悠久の果てに交わし続けた約束


 ───。


 彼は一人、そこに立つ。最果ての地で。夢の果てで。


 「俺が犠牲になることで救われるなのなら、喜んで俺は犠牲になるよ。」


 そんなことは間違っていると叫ぶ。そんな自己犠牲はただの傲慢だ。


 「違うよトウコ、俺はお前がいたから、ここにいるんだ。お前を助けたいからこうしていられるんだ。」


 知っている。何度も何度も何度も聞いた話。聴きたくないのに身体が自由に動かない。


 「お前ならきっと大丈夫だよ。いつも要領よくしていたじゃないか。」


 大丈夫じゃない、全然大丈夫じゃない。あなたは知らないだけなんだ。あなたの存在が、どれだけ私の支えになっていたか。あなたのいない世界で、私がどれだけ悲しんでいたか。私がどれだけ弱い人間なのか。


 「そうだな、きっとこれから出会う俺はこれまでのお前とのことなんて覚えてないんだろうけど……。もし困ってたら助けてあげてくれないか。幼なじみだから分かるだろ?俺ってほら、素直になれないところがあるからさ。」


 何度も頷く。涙を流しながら。それは何度もした約束。そして果たせなかった約束。今度こそは必ず果たすと胸に誓う。また手遅れになってしまったと、何度も何度も謝りながら。


 遠い昔、誓った約束。大切な大切な約束。きっとあなたは覚えていないのだろうけど───。



 ───やってしまった。言い訳のしようがない。

 俺は昨日の出来事を思い出し後悔していた。確かにトウコに対してひどいことをしたのは事実。トウコが大切な友人なのも事実。だからトウコと仲直りするためにこうして謝りにきたのは間違いではない。間違いではないのだが……。

 隣で吐息を立てて眠るトウコを見る。

 無論、俺は一切手を出していない。だが……この間と異なり俺の意思でトウコと同じ部屋で同じ床で一晩ともにしたのも事実。これではまるで、恋人みたいではないか!


 「うおぉぉぉお……おのれ魔王めぇぇ……。」


 結果で言うなら俺は無事、魔王城から抜け出すことができた。トウコも他の皆の命も無事だった。結果だけ見れば十分すぎる成果。だが……俺としてはあくまで友人として一線を引き続けていたというのに、このような勘違いされてもおかしくない事態、どうすれば良いのか。


 「あれ……ユシャ……もう起きたの……?ねぇ、もう少し一緒に寝ようよぉ~。」

 「完全に事後のピロートークみたいなこと言うなぁぁぁ!!」


 ベッドから飛び跳ねるように抜け出す。まずかった。もう少しでトウコに掴まれて、本番コースまっしぐらだった。そんな様子を見てトウコは口先を尖らせて「臆病者」と呟く。何で上から目線?俺はお前の恋人でも何でもないんだからな?そう叫びたい衝動を必死に抑えた。


 「おはようございます。昨夜はお楽しみでしたか?」


 俺とトウコが部屋から出て、食堂に向かうと既にメイとルブレが待っていた。ルブレは目を輝かせて俺たちを見ている。


 「いや何もないからな。清廉潔白。」

 「えぇー折角コイバナが聞けると思ったのに、ヘタレすぎない?」


 不満そうにルブレは答えた。どうやら色恋沙汰が好きなようだが、期待には応えられない。


 「ふふ、ルブレはお子様だなぁ……こういうのは少しずつ距離を詰めていくのも楽しいんだよ?お互い心はいつも一緒なのに身体は中々距離が縮まらない……そのギャップを少しずつ埋めていくのも……素敵な思い出になるの。」


 上機嫌にトウコは自身の恋愛観をルブレに語る。それを聞いてルブレはまた目を輝かせて納得したかのようにトウコに詳しい話を聞いていた。

 勝手に相思相愛にされている現状を早くどうにかしないと……とりあえずトウコよりも前にメイとルブレの誤解を解くのが先決だなと思った。


 「そういえば船ですが近々、着船する予定の貿易船が来るとの連絡がありました。時間をかけましたがようやく本腰をいれて魔王討伐に向かうことができます。」


 もう一つ問題があった。トウコたちはこれから旅を続けて強い仲間を集めて魔王を倒しに行くとして……俺は早いところこのパーティーから抜け出してスローライフを送らなくてはならないのだ。そして抜け出すタイミングは早いほうがいい。魔王の領地に近づくほど危険になるのは目に見えているからだ。それこそ海を隔てて新たな大陸へ向かう前に……そう、ここで別れるのが一番なのだ。


 「ちなみにご主人さまの風当たりは今、滅茶苦茶ひどいです。トウコ様が表立って言う輩に対しては一人ひとり、黙らせていましたが、それでも陰口のようにご主人さまに対して偽物の救世主だの魔王の手先だの散々なことを言われていますね。」


 俺の思いを見透かしたかのようにメイは釘をさすかのように、この街での俺の立場を説明する。つまるところ、ここで永住しようものなら街の人々に迫害されるぞということ。


 「大丈夫だよユシャ。この街の連中なんてゴミみたいな奴ばかりだから。早く海を渡ってしまえば嫌な思いはしなくて済むからね。」


 俺の心中を察し慰めてるつもりなのだろう。まぁ確かに海を渡れば誹謗中傷はなくなるだろうけど……何とも複雑な気分だ。初めてこの街に来たときはいい街だと思ったのに……仕方ないとはいえつらい話だ。


 こうして俺たちはまたいつもどおり、他愛のない話をしながら食卓を囲んでいるとき、事件は起きた。突然の衝撃音。食堂にいる他の客も騒ぎ始める。最初に思ったのは魔王の襲来。俺を取り戻しにまたやってきて、あのときのように巨大な魔物を召喚したのではないかという懸念。

 だがその懸念は一瞬にして払拭される。空を仰ぐ。巨大な山が見えた。町の人々は皆、悲鳴をあげている。あまりにも巨大なそれに。山ではない、あれは動いているのだ。巨大な生き物を思わせる唸り声とともに、大地を響かせて動く。あれは、この街に向かってきている。


 「なんなんだあれは……。この世界にはあんな巨大な生き物がいるのか!?」

 「いえ、少なくとも私は聞いたことがありません。一体何が……?」


 メイもまた困惑した表情でその巨大生物を見上げていた。とにかくあれをどうにかしなくては街が全滅だ。船で移動するどころではない。だがあのような巨大なものをどうすればいいのか。

 そんな俺達の思惑とは裏腹にトウコは飛び出し思い切り殴りつける。巨大な生き物は揺らぐ。効いている。


 「おい見ろ!誰か戦っているぞ!怪物が怯んでいる!!」


 街の人々がトウコを認識する。それに応えるかのようにトウコは巨大な生き物に対して連撃。遠くはなれているというのに聞こえる衝撃音。凄まじい力の激突を思わせた。


 「うぅ……うぅ……。」


 誰かの声が聞こえた。苦しむような唸り声。皆も同じようだった、全員が辺りを見回す。怪我人がいるのだろうか、いやそもそもどこから聞こえているのか。その答えはすぐに分かる。

 トウコに殴られ破損した岩肌が崩れる。その崩れた跡がまるで人の顔のように浮かび上がった。口と思われし場所が開く。


 「見てください魔王様!私はやりました!古代兵器の起動を!見てください!この港町ルフトラを!この私、トレソンが!!貴方様のためだけに捧げましょう!!!」


 その顔は、その声は、あまりにも巨大だが、ルブレの父親であるトレソンの姿そのものだった。

 そして巨大な生き物に、いやトレソンに腕のようなものが生える。瞬間、トウコに叩き込む。吹き飛ばされ地面に激突。小さなクレーターが出来上がった。トウコは悶える。


 ───古代兵器には莫大な魔力を必要とする。トレソンは遺跡の文献を漁り、その理論を探究した。そして見つかった港町の古代遺跡、そしてそこに眠る稼働可能な古代兵器。それはトレソンの予想を遥かに上回るものだった。その力は魔王にも匹敵するものと確信するほどに。

 だがその犠牲はあまりにも大きい。動かすには想定以上の魔力を必要とすることに。それこそ命を糧にするまでに。古代文明は恐らく、生贄を用意したのだろう。古代遺跡は言わば生贄の祭壇。数多の人々を犠牲に兵器は動く。

 思い悩んだトレソンだったが、問題はすぐに解決した。偶然にもかつて捨てた娘がこの街にいたのだ。天啓と考えたトレソンは娘を生贄にすることにした。莫大な魔力を持つエルダーエルフならば、十分に機能すると。

 そう、エルダーエルフなら機能するのだ。娘は役立たずだった。父親の言う事を聞かないどころか、奴隷に成り下がっていた。魔王様に献上するのに、穢らわしい奴隷の魔力が混ざっていてはならない。───何より。


 「たかが希少動物風情が」


 魔王様の冷たい目が、トレソンの脳裏からずっと離れなかった。あぁ……あぁ……!



 それこそ魔王様だと!あれこそが魔王様の本当の姿!まるで人を人と見ないゴミのような目で、侮蔑する眼差しで私を見たあの姿こそが魔王様の姿!!心底心酔した。だからこそ、命を賭ける価値があると!確信をもった!!


 「見ていてください魔王様!!わたくしめが!貴方様の忠実なる下僕が!犬めが!!彼らを血祭りにして差し上げましょう!!」


 トレソンの肉体は完全に古代兵器と一体化している。エネルギー源としてだけではない。もはや古代兵器そのものがトレソンと成り果てた。



 「トウコ!大丈夫か!!?」


 俺はメイの制止を無視して一目散にトウコが吹き飛ばされたところまで、無我夢中で走り出していた。巨大なクレーターの中心、服をボロボロにして苦しんでいるトウコがいた。───よかった。辛そうではあるが怪我はしていない。


 「ゆ、ユシャ……こ、来ないで……あいつはやばい……。」


 気がついたとき、目の前には巨大な岩盤が迫っていた。いや、これは巨大兵器の腕だ。トドメを刺そうとその拳を叩きつけようとしているのだ。

 肩に力が入る。そのまま物凄い力で引っ張られ俺は地面に転がった。


 「ふぐぅぅぅ゛ぅぅぅぅ゛ぅぅッッ!!」


 トウコだ。俺を庇い、その全身で巨大な古代兵器の一撃を受け止めている。そして力を振り絞り古代兵器の拳を跳ね飛ばした。古代兵器はバランスを崩しよろめく。


 「すごい!あの女の子、対等以上に渡り合ってるぞ!」


 街の人々の歓声が聞こえた。対等?馬鹿言うな。今もトウコはギリギリじゃないか。怪我こそはしていないものの、その体は既にボロボロの筈だ。俺を庇ったせいで……。


 「はぁ……はぁ……ねぇユシャ……覚えてる?一つ貸しだって言ったこと……。お願いがあるの……。あの兵器、エルフの顔が浮き上がってた……多分、ルブレを本来は生体ユニットにするつもりだったはず……。エルフの魔力を使って……。なら……その生体ユニットにされたエルフをどうにかすれば……兵器の動きは止まると思わない?」


 それはトレソン自身が言っていたこと。兵器の稼働には膨大な魔力が必要であるということ。それは分かる、分かるのだが。


 「分かった!トウコ!絶対に俺が何とかするから!!絶対に!!だからそれまで絶対に無理だけはしないでくれ!!」


 考えるよりも先に言葉が出た。どうすれば良いかなんて分からない。それでも今、トウコは俺を頼り懇願しているのだ。それをどうして、理屈をつけて否定することなどできようか。

 俺はその場を走り去る。後ろで轟音がする。一度振り返るとトウコが戦っていた。


 「大丈夫!私のことは気にしないでユシャ!今の言葉だけで私、何倍も強くなれるから!!」


 そう言ってトウコは跳躍する。屋根伝いに巨大兵器との距離を保ちつつ、牽制を入れながら何とか俺に被害がないように立ち回る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る