリーさんはまだ心配みたいだけど、僕はもう試してみたくて仕方がない。
「大丈夫です。えっと、今から請けてみたいです」
ナタリーさんはため息を吐いて頷いた。
「はぁ~、止めても無駄みたいね。いいわ、ここで待っててあげる」
「ありがとうございます、じゃあ行ってきます」
背後にナタリーさんの心配そうな視線を感じつつ、受付カウンターに進んだ。
「ステータスプレートを提示してください」
「はい」
受付嬢の持つ魔道具にステータスプレートをかざすと、身元を証明できる。
「確認が取れました。”スンド東の町”支部所属のノア様ですね。先ほどのレベル買取の件でよろしかったですか?」
「はい、それを請けます」
「ええと…ノア様はレベル6となってますが、本当によろしいですか?もしドレインができなかった場合、依頼失敗となって違約金が発生しますが…」
「大丈夫です」
って言うか、いつの間にかレベル6になってたらしい。王都を歩くという初体験が効いたかな?
「そ、そうですか。あのぉ、レベルドレインについて説明しましょうか?」
受付嬢さんが心配そうな顔をしている。何も知らない初心者と思われたかな。
「いえ、知ってるので大丈夫です」
「ふぅ…では、こちらの同意書にサインをお願いします」
受付嬢さんは一つ息を吐くと普通の態度に戻って、書類を出してきた。
ざっと読むと、レベルが下がることを認識しているか、それによる損害について後で文句を言わないか、などがつらつらと書いてあった。
もちろん、大丈夫なので、さらさらっとサインした。
「はい、確かに。ではこの後馬車に乗って移動していただきます。以降はすべて係員の指示に従ってください。帰りも馬車でここまで送り届けますのでご安心ください」
「分かりました」
離れたところにいるナタリーさんに手を振って、係員の後について行った。
ギルドの裏手から出て、専用の馬車、綺麗な外装の立派そうなヤツだ、に乗せられて揺られること15分ほど。
外が見えなかったけど、多分、中央の方に向かっていたと思う。
馬車が停まって降りると、でっかい倉庫の中にいた。
「こちらです」
係員に案内されて、倉庫の真ん中にある金網で囲まれた区画にやって来た。
屈強な兵士が警備しており、その先には2本の石柱が立ってて、柱の間に虹色に光る垂れ幕のようなものが張られている、ように見えた。
これが、ダンジョンの入り口か?
「ここを
と言って係員がその虹色の幕にぶつかるように歩いていく。
「あっ」
と思ったら、係員はその幕に埋まって、消えてしまった。
「えぇっ!?」
僕が驚いて立ち止まっていると、その幕から係員の頭だけがにゅっと飛び出してきた。
「あぁ、初めてですか?大丈夫ですよ、怖がらずに歩いて入ってきてください」
「は、はい」
僕はゴクリと固唾を飲み込み、覚悟を決めてその幕に突っ込んだ。
フワッと浮遊感があったが、一瞬で視界が切り替わった。
「おお~」
そこは石造りの通路だった。特に光源が見当たらないのに、通路の奥まで見通せるほど明るかった。
僕は初めて見るダンジョンにワクワクしていた。
前を歩く係員を見失わないようにしつつ、キョロキョロして進む。
気分はダンジョン探検家。忍び足で気配を殺し、周囲の物音を探りつつ、係員の後をついて行った。
何度も分岐を曲がったり、脇道を無視して直進したり、と複雑な迷路のような通路を、係員はどんどん進んでいく。
僕はもう完全に道が分からなくなってしまった。
はぐれないように係員の背中をしっかり見て歩くことにした。
ダンジョン内は驚くほど静かだった。
僕と係員の足音以外、何も聞こえない。魔物の出ないダンジョンなのかな?
って、そうだよ。護衛も無しで歩いているんだから、きっとそういう事なんだろう。
浮かれすぎててそんな事にも気づいてなかった。
やがて、僕らはちょっと広い部屋に出た。
入って来た通路以外に出口は無いようだ。
入り口と反対側の壁際には祭壇のようなものが設けられ、壁には、頭部だけ鳥の女性が手に天秤を持っている姿を象った彫像がはめ込まれていた。
入り口付近に屈強な兵士が二人、祭壇の周りにも3人の兵士が警備していた。
「こちらへどうぞ」
係員に促され、その祭壇の前に立つ。
「この石碑に触れると、自分のレベルをいくつ捧げるかを問われますので、お好きな数字をお答えください。その後は、宝箱が出現するまで手を離さないようにしてください。以上ですが、何か質問はございますか?」
「いえ、ないです」
「それでは始めてください」
石碑に触れると、唐突に目の前の空中に光る文字板が現れた。
『財貨の対価として捧げるレベル数を指定してください(指定可能範囲:1~7)』
へぇ、こうなるのか。
ん?指定可能範囲が1~7って、もしかして?
自分のステータスプレートを取り出して確認してみたら、いつの間にかレベル8になってた。
ダンジョンに入ってから2レベルもあがったのか!?
驚いたが、後回しだ。プレートをしまう。
一度深呼吸して回答する。
「7レベルを捧げます」
『7レベルが捧げられます。よろしいですか?』
目の前の文字列が変化した。
「はい」
応えた途端に、手のひらから何かが抜け出ていく、ドレイン特有の感覚が襲ってきた。
「くぅっ」
あの”転職の玉”の時と似てる。
しばらくして、ドレインの感覚が無くなった。
「ふぅ~」
すると、祭壇の上、彫像の足元にまばゆい光が集まっていく。
思わず目を閉じた。
光が収まって目を開けると、そこには銀色に輝く宝箱が鎮座していた。
「うわっ、凄い!」
これがダンジョンの宝箱か。初めて見た!
「ご苦労様でした。もう手を放して結構です。では地上に戻りましょう」
「あ、はい」
もう少し感動の余韻を味わいたかったけど、係員に従って移動した。
振り返ると、兵士たちが宝箱に近寄って中身を回収しているようだった。
歩きながらステータスプレートを取り出して見ると、レベルが1になっていた。
よしっ!
ドレイン成功だ。
再び馬車に乗って、ギルドに帰ると、依頼完了の処理をして、報酬として金貨7枚を受け取った。
すぐに預金口座に入れてもらったけどね。
しかし、この短時間でこの稼ぎ。
こんな美味しい依頼があっていいのか?
思わず口元が緩んでしまった。
「ノア君!大丈夫だった?」
僕が帰って来たのを見つけて、ナタリーさんが駆け寄って来た。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
「顔色も悪くないし、本当に何ともないのね。良かった~。それなら、早く宿に戻りましょう。ほらほらっ」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、冒険者ギルドを出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます