第9話

出発前夜は僕の旅の無事を願って、豪勢な夕食となった。

「気を付けて行ってくるんだぞ」

「無事で帰ってくるのよ」

父さん、母さん…

「お兄ちゃん、お土産!お土産買ってきてね!」

ラウラぁ…


夕食後、ベッドに寝転んでいつもの癖でステータス確認をする。

特に変化はなかった。


「あ、そう言えば」

下位スキルについて調べたとき、旅をするのに役立つスキル第1位として<飲用水>が紹介されていた。

周囲にある水分を使って、綺麗で安全な飲用水を作り出すスキルだ。

砂漠とか極端に水分の無い状況だと使えない場合もあるらしいが、王都までならそんな場所は無いから役立つはず。

「よし、取っておくか」


ステータスプレートを手に持ち、”スキルを取得する”と念じると、目の前に浮かぶステータス表示が切り替わり、”取得可能スキル一覧”に変化した。

一覧に表示される下位スキルは人によって異なるそうだ。

それまでの経験や学習によって増えると考えられている。


「あ、<護身術>が増えてる」

今までは出てなかった下位スキルだ。

グスタフ教官のおかげだ。王都でお土産を買ってこないとな。

でも、必要な魂の器が7だからまだ取得できない。残念だ。

当初の予定通り、<飲用水>を取ろう。


「スキル<飲用水>を取得する」

そう宣言すると、目の前のスキル一覧からパァっと光の玉が現れて僕の体の中に入って行った。

これで取得完了だ。

僕の頭の中にはすでにスキルの使い方が刻み込まれている。


改めてステータスを確認する。


─────


ノア  13歳 男

種族: 人間

レベル: 9★

適職: なし


能力値:

  筋力: 19

  耐久: 19

  俊敏: 20

  器用: 19

  精神: 22

  魔力: 19


ユニークスキル:

  <未完の大器>


魂の器: 0

下位スキル:

  <荷運び> <清浄> <ダウジング> <飲用水>


─────


よし。スキルが増えてるな。


明日からの旅路に思いを馳せていたら、いつの間にか眠っていた。



翌朝。

「おはようございます」

集合場所の西門付近に行くと、すでに人が集まっていた。

「おう、おはよう。久しぶりだなノア君」

「お久しぶりです、ハンスさん」

ハンスさんは、20代前半のベテラン冒険者で、僕の新人研修を担当してくれた人だ。

その後もちょくちょく話はしてたけど、そういえば最近見かけてなかったな。

「早速だが、荷運びを手伝ってくれ。あそこの髭生やしたおっさんが今回の依頼人だ」

「おっさんじゃねぇ。お兄さんと呼んでくれ」

と当人から反論があった。

商人らしくこざっぱりとした身なりをした、おじさん、じゃなかったお兄さんだ。

「商人のヨアキムだ。よろしくなノア君。君の噂は聞いてるよ。早速あそこの荷物を頼めるかな?」

「あ、はい、任せてください」


山積みになっている木箱をそのままひょいと持ち上げてやると、「おおっ」とどよめきが起こった。

「いやぁ、聞くと見るとは大違いだな。下位スキルだからと侮れないな」

と、ヨアキムさんが感心していた。

ヨアキムさんが言うには、”倉庫番”とか”御者”という適職で取れる上位スキルにも<荷運び>スキルが付属してるんだけど、ここまでの性能じゃないらしい。


さっさと荷物を馬車に積み込んで行くと、あっという間に終わった。

「こりゃすごい。30分以上はかかると思ってたのに、もう終わってしまったのか」

ヨアキムさんが髭を撫でながら、積み込みの終わった馬車を眺めている。

「ヨアキム、少し早いが出発するか?」

ハンスさんがやって来た。

「ああ、ハンス。そうしよう。皆!出発だ!」

ヨアキムさんの一言で、全員が動き出した。


町の外に出て街道を西に進む。

僕は、クリスタからもらった鞄を背負い、前から3台目の馬車の左側を歩いている。

「ノア君、その鞄でっかいね。何入ってるの?」

護衛の冒険者の一人、狩人っぽい恰好の女性が話しかけてきた。

「えっと、野営道具一式に、食材とかです」

「え?そんなに持ってきたの?」

ん?何か変だったかな?

僕の分かってなさそうな顔を見て、その人が教えてくれたんだけど、食事や野営道具は商隊側で提供してくれるんだそうだ。

護衛の冒険者がそれらを用意する必要は無いとのこと。

「ノア君も一応護衛の冒険者扱いだよ。戦闘する必要は無いけどね」

「そ、そうだったんですね」

うわ~、張り切って準備してきちゃって恥ずかしいよ。

思わず赤面してうつむいてしまった。

「あはは、良いじゃない。せっかくだから、それ使って野営の練習しちゃおうよ。お姉さんが教えてあげるよ」

「え、良いんですか!?」

これはラッキーだ。

僕は野営の経験が無いから、道具は揃えたもののちゃんと使えるか、不安だったんだよね。

「うんうん、良いよ~」


このお姉さんの名前はナタリーさん。見た通り”狩人”が適職だ。

緑色の髪を後ろでくるくると丸めていて、同じく翠色の瞳を持つ、人懐っこい笑顔が素敵なお姉さんだ。

僕よりも背が高くて、すらっとして身軽そうだけど、革の胸当てて押さえ込まれたその胸は窮屈そうだ。

時々、「偵察してくるね~」と言って、森に消えていき、ウサギとか鳥を狩って来ては、僕の鞄に括り付けていく。

「今晩のおかずに追加だよ。後で解体の仕方も教えてあげるね」

凄い、めちゃくちゃありがたい。

そういう専門技術って普通は上位スキルに頼りきりで、学べる機会はほとんどないからなぁ。


その日は特に魔物の襲撃もなく、平和な旅路となった。

日暮れ前に、街道脇の広場で野営の準備に移る。

商隊は進みが遅い(徒歩よりも遅い)から、宿場町まではたどり着けないので、ほとんど野営になるんだそうだ。

そもそも小さな宿場町だとこの人数は泊まれないから、どのみち野営らしいけど。

野営道具を商隊の馬車から下す雑用を頼まれたときに、自分の野営道具を使っていいかヨアキムさんに聞いたら許可してくれた。


自分の仕事を終えたら、ナタリーさんと一緒に、僕の野営道具を使って準備を始めた。

「そっちを持って、そうそう。引っ張って、もっとピンとする。うん、良いよ」

ナタリーさんの指示に従ってテントを設営した。

「ふぅ、できた!」

中古とはいえ、まだまだ綺麗なテントだ。

「これ、大きくない?」

「あー、これ二人用なんです。こっちの方が安かったんで」

「やっぱり。じゃあ、今日は私もここで寝ようかな」

「え!?」

な、何を言い出すんだ、この人は!

「ん?あれぇ~、ノア君ってば何を考えたのかなぁ?」

ニヤニヤ笑って僕の肩をツンツン突っついてくる。

赤面する僕を、ナタリーさんがくすくす笑って見ていた。

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