第4話
僕はここで死んじゃうんだ。
父さん、母さん、先立つ不孝をお許しください。
絶望に呆然としていると、再び小さなおじさんが話しかけてきた。
「おい、聞こえとるか?」
「は、はひぃ!」
声が裏返った。
「なんじゃ、聞こえとるなら返事せい。それで、何の用じゃ?」
ん、攻撃してこない?
意外と話せる感じ?
「あ、あの、指輪を探してまして」
なるべく丁寧に、正直に答えておこう。下手に嘘をついて不興を買うのはまずい。
「ふむ。もしかして、…これか?」
小さなおじさんが布袋に手を突っ込んで取り出した物を見て驚いた。
「そう!それです!」
間違いない、あの指輪だ。
「あのぅ、それを返してもらえませんか?持ち主の人がそれを探してるんです」
腰を低くしてお願いしてみる。
「これは儂が拾ったもんじゃから、儂のもんじゃ。欲しけりゃそれなりのもんを寄越せ」
「ええっと、持ち主の人ならお礼に良いものくれると思いますよ?」
「ならそいつを連れてこい」
「ええっ!」
まいったなぁ、多分無理だよ。
「あなたが来てくれたりは」
「人間の町など怖くて入れんわい」
う~ん。もうぶっちゃけてお願いするしかない。
「あの、僕はお金も高価なものも持ってないです。でもその指輪を持ち主の人に返してあげたいんです。どうにかなりませんか?」
僕は膝をついて祈るようにして頼み込んでみた。
「ふ~む。そうじゃなぁ。おっ!思いついたぞ。お主のレベルを吸い取らせてくれるなら、指輪をやってもいいぞ」
「レベル?吸い取る?」
どういうことだ?
小さいおじさんが説明してくれた。
「え~と、つまり、僕のレベルが1つ下がるだけで、痛かったり命に影響があったりはしない、と」
「そうだ。健康を損なうことはないと保証するぞ」
別にそのくらいならいいかな。
どうせ低レベルだし、レベル10未満ってレベル上がるの早いから1年も経たずに取り戻せるだろうし。
「うん、いいですよ」
「よっし!交渉成立じゃ」
小さなおじさんも喜んでいる。
「では、この袋に手を突っ込め」
というので、布袋の口に手を突っ込んだ。
すると、手の先から何か温かいものが流れ出していくのを感じる。
「おおっ!」
大丈夫なのか?これ。
「ほいっ、これで1レベル分じゃ。ほほっ、いいものを手に入れたぞ。これは高く売れるわい。ガッハッハ!」
僕は胸元からステータスプレートを取り出して確認する。
「んん?ちょ、ちょっと!レベルが3つも下がってるんだけど!」
「なんじゃと?」
「ほら!」
僕はプレート表面の、更新された刻印を見せてやった。
そこには”レベル: 6”、と表記されていた。
「なっ、6じゃと!?なぜ10よりも下がっとるんじゃ?」
何故だか小さなおじさんも驚いている。
「約束と違うじゃないか!」
「儂だって、こんなの初めて見たわい!」
少し落ち着いた。
「そもそもドレインでレベルが10よりも下がるなんぞ聞いたことが無いんじゃ」
「そうなの?」
ちなみに、レベルを吸い取ることを”ドレイン”と言うのだそうだ。
「この袋に入った”精気”は1レベル分なのは間違いない。しかし、約束違反になったのも確かじゃ。仕方がない、これを追加でくれてやろう」
そう言うと小さなおじさんは、布袋から親指の爪ほどの大きさの赤い宝石を取り出して、指輪と一緒に僕に渡してきた。
「いいの?」
「ふん!儂のプライドが許さんからな。貰っておけ」
そう言うと、「よっこらしょ」と袋を担いで森の中へと消えていった。
僕はしばらく呆然と森の方を眺めていたが、受け取ったものを大事にしまってから町に戻った。
「はぁ、はぁ、つ、疲れた」
南門まで歩いただけで息が切れてしまった。
レベルが下がっても健康に影響は無いって言ってたのに、あれも嘘だったのか?
くそっ、騙された気分だ。
とっくに昼を過ぎていたので、屋台で買って歩きながら食べる。
いつもよりゆっくりと通りを歩いていると、「ノア~!」と僕を呼ぶ声が聞こえた。
振り向くと、クリスタが駆け寄ってきた。
「クリスタ。仕事終わったの?」
「そうだ。ノア、昼前に工房に来てたんだって?」
あの女将さんから聞いたんだな。
「ああ。こっちの方に仕事で来たからさ」
「終わった?」
「ううん。これから報告」
一緒に歩きながらおしゃべりする。
鞄づくりは順調らしい。明日にはできるそうだ。
「ね、ノアの明日の予定は?」
「依頼次第だね。何かある?」
「へへっ、出来上がった鞄を見てもらいたくってさ」
照れ臭そうに笑うクリスタ。
「あぁ、そういうこと。夕飯までには家に帰るし、その頃なら確実に家にいるよ」
「そっか、分かった。じゃあ明日の夜、見せに行くから。それじゃ、バイバイ!」
手を振って家の方に駆けていくクリスタの背中を見送った。
さて、依頼人の所に急ごう。
屋敷に着くとオロフさんが出迎えてくれた。
「それで首尾の方は?」
「ええ、発見しました」
「おおっ!素晴らしい!」
懐から指輪を取り出して渡す。
「確かに、これで間違いございません。あぁ、本当に何とお礼を言えばいいか」
「いいえ、仕事ですので。こちらにサインをお願いします」
サインをもらったらすぐ帰るつもりだったんだけど、オロフさんに「お茶でもどうぞ」と引き留められてしまった。
やたらと豪華そうなお菓子が出てきて、めちゃくちゃ香りのいいお茶をごちそうになった。
はぁ~、美味しかった。
すると食べ終わるのを待っていたかのように部屋の扉が開いて、ドレスを着た女性が入って来た。
あ、あの肖像画の人だ。
慌てて立ち上がって挨拶する。
「あなたがノアさんね。私はマルタと申します。この度は私の大切な指輪を取り戻してくださって、本当にありがとうございました」
僕の手を両手で握りしめながら、丁寧にお礼を言われた。
お互いにソファに腰掛ける。
「それで、指輪はどこにありましたの?」
「町の南東にある森の手前ですね。切り株の上で見つけました」
小さなおじさんのことは面倒なので言わなかった。
その後、少し雑談をした後、オロフさんが袋を持ってやってきた。
「これは感謝の気持ちです。お受け取りください」
とマルタさんに言われ、開いてみると銀貨がいっぱい入っていた。ぱっと見では枚数が分からないほど。
「え!?こんなに!」
「はい。半ばあきらめていたので、本当に嬉しかったのですよ」
にっこりと笑顔で言われると断りにくい。
ありがたく頂戴した。
マルタさんに挨拶し、オロフさんに見送られ、屋敷を後にする。
その足で冒険者ギルドに報告に行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます