第12話

「ほれ」

婆さんが差し出してきた黒い箱を、恐る恐る受け取ってみた。そんなに重くはない。

一辺が15センチの立方体に近い形だ。

「開けてみな」

大丈夫かな。罠、じゃないよな。ちらっと老婆を見ると、頷いてきた。

箱をカウンターの上に置いて、思い切って蓋を開ける。

パカッ。

中には直径10センチ程度の水晶玉が入っていた。

何これ?


「それは、”転職の玉”って魔道具だよ。それを手に持って”転職する”と宣言すれば、適職を変えてくれるって代物だ」

普通、適職の変更には神殿に行く必要がある。

って言うか、神殿に行けば誰でも転職できるよね。

なんでこんなものがあるんだ?


「…それだけじゃ、ないんでしょう?」

「ほぅ、少しは頭が回るようじゃないか。ひっひっひ。そうだよ、それは転職と引き換えに、使用した者のレベルを吸い取るのさ。吸えるだけ全部ね」

うわ~、凶悪な呪われた品じゃないか。

普通ならね。

でも、僕の口元はついついニヤケてしまった。

「ふん、今のを聞いて逆に笑うなんて、度胸があるじゃないか。くっくっく…」

婆さんが肩を揺すって笑う。

「本来、適職はレベル10にならないと得られない。じゃあ、あんたがその玉を使ったら、一体どうなるのかねぇ?」

ニヤァと不気味な笑みを浮かべる老婆に、僕も笑顔で応える。

「そうですね、それは僕も気になります。これ、タダでくれるんですか?」

「ああ、いいとも。今、私の目の前で使ってくれるんならねぇ」

老婆の目が爛々と輝いている。

「いいですよ。では。転職する」

僕は”転職の玉”に手をのせて、宣言した。


掌から何かが抜けていく、ドレイン特有の感覚があった。

「くっ」

あの小さなおじさんの時よりも長い。

体も重く、怠く感じる。

「これは…」

ようやくドレインが終わると、目の前にステータス画面と似た表示が現れた。

”転職可能適職一覧”と一番上に書いてあり、いくつかの適職が表示されていた。

「どうじゃ?何が起こった?」

老婆が興味津々といった表情でこっちを見ている。

「転職可能な適職の一覧が表示されました」

「ほう、何個じゃ?」

「えっと~、8個ですね」

「やはりそうか!」

老婆はパンッと膝を叩いて喜んでいる。

何か知っていたのか?

僕がジトっとした目で見ているのに気づいて、老婆が教えてくれた。

「この玉と一緒に手記が入っておってな、”吸い取られたレベルの数と同じだけの適職がランダムに現れる”と書いてあったんじゃよ。これであの手記がでたらめじゃないってことがわかったねぇ。きひひっ」

そんなものがあったのか。どんな内容だったのか気になるな。

「それで、転職はできたのかぇ?」

「あ、まだです」

僕は一覧に目を戻した。


”料理人”、”船乗り”

これらは普通だな。保留。


”皇帝”

皇帝って…

恐らくは凄く優秀な上位スキルがあるとは思うけど、絶対に面倒なことになりそうだよね。保留。


”男娼”、”処刑人”

絶対に嫌だ。


”刀匠”

ってなんだろ。何となく職人っぽいけど、知らないな。


”忍者”

えぇっ!伝説の英雄の適職じゃないか!?

実在してたのか…


”山賊王”

名前だけでもうヤバそう。


これはもう、決まりだよね。

「”忍者”に転職する」

そう宣言すると、一覧画面がパァっと光って玉になり、その光が僕の中に入り込む。

スキル取得と同じように、頭の中に何かが書き込まれた感じがした。

「ん?転職したのかい?」

老婆が首を傾げている。

「はい、多分」

「んん?適職が”なし”のままじゃぞ?」

「えっ?」

さっきの感触からして、転職には成功したっぽいんだけどな。

ステータスプレートを出して確認してみた。


─────


ノア  13歳 男

種族: 人間

レベル: 1

適職: なし(忍者)


能力値:

  筋力: 11

  耐久: 11

  俊敏: 12

  器用: 11

  精神: 14

  魔力: 11


ユニークスキル:

  <未完の大器>


魂の器: 0

下位スキル:

  <荷運び> <清浄> <ダウジング> <飲用水>


─────


「あれ?」

適職の表記がおかしい。

「どうじゃった?」

「えっと、適職が”なし(忍者)”ってなってます」

「ほほぅ、隠蔽されとるのかぃ。面白いねぇ」

婆さんはしばらくブツブツと独り言をつぶやいて、「きひひっ」と不気味に笑っていた。


にしても、この”転職の玉”はすごいな。一気にレベル1まで下がったぞ!

「お婆さん、この玉って他にないんですか?」

「なんじゃ、まだ欲しいのかぃ?でも残念だったね。これ1つきりなのさ」

「じゃあ、どこで手に入りますか?」

僕がぐいぐい行くので、婆さんが若干引いている。

「な、なんじゃ?ええぃ、それも分からん。元が盗品らしくてねぇ、出所は不明さ」

「そうですか」

しょんぼり。

残念だ。これさえあればレベル下げが捗るのに!


「おっ、そうじゃ。お主、忍者になったんじゃろ。これをやろう」

婆さんが何かを思い出したようで、また手元のバッグから何か取り出した。

見た目は10センチちょっとくらいの長さの鉄の棒が2本並んでくっついているように見える。

「これは”蝶の短刀”という。適職が”忍者”の者にしか扱うことができんので、売り物にならん。持っていっておくれ」

「はぁ」

受け取った瞬間、それの使い方が分かった。

棒の1本を指で挟み、手首を振ると、もう一本の棒が半回転して刀身が現れ、2本の棒をまとめて握れば、短刀の柄になった。

一見すると武器に見えない。隠し武器、暗器の類だ。

しかも、この刃で傷がつくと、魔法によってその傷口に様々な効果を持つ毒を生成できるらしい。毒は魔力が切れると消えるため、証拠が残らない。怖っ!

もう一度手首を振って2本の棒に戻すと、ポケットにしまった。


「そういえば、お主、迷子じゃったか」

「あ、はい」

そうだった。道を尋ねに来ただけなのに、何だかいろいろなことがあってすっかり忘れてた。

「そこにこの辺りの路地のマップがある。しっかり覚えていきな」

と壁に貼られた地図を指さした。

「ありがとうございます」

釈然としない物を感じながらも、一応お礼を告げて地図を見る。

う~ん、ここが婆さんの店で、こっちが港だから、こう行ってこう行けば、うん。

「これで帰れそうです。ありがとうございました」

「そうかい。あぁ、何か面白いものを見つけたら持ってきておくれ」

「はぁ」

ひらひらと手を振る婆さんに見送られて、店を出た。


戻る途中で、怪しい男たちを見かけて路地裏に身を潜めてやり過ごしたり、地図にはなかった壁で行き止まりになってた所をよじ登って乗り越えたり、と予想外のトラブルもあったけど、ようやく見覚えのある場所まで戻ってこれた。

「ふぅ、一安心だな」

ちょっと疲れたので、さっさと宿に戻ることにした。


その夜。大部屋で寝転びながらいつものステータス確認。


─────


ノア  13歳 男

種族: 人間

レベル: 3

適職: なし(忍者)


能力値:

  筋力: 17

  耐久: 16

  俊敏: 19

  器用: 17

  精神: 21

  魔力: 16


ユニークスキル:

  <未完の大器>


魂の器: 2

下位スキル:

  <荷運び> <清浄> <ダウジング> <飲用水>


─────


「ぶっ」

思わず吹き出してしまった。

一気に2レベルも上がってる!

確かに初めての街だし、初体験の事も多かったけど…


あ、”適職にふさわしい行動”ってやつかな。

路地裏で息をひそめたり、壁を乗り越えたり、というのがいかにもそれっぽい。

その分の経験も上乗せされたので、レベルアップがより早くなったのではないだろうか。


試しに、明日はちょっとコソコソしてみようかな?

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