第13話

王都行き6日目。

朝からなるべく気配を消すように心がけて動いてみた。

「ノア君、何やってるの?」

ナタリーさんがニヤニヤ笑いながら声をかけてきた。

「あ、いや、その」

「何か怒られるようなことでもした?」

そんな風に見えてたのか。

「いやいや。実は、ちょっと練習してただけで」

適当な理由をでっちあげて気配を消す練習だったということにした。

「ぷぷっ、あれで?くふふっ」

ナタリーさんが腹を抱えて笑い出してしまった。

…そんなに変だったの?


「違う違う、頭は動かさないで、スーッと滑らかに動く」

「え~っと、こう?」

「今度は足音が出てるよ」

「ひぇ~」

馬車の横を歩きながら、ナタリーさんに忍び足の特訓を受けている。

今まで意識してなかったけど、ナタリーさんって常に忍び足で歩いていたんだなぁ。

ちゃんと観察してみると、自然な動きなのに、まったく足音がしない。

「まぁ、スキルが無いと難しいと思うけど」

「はい。ちょっとやそっとじゃできそうにないです」

スキルは偉大だな。


でも、この練習は効果があったようで、昼休憩の時にステータスプレートをちらっと見たら、また1レベル上がっていた。


他にも何か忍者らしいことはないかと考えてみた。

伝説の忍者は、姿を変えて潜入調査をしたり、隠れて敵の状況を調べたり、と諜報や偵察で大活躍していた。


よし。聞き耳を立てて周囲の会話を聞いてみよう。

ガラガラ、ザッ、ザッ、ガタゴト。

馬車の車輪の音、人の足音、馬車の荷台の振動音など、騒音しか聞こえない。

ボソボソ、と人の声らしきものも聞こえるけど話の内容は分からないな。

「ノア君?」

「うひゃあ」

急に近くで話しかけられて、飛び上がるほど驚いた。

さすがナタリーさん、足音が聞こえなかった。

「どうしたの?ぼーっとして」

「ああ、いえ、別に」

聞き耳を立てていた、というのは外聞が悪いよな。そうだ。

「ナタリーさんが獲物を見つけるときって、どうやって探すんですか?」

「ん?そうねぇ。何となくこっちかなぁ、ってわかるんだよね」

「そういうスキルですか?」

「うん。<索敵>っていう付属スキルね」

全然参考にならなかったよ。


ナタリーさんがハンスさんに呼ばれて別の所に行ったので、僕は一人で歩きながら周囲の音に聞き耳を立てたり、森の草むらを観察したり、”それっぽい”ことをやりながら進んだ。

夢中になってたらいつの間にか野営地まで到達してた。


僕とナタリーさんが同じテントを使うのはすっかり定番になってしまった。

そして、僕らのテントだけ食事が美味しくて、ハンスさんが食べに来るのもお決まりだ。


テントの中で日課のステータス確認。


─────


ノア  13歳 男

種族: 人間

レベル: 5

適職: なし(忍者)


能力値:

  筋力: 22

  耐久: 21

  俊敏: 25

  器用: 24

  精神: 27

  魔力: 21


ユニークスキル:

  <未完の大器>


魂の器: 4

下位スキル:

  <荷運び> <清浄> <ダウジング> <飲用水>


─────


「よしっ」

今日も2レベル上がったぞ。

いろいろと試したのが効いたようだ。


そうだ。忍び足の練習もしたし、もしかしたら何か新しく取得可能スキルが増えてるかも。

一覧を表示させてみた。

やっぱり。

<忍び足>、<聞き耳>、<警戒>が取得可能になってた。


「うぇっ!」

変な声が出た。

我が目を疑う。


一覧の下の方に、”【上位スキル】”という欄が増えてた。


いや、え?本当に?

確かに、適職が括弧付きとは言え”忍者”となってるんだから、あっても変じゃないんだけどさ、まさか僕が上位スキルを取得できるなんて思ってなかったから、びっくりしちゃったよ。

上位スキルの欄には、<暗器術>、<遁術とんじゅつ>、<諜報>、<偵察>の4つが並んでいた。

これが忍者の上位スキルってことか。

いずれも必要な魂の器が11以上だから、まだしばらくは取得できそうにないな。


それでも、あきらめていた上位スキルに手が届くと分かって、僕はワクワクしてなかなか寝付けなかった。


しばらくゴロゴロしてたら、外が騒がしくなった。

「敵襲~!」

大声が上がった。

ガバッ!と起き上がり、急いで防具を身に着けていく。

外で戦闘音と怒声が響いていた。

どうしよう。テントの中にいるべき?外に出た方がいい?

迷ってる間に、外の戦闘音は止んでいた。


恐る恐る、テントから顔を出す。

「あ、ノア君、起きたんだ」

ナタリーさんが気付いてこっちに来てくれた。

僕もテントから出た。

「森オオカミの群れが襲ってきたけど、撃退したから、今は大丈夫だよ」

「それは、大変でしたね」

森オオカミは単体でも結構強いし、群れて行動するから、戦闘職じゃない人間にとっては恐怖の対象だ。

「魔物の方は別に大したこと無かったんだけど、戦闘中に水樽が倒れて、水がなくなっちゃったんだよね。そっちの方が大問題」

と言って、あっちの人が集まってる方を見る。

確かに、樽が倒れていて、それをヨアキムさんとハンスさんを含む何人かで囲んでる。

ちらほらと、引き返すとか、隊を分けるとか、不穏な単語が聞き取れた。


僕は樽周辺の地面をみて、確信した。あれなら大丈夫。

「あの、僕のスキルを使えば水を取り戻せますよ」

「え?あ~、<飲用水>スキルね。でも樽いっぱいなんてさすがに無理でしょ?」

「いえ、今ならまだ間に合います」

「そうなの?じゃあ、やってみようか。行こっ」

ナタリーさんが僕を樽の方へ引っ張っていった。


「魔力は本当に大丈夫なのかい?」

「無理はするなよ」

ヨアキムさんとハンスさんが心配そうにしている。

「はい。それじゃ、行きます。<飲用水>!」

ドバドバ~、と手のひらから大量の水が迸り、樽の中に入っていく。

「「おおっ!」」

周囲で見ていた人たちがどよめいた。

水がこぼれてぬかるんだ地面から湯気が立ち上り、僕の手の前に集合して、きれいな水となっているのだ。

「まさか、こんなことが」

「地面にこぼれた水をこんな方法で元に戻せるとは、知らなかったよ」


この旅で、意外と下位スキルの事が知られていない、ってことが分かった。

僕は必要に迫られて下位スキルの勉強をしたけど、一般人は関心ないんだなぁ。


「ありがとう、ノア君!これで余計な時間を取られずに済んだよ。少ないけど、これ取っておいて」

ヨアキムさんが僕に金貨を握らせてくれた。

「えぇっ、いいんですか?」

「もちろんだ。時間の節約は商人にとってこれほどの価値があるんだよ」

こんな簡単なことで金貨1枚だなんて。

口元がニヤケてしまうな。

「やったじゃん、ノア君!お姉さんに奢ってくれてもいいのよ?」

ナタリーさんが後ろから抱き着いてきた。

「こらこら、後輩に集るな」

ハンスさんがペシッとナタリーさんの頭を叩いた。


その後、テントに戻ったけど、ナタリーさんが僕を抱き枕にするので、ドキドキして眠れなかった。

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