第4話「妹と兄」

 壁を背に、座り込む少女。

 まず目に留まったのは、大人と子どものちょうど中間に位置する、成長期特有の顔立ちだ。どちらの魅力も兼ね備えていて、かつ、どちらにも染まっていない。可愛らしさの中に妖艶さが顔を出し始めたような、相対する2つが同居する雰囲気。ロリコンなら『食べ頃』だと形容しそうな顔付きだ。

 ――などと呑気な述懐をしている場合ではない。現在、彼女の心は荒れているのだ。それは彼女の外見の荒れように如実に現れている。


 ポニーテールの黒髪は無造作に乱れていて、眦に涙が溜まるつぶらな双眸の周りは、見ているこっちまで痛々しいほど赤く腫れている。きっと何度も目を擦ったのだろう。

 頬はりんごのように紅潮していて、乾いた涙の上からさらに涙で濡れている。

 発達途上の華奢な体を包む衣はセーラー服だ。制服と顔立ちから推測するに、この子は中学生くらいだろうか。


 少女は顔を上げてショウゴとマコトを視認すると、途端に目を輝かせた。涙に濡れた頬を、服の袖で力強く拭うと、


「お兄ちゃん!」


 と言い、うさぎのようにぴょんとショウゴの胸に跳び込んだ。

 

「ショウゴの妹か!」


「やっぱり? この子ショウちゃんの妹ちゃんかなって思ってたぁ」


 俺とマコトはそう言い、納得したように頷く。

 泣いていた少女は、ショウゴの妹のようだ。言われてみれば、黒髪も細身の体も顔立ちも、ショウゴの面影がある。ショウゴから妹がいるという話は聞いていたが、具体的なことは知らなかったため、すぐには彼女だとは気づかなかった。

 

 一方のお兄ちゃんの方はと言うと、相変わらず驚いたように瞠目し、胸に顔を擦り付ける妹を抱擁している。

 つい先程の誰かと誰かみたいだななんて考えていると、妹が落ち着いたことを感じたのか、お兄ちゃんは平静を取り繕った優しげな声をかける。


「カノン、何があったの?」


 妹は顔を上げて、一心に自分を見つめるお兄ちゃんの顔を見ると、尻込みするように目線を落とした。そして、言いにくそうに口を開く。


「――いじめられたの」



---



 ショウゴの妹――カノンの話を聞くために、駅内にある珈琲店の席を借りることにした。

 学校の最寄り駅はそこそこ大きく、コンビニや牛丼チェーンなどの軽食屋がいくつか存在する。その内の一つがこの珈琲店だ。駅の奥の方に位置するここは比較的人の喧騒が届きにくく、店自体も落ち着いた雰囲気であるため、話し合いには相応しい。


 焦げ茶色の木材を基調とした店内に客は少なく、しんと静まり返っている。寂しい印象を受けるが、それも不思議と心地よい。きっと、ここの静けさは静寂ではなく静謐だ。

 窓際の丸机を囲んで座る俺達四人は、それぞれ異なる表情を浮かべている。ただ、漂う雰囲気は、お世辞にもいいものとは言えない。四人の周囲だけ、シックな店の空気を上書きするほどの淀んだ雰囲気を纏っている。


「まず、カノン。ゆっくりでいいから、何があったか話してくれ」


 ピリピリした口調でそう言ったのはショウゴだ。今でこそ真剣な表情で問い詰めている彼だが、カノンからいじめの告白をされた直後は、信じられないと言った風に酷く狼狽えていた。移動中も絶えず苛立ったような仕草や態度を見せていて、普段は冷徹で沈着な彼がここまで取り乱すのは初めてだったため、俺とマコトはかなり心配していた。

 しかし、案外杞憂だったのかも知れない。彼は席について一呼吸整えると、普段の落ち着きを取り戻したように見えた。ただ、口振りには咎めているような棘が残っているため、


「ピリピリしてるのはわかるけど、カノンちゃんに圧力をかけるような言い方は駄目だよぉ?」


 ショウゴの正面に座るマコトにそう諌められた。いじめの話が出た際、真っ先に相談に乗ることを決断したのはマコトだ。彼は恋愛相談が大の得意であることは知っているが、お悩み相談についてどうかは知らない。だが、終始自信に溢れた態度でいたため、きっと任せて大丈夫なのだろう。そう思って、すべて彼に委託することにした。しかし――、


「――――」


 マコトの指摘にショウゴは答えない。ただ真剣な眼差しでカノンを射抜き続けるだけだ。対するカノンは、話すことを躊躇っているような、何から話すか迷っているような、複雑な表情を浮かべて俯いている。ちなみに、移動中から終始この表情だった。


「ショウちゃん、聞いてるー?」


「――――」


 マコトが再び話しかけるが、ショウゴは銅像のように固まって動かない。無視されたと確信を得たのか、マコトは声を張って言葉を続ける。


「ショウちゃん、そんな威圧するような態度じゃあ、カノンちゃんも話しにくいよぉ? もっとリラックスして――」


「――分かったから黙れ」


 心が芯から凍てつくほど冷えた声だった。あまりの冷たさに思考が固まって、一瞬誰の声なのか理解できなかったほどだ。同時に、空気が張り詰めた。一触即発、この言葉が適切なほど、ピリピリした緊張感が場を支配した。


 しかし、ショウゴの凍った声に宿るのは冷たさだけではない。その奥底には、湧き上がる熱い激情が眠っている。確証はないが、俺の五感はそう感じた。


 緊張感にギクッと肩に力が入ったマコトは、瞬時にショウゴからカノンへと目線を移した。しかし、芳しい結果は得られない。カノンも緊張感に屈したようだ。顔を両手で覆って硬直している。


 険悪。この場の誰もがそう感じた、詰まった空気。

 それを明るい方向に変えるつもりだったのだろう、マコトは強張った表情を崩し、精一杯の笑顔を作った。だが、タイミングが最悪だった。その笑顔でカノンに話しかける直前。


 ――ショウゴがマコトに目を向けた。


 そのことに気がついたのは俺だけだ。剣呑な雰囲気を感じた俺は咄嗟に口を開こうとするが、間に合わない。


「おい、マコト」


 再び、ショウゴの声が世界を凍らせた。全身が凍て付いたマコトは、壊れた人形を思わせるカクついた動きで首を回し、ショウゴの鋭い眼光を正面から受け止める。


「てめえ、カノンが傷ついているってのに……、自分から相談に乗るって言ったくせに――」


 マコトは呼吸をすることすら忘れて、作り笑顔を更に引き攣らせる。



「――どうして、ヘラヘラ笑ってられるんだ?」



 マコトは唖然とした。言葉を紡ごうと口をパクパクさせているが、言葉は出て来ない。その状態のマコトが相手でも、今のショウゴに容赦という言葉は存在しない。


「それに、俺がカノンを威圧してるって? てめえの耳にはそう聞こえたんか!? ふざけるなよ!」


「……いや、ボクはそんなつもりじゃなくて……」


 表面上隠していただけで、ショウゴの心底には今なお激しい憤怒が滾っていたようだ。限界まで張り詰めた空間に音を立てて亀裂が入り、隙間から不穏な空気が流れる。否、不穏なんて生温いものではない。目の前の男は危険だと、心が警鐘を鳴らす緊張感に満たされた風が、俺達四人に、いや、店全体に吹き付けた気がする。


「俺はカノンを責めてるんじゃねえ。いじめたやつを責めてるんだ。カノンに悲しい顔させるやつを許せるかよ!」


「確かにそうだけど……、ここで怒っても……」


 誰かがゴクリと固唾を呑んだ。


「ここで怒っても何だ? 言う事ないんだったら黙ってカノンの話を聞けよ!」


「……。うん……」


 ショウゴの怒鳴るような言い方には人を萎縮させる威圧感が多分に含まれている。それを正面から浴びたマコトは辟易したのか、視線を下げて目に悲しげな色を宿す。途端に、四人を囲む空気が重苦しくなり、重力が強くなったと錯覚した。同時に訪れるのは沈黙だ。睨み合うような沈黙は神経を激しく摩耗する。時間とともに空気が、気持ちが、心が、深く深くへ沈み込んでいく――。


「ごめんなさい……、全部、私のせいです。……とにかく、帰ります」


 伸し掛かる空気の重みに耐えかねたのか、場の雰囲気に追い討ちをかけるように、カノンが震える声でそう告げる。俺はカノンの向かいの席なので、彼女の顔がよく見えた。ここに到着した当初からずっと、恐怖や緊張が表情の大部分を構成していた。今までの表情の原因は様々だっただろう。しかし、今、彼女の顔に浮かぶのは居づらさだ。顔が、今すぐこの場から離れたいと懇願している。この原因は誰から見ても明らかだ。きっと、場の空気の変化に敏感な人なのだろうと、人間観察の結論を出す。


 ともあれ、カノンは席を立って踵を返す。ショウゴが引き留めようと手を伸ばしたが、パッと払われてしまった。そのままこの場を後にしようとするカノン。この場の雰囲気を断ち切り、彼女を振り向かせることが出来る人はいない――。


 ――俺以外には。



「ショウゴがシスコンなのは分かったからさ――」


「――はぁ? 俺がシスコン!?」


 俺とショウゴのやり取りに、マコトがハッと顔を上げ、カノンが足を止めて振り向いた。

 本当は首を突っ込むつもりは無かったのだ。俺は人の相談に乗ったこともなければ、心が傷ついた人との向き合い方も知らない。そんな俺が悩み相談に口を出して、いい方向に転ぶことはない。そう思っていた俺は、傍観者に徹することに決めていた。

 しかし、ショウゴの変貌具合とマコトの辛そうな表情に負けた。『大切な』二人が窮地に陥っているのに、それを看過することは、二度としないと心に誓っていた。

 だから俺は、自分に可能な範囲で、もっとも、それはとても狭いが、全力を尽くすことにしたのだ。


「そう。でも怒らないで! 悪い意味じゃないから。ショウゴが妹想いだって意味だ」


「あぁ? 確かにカノンのことは大切だけど……。だけど、何が言いたい?」


「ショウゴは妹さんが心から大切だから、妹さんに悲しい顔させたやつが許せないんだろ? 彼女には笑っていて欲しいんだろ?」


「ああ、そうだ」


「その気持はよく分かる。俺も、俺の大切な人を傷つけるやつは絶対に許さないし、大切な人には笑顔でいてほしいから――」

 

 そう言って、俺は一呼吸置いてからカノンへと視線を向けると、彼女は呆けた表情を見せていた。俺の視線に気づくと、その顔を見られたのが恥ずかしかったのか、誤魔化すように背筋を伸ばした。俺は再びショウゴと目を合わせると、


「――でも、笑顔になってもらうためにここにいるのに、ショウゴが原因で妹さんに悲しい顔をさせたら、意味ないだろ?」


「――ッ!」


「ショウゴが怒りの感情を抱くことは当然だ。大切な人を傷つけられて平気でいられるほうがおかしい。でも、それを表に出す場所はここではないと思う。ここで怒りに飲まれて言葉を発しても、それは鋭い棘の付いたものにしかならない。それが妹さんに刺さって怪我しては元も子もないだろ? だから、つまり何というか……今怒ったって意味はない! そんな感じだ!」

 

 ショウゴは驚いたように瞠目した。しかし、それは一瞬のことで、すぐに真剣な表情で腕を組み、うーんと考えるように俯いた。そして、大きく頷いて顔を上げると、


「そうだな。ヤマトの言う通りだ。俺が悪かった、ごめん」


「俺はいいんだ、それより落ち着いてから妹さんの話、ちゃんと聞こうぜ。俺たちはまだ、彼女が何をされたかすら聞いてないんだから」


「ああ、当然だ」


 ショウゴが落ち着いたことに、俺は本人に悟られないくらい小さく安堵の吐息を付いた。慣れないことをしたせいか、気が付かない間に緊張してしまったようだ。今も体のあちこちで元気溌剌な脈動を感じる。

 

 話す内容は決まっていたが、話の脈絡は咄嗟に浮かんだ言葉をその場で並べていただけだったため、言いたいことが正確に伝わったかは分からない。でも、ショウゴが納得してくれたようで一安心した。


 俺は続いてカノンに目を向ける。彼女は相変わらず立ち尽くしているが、その表情を蝕んでいた暗い色は少し薄れたように見える。きっと、重圧的だった空気が、換気したように軽くなったことを感知し、それが多少は安心材料となったのだろう。


「お兄さんはこう言ってるけど、カノンちゃんはどう? 俺たちに、何があったか話してくれる?」


「……はい、聞いてください」


 俺が聞くと、カノンは少し迷う素振りを見せたが、相談会の続行、もとい開始を承諾してくれた。


 ――紆余曲折ありながらも、遂に、ここに来た本来の目的を果たす準備が整った。



---



 カノンが席に戻ると、ショウゴは改めて一人ずつに謝罪した。皆、怒り心頭に発したショウゴに驚きはしたが、妹を想ってのことだと知ったためか、謝罪はすんなりと受け入れられた。それから程なくして、本題が切り出された。


「じゃあ改めて、何があったのー?」


 聞いたのはマコトだ。彼はすっかりいつもの天真爛漫な態度に戻っている。聞かれたカノンは、暫く机上に置いた自分の手を眺めていたが、覚悟を決めたように力強く顔を上げた。そして、神妙な表情で、


「私、最近仲いい男の子が出来たの。クラスで人気な子なんだけど私は別に好きじゃなくて、でも多分彼は私のことが好きなの。前からちょくちょく話しかけられるようになったし、何度か二人きりで遊びに誘われたから。学校で話しかけられたら普通に対応はするけど、でも、私にその気はないし、変に期待もさせたくないし、遊びは全部断ったの」


「なるほどねぇ」


 言いながら、マコトはうんうんと頷く。


「そのすぐ後くらいだったと思う、クラスの女子の仲良しグループから追い出されたの。それからグループの子に話しかけても無視されるようになった。それだけなら我慢は出来たんだけど、今日学校に行ったら机いっぱいに悪口が書かれてて……、それ見て泣いちゃって……」


 そこまで言って、カノンの声が詰まってしまった。目には涙が溜まり始めている。聞いているこっちまで胸が痛くなるような話に、ショウゴが悔しそうに拳を握ったが、俺は彼の胸の前に手をかざして宥めた。彼は一度大きく深呼吸して、力を抜いてくれた。それから、マコトに優しく背中をさすられたカノンの一度深呼吸をし、話を再開する。


「学校にいるのが怖くなって飛び出してきちゃったの。でも家には帰れないし、行くあてもないから、お兄ちゃんの学校の駅に行くことにしたの。財布はあったから電車は乗れた。適当にご飯食べて、駅の中で休憩して、泣きそうになるたびに外に出てを繰り返してたらお兄ちゃんたちが来たの……」


 言い終わったカノンは涙を袖で拭うと、深刻な表情で俯いてしまった。それを見取ったマコトは彼女にそっと席を寄せ、頭に手を伸ばした。そして我が子を愛でるように撫でながら、


「なるほどぉ。そっか、怖かったんだねぇ」


「うんん……」


「でも、もう大丈夫。カノンちゃんは一人じゃない。ボクがいる。だから、ボクと一緒にゆっくり考えよー?」


「わかった……」


 まだ完全にカノンの信用を得たわけではないようだ。それでもマコトは嬉しそうに胸を張り、二人は女子トークの空間に没入してしまった。時折、女子は嫉妬するとどうなるとか、自分をいじめた子たちとの今後の関係をどうするなど、理解可能な話もあったが、殆どは男の理解の範疇を逸脱した女心の話だった。そのため、何の話をしていたかは分からない。

 マコトは男だろ、というツッコミが聞こえた気がするが、あいつは乙女心がわかるため、実質女みたいなものだ。



 一方、ややあって、現実に取り残された俺とショウゴに、注文していた飲み物が届いた。


「大変お待たせ致しました。こちらMサイズのカフェモカとMサイズのアイスコーヒー2つです」


 アイスコーヒーはショウゴとマコトのもので、カフェモカは俺のものだ。俺がブラックを頼まなかったのは決して苦くて飲めないからではない。断じて違う。断じてな!


 冗談はさておき、俺はカフェモカに一口つけて、


「うん、この味だ」


「うんこの味だぁ?」


「そうそう、うんこ……って違うわ!」


「「……」」


 睨めっこのように見合うと、なんだか可笑しくなって、二人でガハハと笑いあった。俺はもしかしたら空耳ネタを披露してくれないのではないかと懸念していたが、杞憂だった。むしろ、普段のショウゴに戻ったことが実感できて、嬉しかった。


「そういや、ヤマトがあんなこと言ったの、正直意外で驚いたよ」


「あんなことって?」


「ほら、あの『笑顔にするためにここにいるのに、お前が原因で悲しい顔させたら駄目だろ』みたいなやつのことだよ」


「あー、あれね。あれは俺とショウゴが偶然ダブったっていうか……。実は、あの言葉は自分への戒めなんだ」


「自分への戒め?」


「そう、俺もこの間、不良に絡まれてた人を助けようとしたんだ。だけど結局、助けた人に怖がられちゃってね。その時に思ったことをショウゴに言っただけだ」


「そう、なのか。なんか悪いこと聞いちゃったな」


「いやいや、全然いいよ」


 ショウゴが俺から目を逸らし、少し空気が気まずくなってしまった。俺はカフェモカを一口飲み、ちょっと話題を明るい方向に広げようと思って口を開く。


「そういえば、俺にも意外な発見があったよ」


「ん? なんだよ、そんなニヤニヤして」


 しまった。我慢できずに顔に出ていたようだ。ともかく、


「ショウゴがシスコンだったってことだよ」


「おい! シスコンって! ……まあ妹が大切なのは否定しないけど」


「いーや、単純な『妹が大切』の域を超えてるね。これは正真正銘のシスコンだ!」


「いや、シスコンは言いすぎだ!」


「シスコン!」


「違う!」


「シスコン!」

「違う!」

「シスコン!」

「違う!」


「――うるさい!」


「「はい、ごめんなさい……」」


 マコトお母さんに叱られてしまった。俺たちは揃ってしょんぼりと謝ると、吹き出すようなカノンの笑い声が聞こえた。まさかと思いそちらに目をやると、


「よかったぁ」


 カノンはすっきりと晴れた顔で笑っていた。笑顔はまるで晴天のように朗らかで、ショウゴが彼女には笑っていてほしいと思う理由がよくわかった。カノンは笑顔がよく似合う。


 そして、カノンのこの顔を引き出したマコト。彼の悩み相談の手腕には、素直に脱帽だ。ショウゴが怒りに毒されたときに、少しでも疑った自分を殴りたい。


 そうしてわだかまりは溶け、心が軽くなった俺たちは暫く四人で雑談をし、この日は解散となった。




 ――その帰り。俺たちは四人で駅の構内を歩いている。


 解散とは言ったが、全員同じ電車の同じ方面に乗るため、帰宅の道程は途中まで四人揃ったままなのだ。

 ホームへ向かう白い通路を、前列にはショウゴとカノン、後列には俺とマコトが横に並んで進んでいる。


 改札をくぐり、より一層細くなった通路を進む途中、ショウゴが身を翻して足を止めた。俺とマコトは会話を中断し、ショウゴと向き合う形で立ち止まった。すると、ショウゴは改まった顔をし、申し訳無さそうな声色で言う。


「改めてだけど、マコト、今日は酷いこと言ってごめん。冷静に考えれば、俺が作った最悪な空気を良くしようとしてくれてのことだったのは分かるのに、あの時の俺はどうかしてた。これからは頭ごなしに怒りをぶつけるようなことはしないから……」


「そんな辛気臭い顔しなくていいよいいよぉ、そんなこと気にしてないからさぁ。そんなことより――」


 マコトはニヤリと悪巧みを企ててそうな笑みを浮かべると、


「おいおい、まさか……」


「――これからはショウちゃんのこと……、シスコンって呼んでいい?」


「やっぱりそう来たかよおぉぉ!!」


 悲劇の叫びと悪辣な笑い声が、トンネルの中でエコーするように、駅中に木霊した。

 

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