新たなる船出
「トウコ!!!?なんだ今の!!?なにが起きた!!!??」
今までとは明らかに規格外の衝撃、後ろを見ると俺は絶句した。港町が半壊している。
「ま、ままま魔王様!、、!?わ、わわたしたわわたくしは!!」
トレソンの声がする。だが明らかに様子がおかしい。何か異変が起きた。俺は急ぎ登る。
港町を半壊させた正体、それは巨大なエネルギー光線。トウコに発射され、その衝撃波で街を吹き飛ばした。しかし追撃は来ない。テイタンと呼ばれた古代兵器は暴れまわっている。暴走状態になったのだ。
「っ……つぅ……!」
トウコは痛む身体を引きずりながら、メイ達と合流する。あれはもう引き付けるのは不可能だ。何も見えていない。そして自分は満身創痍。
「大丈夫ですかトウコ様!?今、治療を致します!!あぁ……まずいことになりました。あの兵器……動きこそは荒くなったものの出力が桁違いに上昇しています!ど、どうすれば……このままでは救世主様も死んでしまいます!!」
メイは珍しく錯乱していた。このような事態は想定の範囲外。あまりにも強大すぎる兵器の暴走に為す術がない。街では大砲やボウガンを発射して応戦するがメイの想像どおり、まったく傷つく様子がない。
「……せて……。」
トウコは痛む身体を顧みず呟く。だが聞き取れない。どこか痛くてつらいのか、もう一度言うようにメイは促す。
「やめさせて……!砲撃を……!まだ戦ってる!ユシャは……!!」
メイの制止を無視してトウコは大砲の弾を運ぶ衛兵に詰め寄る。
「ユシャってあの張り付いている詐欺師のことか……?ふ、ふざけるな!あいつに何ができる!どいてくれ!!」
「こいつ……!」
トウコの目に殺意が灯る。まずい、とメイは思った。だが間に合わない。
「トウコさんやめっ……!」
「まぁ落ち着けよ、そんで衛兵?この女の言うとおりだぜ、か弱い英雄様が頑張ってるのに邪魔しちゃいけねぇ。」
「誰だあん………え、え、ええええエルドラ様!!?す、すびばせん!!すぐにやめさせます!!!」
衛兵はすぐに伝令兵を通じて砲撃をやめさせる。エルドラの命令であるならば従わざるをえない。下手に機嫌を損ねれば、巨大兵器の前に、この街を壊滅させられるのが分かりきっているからだ。
「エルドラ様、助けてくださり感謝します。しかしそれでしたらあの兵器を……。」
「なぁ女?あいつを悪く言うつもりはないが、ユシャは確かに一般人だ。あの兵器と渡り合う術なんてない。お前には何が見えている?俺たちに何を見せる気だ?お前の要望に応えてやったんだ。このくらいの質問には答えても良いんじゃねぇのか?」
メイの質問を無視しエルドラはトウコに問いかける。
「……決まってる。ユシャはね、私の救世主なの。いつだってユシャは私のために動いてくれた。私を助けてくれた。そんなユシャがなんとかするって約束したんだもん。絶対になんとかしてくれる。」
その目はまったく疑いもない澄んだ瞳だった。ヒーローを見る純粋な子供のような目。エルドラは笑う。なら見せてもらおうじゃないかと。お前の救世主様の活躍を一緒に。
巨大兵器の頭頂部に辿り着く。一際丈夫そうな部分があった。隙間は何一つなく入れそうにない。とりあえずガンガンッと叩くとかビクともしなかった。
「クソッ!どうすりゃ良いんだこれ!!」
「きさ、きおまお前はニセ救世主!こ、この崇高なるわたたたわたしくに触れるとは無礼せんばんんんなるぞ!!」
「うるせぇ!何言ってんのか分かんねぇよ!ちゃんと喋れ!!」
「ぬっ……むぅ……。」
ガンガンと叩く。駄目だ。トウコですら壊せなかったこの兵器の装甲をどうすれば破壊できるのか検討もつかない。
「無駄だ矮小なる人間よ、この身体は古代文明により作り出された魔術合金により構成されている。並大抵の攻撃は受け付けぬ。ふはははははは!!この身体!このボディ!この装甲!!傷つけたければ相応の武器を用意するべきだったな詐欺師よ!!」
そんなもの用意できたらしてたよ畜生!今の俺にあるのは……あるのは……!
「あ、これがあったか。」
腰に携えた魔剣。魔王が言っていた毒の呪いを侵食させる必滅の毒剣。それを突き刺した。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛!!!てめぇぇぇぇぇぇえ゛゛えぇ゛゛ぇ!!なにしてんだぁぁぁぁぁぁぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁ゛ぁ゛!!!!!」
トレソンは断末魔をあげる。毒は切り傷が侵食していき、古代兵器の装甲を破壊する。それだけではない、生体ユニットとなったトレソンさえも蝕んでいく。だがトレソンは逃げ出せない。既に一体化した肉体は巨大兵器とともにあり、その毒から逃れる術がなかった。
「このような!!このような卑劣な武器をををを゛!おのれおのれ人間ん゛ん!!我が娘の純潔を穢すだけでは飽き足らずッッ!我が肉体すら毒で穢すかッ!!親子揃って穢すのか!!!どこで、どこでこのようなものを手にした!!このような……!!」
「え、魔王(の幹部が落としてたのを)からもらった。」
「き、ききき貴様貴様!!魔王様から寵愛だけでなく下賜まで!!!おの、おのれおのれぇぇぇぇ゛ぇ゛ぇ゛゛えええ゛え゛゛!!!」
突然、巨大兵器が光り出す。凄く眩しい。その光は全身から発光していた。巨大なエネルギーの放出。莫大なエネルギーの濁流。
「魔王様!!ばんざぁぁぁぁぁぁい゛ぃぃ゛゛い゛!!!!」
巨大兵器は大爆発を引き起こす。俺は爆風に吹き飛ばされ遥か上空に打ち上げられていた。そして落下。重力に従い落下する。
「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉああぁぁぁぁ!!死ぬ!!死ぬ死ぬ死ぬってこれやべぇってぇ!!」
その先は確実なる死。地面に叩きつけられ、肉体はぐしゃぐしゃのミンチになるのが目に見える。
あぁ……まさかこんな早くに二度目の人生を終えることになるなんて……落下する感覚、内臓が逆回転するような気持ち悪さ。吐きそうになる、めまいがする。死ぬならせめて楽に死にたいというのに。地面が近づいてくるこの瞬間、死へのカウントダウンが、とてもとても長く感じる。
「死ぬ死ぬゴボォ!!」
突然横から衝撃。そのまま吹き飛ばされるように墜落する。久しぶりの地面。少しゆらゆらする。意識はある。死んでいない。何が起きたのか理解ができなかった。
ただ優しく、傷つけないように、大切に大切に繊細なものを運ぶかのように、まるで揺り籠のように、俺は抱かれている。誰に抱かれているのか、逆光で顔がよく見えない。
「大丈夫だよユシャ、あなたは絶対に私が護るから。ユシャが私を護るように、私もユシャを護るから。」
聞き覚えのある声だった。いつもの笑顔でトウコは俺に笑顔を向ける。心臓が高鳴る。時間が止まったかのように動けない。トウコから視線が外せない。この世界で俺たち二人きりのような、そんな錯覚さえ感じさせた。
「大丈夫ですか!?滅茶苦茶な爆発が起きましたけど!!?」
この街の衛兵だろうか、声がした。俺はハッと我に返り、降ろしてもらいトウコから距離をとろうとするが、膝がガクガクして上手く動かない。完全に腰が抜けているようだ。
「もう、無理しちゃ駄目だよユシャ。お姫様抱っこが恥ずかしいなら……ほら、肩を貸すから。」
そう言ってトウコは俺の片腕を持ち上げて肩を貸してくれた。上手く動けない俺は自然と寄り添う形になる。
「し、仕方ないな……!ぃ、いや……ちがっ……その……あ、ありがとう、助かったよトウコ……。」
「ふふ、どういたしまして。」
トウコはそんな俺の様子を見て微笑んだ。それ以上は何も言わなかった。俺たちはただ無言で、お互いの歩調を合わせながらゆっくりと、帰路に向かう。
高い高い建物。街を一望できる塔の頂上にエルドラはいた。ユシャとトウコ、二人が今、寄り添い帰路に向かう姿を見ていた。
「ククク……今度の救世主様はやっぱりおもしれぇ。魔王の奴が気に入るだけある。あぁ、奴ならやれるかもしれねぇな。この世界を変える、この世界を変革する救世主様に。だから、せいぜい死なないでくれよ?」
ただただ上機嫌に彼らを見ていた。いよいよ、この時が、待ちわびたこの時が来たのだなと、確信めいた笑みを浮かべる。
満月の夜、エルドラは飛び去る。新たな世界の始まりを期待して。このどん詰まりの世界を変えてくれる起爆剤が来たことに胸を高鳴らせ、夜の帳を駆けていった。
翌日、街では復興作業が行われていた。巨大兵器の暴走、そして爆発。壊滅状態になったものの、人々は生きている。犠牲者はいない。奇跡的だった。これも全ては救世主様のおかげだと、皆が感謝の声をあげていた。
魔王の前で無様な姿を晒した俺に対する目も明らかに変わり、嘲笑ったものは謝罪をし、信じていたものは改めて感謝をしていた。
だが俺は救世主ではない。それは明白なのだ。昨日の戦いを見ればそれは明白で、感謝すべきはトウコなのだ。
「まぁそれはそれとして、街を救った一因ではあるわけで……定住条件は余裕で満たしているでしょ。」
俺は一人上機嫌に案内所へとやってきた。実績報告ということだ。
「きゅ、救世主様一行の活躍を実績報告ですか!?だ、ダメですよ!そんな大層なこと、こんなところでできません!街の代表が感謝状を送ることになるでしょうし……!」
受付の人は慌てた様子だ。救世主とはこの世界で特別な存在。となればこの反応は当たり前かもしれない。
「分かった。それじゃあせめて一つ、これだけのことをしたんだ、この街の定住条件に俺は合致するだろ?」
「……!!何を言っているんですか!?救世主様が定住してくださるのでしたら大歓迎ですよ!!」
うーむ、トウコではなく俺が定住するのだが……。どうも要領を得ない受付に辟易としていたところに、皆がやってきた。
「救世主様、こちらにいらしたのですか。今日、船が到着するそうです。港で時間を潰しましょう。」
「いやだなぁ、俺は救世主じゃないよ。」
な?と周りを見ると皆が笑い出した。
「ははは!救世主様は冗談が好きなので!昨日の活躍見てましたよ!巨大な怪物に一人立ち向かう姿!英雄の姿そこにありでしょう。」
「魔王に拉致されたって聞いたときは心配したけど、一人で魔王城から帰ってきたのでしょう?凄すぎるわ……魔王城なんて人類未踏の地なのに。」
皆が目を輝かせて、俺のことを救世主呼ばわりする。
「ね?そうでしょう!ユシャは救世主なんだから!みんな、見る目がなさすぎるよ。私がたくさん説明してあげたからね?」
お前の仕業かトウコ。どうしてもお前は俺を救世主に仕立て上げたいのだな……。
「そんなわけですから救世主様、私たちは魔王討伐の使命があります。名残惜しいですがこの街ともお別れの時が来たのです。」
おれはがっくり肩を落とす。港町でのスローライフ……こんな空気ではもう無理だ。俺が何を言っても誰も信じてくれない。この間は運良く、魔王に拉致されても生還できたが、次も無事とは限らないのだ。
「あぁ分かったよ!!次は大海原の向こうだな!!待ってろ新大陸!!!!」
港には巨大な帆船が停泊していた。
波の音が、海鳥の鳴き声が新たな世界の訪れを予見させる。街の皆は総出で俺たちに手を振りながら別れの挨拶に来ていた。
「ありがとう、ありがとう。」と。
悪くない気持ちではある……あるが……。
(向こうの港町では絶対にスローライフを送ってやるからなぁぁぁ!!!)
誰にも聞こえないように、俺は俺の企みを、静かに心のなかで叫んだ。
メンヘラ転生~世界を救うはずの救世主は俺ではなく俺の幼なじみ兼ストーカーだった~ @WhiteMoca222
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