第8話「赤崎アカリ・後編」

 前書き失礼します。


 お待たせしました。コロナワクチンの副作用が酷く、暫く床に臥していたため投稿が遅れました。すみません。


 ※第六話「微笑」と第七話「赤崎アカリ・前編」の文章の一部を大幅に改変しました。ストーリーにも多少影響があります。

 それぞれの前書きに『改変済み』と書かれていないもの読んだ方は、お手数おかけしますが、この第八話を読む前に、読み直していただけると幸いです。


 『改変済み』と書かれたものを読んだ方は問題ありませんので、気にせずこのまま第八話をお楽しみください。


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 ――新しい高校へ転入し、数週間が経った。


 私はすっかりクラスにも馴染み、どの学校でもやってきた仮面を被った学校生活を送っていた。


 しかし、今までと異なることが一つある。白髪の少年のことが頭から離れないことだ。


 窮地に陥った私を颯爽と助ける王子様。子供じみた願望で終わるはずだったその夢は、現実となった。私にとっては奇跡も同然のことを、簡単に忘れられるはずがない。

 そして、私はこの経験を経て、さらなる希望を抱いていた。


 ――きっと、いや必ず、王子様は再び現れてくれる。


 それは白髪の少年かもしれないし、はたまた別の人物かもしれない。ただ、一度現れたのだ、きっと再び現れる。

 けれども、いつまでも受身の姿勢では、取れたはずのものも取り逃がすかもしれない。だから私は心に決めた。



 ――王子様を、私の方から探しに行こう。



 そう決めた折、クラスメイトのとある男子生徒からデートの誘いを受けた。


 既に幾度か、他の男子生徒から遊びに誘われたり、告白されたりしたが、それらは全て断ってきた。純粋に彼らに興味がないのもあるが、理由として一番大きいのは、異性問題が最も人間関係のトラブルを引き起こす原因となりうるからだ。


 そうやって、保身のため、男子からの誘いは否応なしに切り捨てる私だが、今回の相手ばかりは些か気になった。


 彼の名前はヤマト。あの日の王子様と同じ名前であったため、初めて自己紹介されたときは思わず反応してしまったが、別人だ。王子様は白髪だったのに対し、彼は黒髪だからだ。


 ヤマトは正直、これといった特徴のない男だ。学校での様子を見る限り、彼はあまり目立つ生徒ではない。発言は少なく態度も小さい。

 いつも教室の端で過ごし、仲の良い友達数人とのみ会話をする。彼が特定の相手以外と積極的に関わる姿は一度たりとも見たことがないほどだ。


 常にその場にいながら、不思議といることを忘れてしまう。いうなれば、空気のような人だ。



 パッとしない人であるにも関わらず、ヤマトのことが気になった理由は2つある。


 1つ目は、彼についての噂だ。転校してすぐの頃、クラスメイトからこんな話を聞いたことがある。


 曰く、ヤマトは、学校外では日々喧嘩に明け暮れているらしい。

 曰く、ヤマトは喧嘩の達人で、この一帯で彼の名を知らぬ不良はいないらしい。


 もちろん、単なる噂にすぎない。真偽は不明であり、出鱈目である可能性も否めない。その上、学校での彼の様子から、喧嘩が強いと言われても説得力は皆無だ。


 しかし、噂が真実であるなら、彼は私を助けてくれる王子様になりうるかもしれない。



 2つ目は、ある日の昼食時の出来事だ。


 私は自分の席に戻ろうと教室を歩いていると、ちょうどヤマトの席の近くを通った。見ると、彼はいつも近くにいる友達と3人で、机を寄せて昼食を取っている。


 特に用事もなかった私はそのまま通り過ぎようとしたその時。


 ――ヤマトが、箸で飛び回る蚊を摘んだ。


『ええ!? 今飛んでる蚊を箸で挟みましたか!?』


 私は驚きのあまり、図らずもツッコミを入れてしまった。ところが、ヤマトは何気ない様子だ。むしろ、私が驚いていることに驚いているように見える。


『えっ、はい。そうですけど……』


『ほえぇ~』


 私は感嘆の声が漏れてしまった。


 彼が蚊を挟んだ一連の動作。全てが迷いのない流麗な動きだった。飛び回る羽虫の不規則な軌道を緻密に読んでいたのだろうか。だとすると、彼は並の人間には真似できない技術の持ち主だ。

 ところが、彼の友達2人にも、驚いた様子はない。ヤマトは常日頃から、この程度の芸当ならやってのけてしまうのだろう。彼らの表情がそのことを物語っていた。



 2つ目の理由は、この人間離れした絶技だ。素人目の私から見ても、あれは凄いことだと分かった。これを目の当たりにしては、喧嘩の噂も信じざるを得ないだろう。



 学校外の噂と、一度きりの絶技。当然、どちらの理由にも、信憑性に欠ける部分があり、明確な証拠とは言えない。それでも、私は噂と自分の目を信じ、彼が強いことに賭けることにした。


 なので、私はヤマトからのデートの誘いを受け入れた。


 そうして数日が経過し、遂にその日がやってくる――。



---



 ――デート当日。その日は陽光が爛々と照りつける眩い日だった。


 車行き交う大通りの歩道を進みながら、待ち合わせ場所である駅前の大時計に向かう私は、身震いするほど緊張していた。


 なぜなら、私は今まで異性と2人でデートなどしたことないからだ。男子の誘いを断ることは手慣れているが、男子の誘いを受けるのは初めてだった。そのため今日が、所謂初デートということになる。

 必然、初の出来事を恐怖する私は、不安に肩を震わせていた。


 私は、デートを知識としてしか知らない。知っている内で、ちゃんと準備したつもりではいるが、それでもあれこれと心配なことだらけだ。


 服はオシャレなものを選んだつもりだが、大丈夫だろうか。会話のテンプレートはそれなりに用意してきたが、足りるだろうか。特別な何か、例えばサプライズなどをすべきだろうか。


 不安は尽きない。

 以前の私ならば、この不安に押しやられて怖気づいていただろう。


 だが、今の私は一味違う。いかに恐ろしいと感じていたことでも、一歩踏み出してみれば、案外怖くないこともあることをこの身で体感した。


 もっとも、これは私が仮面を外して生活する勇気が出たという意味ではない。周りの人全員に弱さを知られることは、流石に未だに恐ろしい。

 けれども、一人なら。私の弱さを受け入れ、補ってくれる誰か一人にならば、仮面の下を曝け出せるかもしれない。そう思えたということだ。


 ヤマトは、その一人の候補なのだから、この程度の不安で足が縺れる訳にはいかない。


 そうやって心の中で自分を鼓舞していると、いつの間にか駅前に到着していた。


 この駅の付近には繁華街がある上、土曜日の昼前ということもあり、駅前は老若男女で賑わっている。詰まった人達の間を縫って大時計に向かうと、すぐに彼を発見した。


 この街の人が『大時計』と呼ぶ、巨大な黒い石を正方形に削り出した台座の上に、四方を向く金色の時計が乗ったオブジェクト。その台座に背を預け、スマホを片手に立っている男がいる。


 そう、ヤマトだ。

 彼は心配そうにキョロキョロと辺りを見回すと、不安そうな顔のままスマホを弄り始めた。だが、やはり落ち着かないのか、すぐにスマホから顔を上げて周りを見渡す。

 この一連の動作を繰り返していた。


 いかにも緊張している様子のヤマトを見て、緊張しているのは私だけではないのだなと、なんだかホッとした。むしろ、彼のほうが緊張しているようにも見えて、少し可笑しいほどだった。


 僅かだが心にゆとりが出来た私は、人の波から自然な感じで出ると、ヤマトの横まで歩き、


「お待たせしました!」


 そう声を掛けて、私の初デートが始まった。


---


 ――デートは順調に進んでいった。


 私の中にあったデートのイメージとは些か異なったが、それでもそれなりに楽しいデートだ。ヤマトが話を盛り上げようとしているのも伝わったし、映画や飲食店のチョイスも悪くなかった。

 ヤマトが私を何処か神格化してるような発言が目立ったことはむず痒かったが、それを差し引いても悪くはないデートだったと思う。


 しかしだ、しかし。


 如何せん、彼が強そうだという印象は受けない。強さの片鱗のようなものすら顔を出さないのだ。

 彼の発言も態度も弱々しくはない。だが、強者の風格があるかと聞かれれば、私は無いと答えるだろう。

 私をヨイショするような発言も多く、その辺りはやはり普通の男と変わらなかった。


 ただ、デート終盤。カフェで注文した品が到着するのを待っていると、ヤマトがおかしな発言を繰り返した。


 何故、私がしっかりしているのか。

 転校直後、私が迅速にクラスに馴染んだこと。

 如何にすれば、初対面の人と仲良くなれるか。

 何故、常に笑顔なのか。


 どれも共通して、私の仮面に関することだ。どれも、見事なほどに、私が隠している弱さを的確に指摘している。まるで、私の仮面の下に何があるかを見抜いているかのような口振りの数々だ。

 

 この会話の四六時中、ヤマトは私の顔をジッと観察するように見ていた。

 それも相まって、会話中の私は彼に何かを試されている気分だった。どんなことを言われても、私の化けの皮が剥がれないかを試されているような。


 ヤマトは、私が仮面を被って生活していることは知らないはずだ。仮に勘付いていたとしても、仮面で何を隠しているかまでは分かるはずあるまい。

 だから、この質問の連続は、偶然に偶然が重なった産物に違いないのだろう。いや、きっとそうに違いない。私はそう信じたい。

 

 だが、もし、これが偶然ではなかったとしたらば。もし、私の内心を知った上でこの質問をしてきたならば。


 彼はなんと性格のひん曲がった、性質の悪い男だろう。


 

 さて、この話を投げ掛けられた私はというと、初めのうちは普段どおりの回答が出来ていたはずだ。投げたボールが、偶然急所に当たることはいくらでもある。その対応には慣れていた。

 しかし、話は逸れるどころか、更に核心に迫っていく。私は表面上では平静を装いつつも、内心ではかなり動揺していた。


 そして遂に、その動揺が隠しきれなかった。


「どうすれば、初対面の人とうまく喋れるようになるんですか?」


「それは……、私は昔から親の仕事の都合で転校を繰り返してるので、自然と……」


 私は回答に迷いが生じてしまい、テンプレートにはない真実の話をしてしまった。口走りながら自分の過ちに気付き、咄嗟に話を中断したが、既に手遅れだ。


 途端に、私の背筋が凍てついた。

 仮面の下にある、本当の自分の話をしてしまった。その事実はそれだけで、私を恐怖させ、戦慄させるのに十分な出来事だった。


 その私を知ってか知らずか、ヤマトは質問を続ける。


「アカリさんって……、何でいつも笑顔なんですか?」


「――――」


 私は答えられない。筋の通った返答を考えられるほどの思考力は、恐怖の来訪とともに失われた。だが、彼の言葉の意味を理解出来るほどは残っていた。


 ――笑顔……、笑顔だ!


 私の仮面は既に取れかけている。内心は動揺を極め、口は真実を暴露した。一時は、もう手遅れだと思ったとも。


 しかし、彼の言葉で思い出した。まだ残っているではないか。


 ――笑顔が。私を象徴するといっても差し支えない、仮面の『微笑』が。


 今の今まで、私の笑顔がどうなっていたかは分からない。そこにまで意識を回すことが出来るほどの余裕も、柔軟な精神も持ち合わせてはいない。


 ただ、今だけは。

 今だけは、笑顔を作ることのみを考えた。いつもの笑顔をイメージし、自分の表情を限りなくそれに近づける。


 言ってしまえば、なけなしの手だ。

 言ってしまえば、その場凌ぎでしかない手だ。

 それでも、私にはこの手しか残されていない。


 私は今までにないほど完璧な『微笑』を顔に貼り付け、ヤマトと正面から対峙した。


 ヤマトは私の笑顔を見ると、残念そうな表情を浮かべた。ただ、それは一瞬のこと。直後には、呆気なくも、申し訳無さそうに謝罪した。


「ごめんなさい、変な質問しました。忘れてください」


「……いえいえ、気にせず」


 私は全身から力が抜けた。言葉に詰まりそうになったが、なんとか普段の声色で返答することも出来た。


 遂に、地獄さながらの尋問から開放された。その実感に安堵するとともに、私はこう思った。


 もし、私の内心を知った上でこの質問をしてきたならば、ヤマトはなんと性格のひん曲がった、性質の悪い男だろう。


 ただ、それだけではなかった。


 同時にこうも思った。



 ――彼は、人の本性を見抜くことが出来る。なんて慧眼の持ち主なのだろう。



---



 ――夕方。


 私は一人、家への帰路を歩いていた。周囲に立ち並ぶ家々は西側が黄色く照らされている。


 私はヤマトと別れてからずっと、いやその前からか。あることが脳裏に浮かんで離れない。そればかりに気を取られていた所為だろう、私は周りに一切意識が向いていない。普段なら目が留まるような美しい夕日にも、今日は全く気が付かなかった。


 脳裏に浮かぶこととは、もちろん、カフェでのヤマトの発言だ。


 私の弱さを見透かしたようなあの物言い。私の仮面を見通すなど、並外れた洞察力がなければ為せないことだ。


 あれは、彼の強さに違いあるまい。それまで姿を隠してきた強さの片鱗が、遂に姿を表したのだ。私の想定していた『強さ』とは大きく異なっていたが。


 口を酸っぱくして言おう。私の想定していた『強さ』とは、全然違っていたが。


 彼の強みは、きっと目だ。学校で蚊を挟んだことも、私の仮面を見破ったことも、共通する事柄は、目だ。

 高速で飛ぶ蚊を追う動体視力と、人の裏側を覗き見る洞察力。これら2つから、彼が相当に卓越した観察眼を持っていることが分かる。


 改めて考えると、彼の強さとはやはり目なのだ。


「なるほど、目か……」


 私は自分の呟きで我に返り、初めて深い思案に耽けていた事に気付いた。そして自分の『目』で、傾いた太陽に横から照らされる住宅街を見回した。


 いつの間にか、映画館は通り越していたようだ。現在は、立ち並ぶ家の合間を縫うように造設された、蛇行する細道を進んでいる。


「ここ、どこだっけ?」


 片手で数えられるほどしか通ったことのない道に、私は現在位置があやふやになってしまった。そのため、目印となるものがないか、注意して周囲を見渡した。

 その時、


 ――視界の端に、見覚えのある人影が映った。

 

 その人影――その男は、脇道から顔を覗かせていた。


 180cmを優に超える身長に、脂肪は厚いもののガッチリとした体型。オークを思わせるような巨躯の男はメガネを掛けている。

 そして、忘れもしない。その眼鏡の下には、豚のように醜い顔面が付いている。


 私が今、最も会いたくない男だ。


 実は、彼と邂逅するのは今回で三度目。

 一度目は訳が分からず、二度目で怪しいと疑った。


 そして三度目の今回。疑惑は確信へと変わった。



 ――男は、私のストーカーだ。


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