俺の最終防衛ライン

 気がつくと俺はベッドの上にいた。どうやら生命の危機は去ったらしい。俺は身体を起こして辺りを見回す。部屋の隅には申し訳無さそうに縮こまり涙を流していたトウコがいた。


 「……いつもみたいに飛びかからないんだな。」

 「意地悪を言わないでよ……ううん、そう思われても仕方ないよね……ごめんなさい、本当に……大丈夫……?お医者さんは問題ないって言ってたけど……。」


 身体の調子は……別に問題はない。気絶こそはしたものの、後遺症が残るほどでは無かったということだ。肩を回す。うん、問題ない。大丈夫だ。俺は問題のないことを説明するとトウコの表情は明るくなった。だがそれも束の間、すぐに暗くなる。


 「そ、その私……怖くて……またユシャに見捨てられるんじゃないかって怖くて……ううん、ユシャは何一つ悪くなくて、私が悪いのに。なのに勝手にあの時のことを思い出して……そ、それでつい頭がカッとなったの……ごめんなさい……本当に……。」


 震え声でトウコはまるで、裁きを待つ罪人のような態度で俺に謝り続けた。

 ───それは恐らく、昔のように一緒に遊ばなくなったことを言っているのだろうか。俺たちは昔はお互いの部屋でよく遊んでいた。片方の親が留守の時は泊まりなんかもして、同じ布団で寝たこともある。

 でもそれは昔の話。お互い、年をとると、そんなことは出来ない。男女の関係。お互い異性を意識する。当然のことなのだ。


 「見捨てるなんてことはしないって。まぁ距離を置きたいとは常々思ってるけど。幼馴染なんだし友達なんだから、そんな無下にできないって。距離を置きたいとは常々思ってるけど。」


 勘違いされないように念入りにライン引きをする。これは俺なりの最終防衛ライン。そんな俺の様子にトウコはクスリと笑い、普段の様子を取り戻してくれた。


 「ユシャは変わらないね。いつもそう。どんな時でも私のことを考えてくれてる。……だから私は救われたの。だからユシャは……ううんなんでも無い。」


 トウコは意味深なことを呟く。含みを持たせた言い方だった。いつものことなのであまり深く考えないようにする。


 「ん……それじゃあ仕事に戻るか。」

 「そうだユシャ、これ。預かっていたから渡すね。仕事ならもう来なくていいんだって。」


 俺はトウコから袋を渡される。袋の中には硬貨が入っていた。来なくて良いって……どういうこと?

 唖然としている俺にトウコは申し訳無さそうに教えてくれた。俺はクビになったのだ。支配人の怒りを買って。ちなみにルブレも同じらしい。そしてこれは一日分の日当。


 「……まぁ仕方ないか。雇い主にあんな態度とっちゃあね・・・。ちなみにこれは何円なの?」

 「円じゃなくてペタ。3000ペタ。まぁでも円と同じ換算で良いかな。」


 つまり俺の労働は3000円の価値。……薄給だが仕方ない。貰えるだけマシだったと思うことにしよう。

 外に出るとメイとルブレが待っていた。二人とも既に着替えていて帰り支度を済ませている。


 「あ、ユシャ起きたの?ひどいよ聞いたでしょ?私たち一日でもう二度と来るなだなんて……まったく常識が知れないよ!」


 そう言いながらルブレは袋を振り回す。俺のより一回り大きい。


 「あのルブレさん……いくら貰えたんです?」

 「え?30000ペタだけど。そういえばユシャは賃金まだ貰ってないの?え?その手にあるのって……ひょっとして……。あれ?あれあれ?ユシャさん?ま……ましゃか!!?」


 俺の小さな袋を見てルブレはニヤニヤしながら指をさす。くそっ……考えてみたら当然。ルブレの仕事は倍率が高かったんだからそりゃあ給与も高いだろうよ。恵まれた容姿を持つものにしか出来ない仕事なのだから。

 そんなこと微塵も考えずルブレは俺の小さな賃金袋を指さしてからかい続けた。ルブレ曰く俺の価値はルブレの十分の一らしい。何も言えない……。


 「かぁーっ!才能の違いって奴なのかなユシャくん?やっぱり私のこのあふれるような才覚、才能?分かる人には分かっちゃうかぁー!どうするのかねユシャくん?そんなんじゃあ生活やってけないでしょ、頭下げて私の靴を舐めたら養ってあげなくもないよ?」

 「ルブレ。」


 初めて会ったときのお返しなのかスキあらば靴を舐めさせようと調子に乗るルブレにトウコは真顔でただ一言述べた。その冷たく重たい圧にルブレはビクンと跳ねたように反応する。


 「ユシャは私が一生養うから問題ないよ。」


 なんでこいつら、俺が自立できないこと前提で話してんだ?本気で泣きたくなるんだが。



 ホテルに戻り俺たちは集めた情報を共有する。俺は早速手に入れた情報を皆に話す。ルブレの父は古代遺跡の探索を目的としていて、傭兵を集めている。そして時期的にもうダンジョンの攻略をしているということだ。


 「驚きました。きちんと仕事はしていたんですね……てっきりルブレさんと遊んでいただけかと……。」


 本当に偶然なのだが、危なかった。どうやらメイの失望を買わなかったようだ。次にメイが集めた情報を話し出す。まずこの港町ルフトラに最近どうもきな臭い動きがあるということ。それは魔王軍の暗躍とは少し違う。何かを準備しているらしい。次にルブレの父親の動向についての補足。

 傭兵たちの条件はどれもただ強いだけということ。本来ダンジョン攻略には強いだけではなく危険察知能力も強く求められるのだが、そのようなものは一切不問だったらしい。加えてダンジョン内について、まだ稼働中の古代機械が存在することも確認されているとか何とか。後はルブレ父の外見が事細かく。ルブレの記憶とも合致し、変装や髪型を変えたとかは全然無いようだ。


 翌日、俺たちは集めた情報を元にギルドに照会をかけることにした。一日しか経っていないが、人探しの依頼がどうなったのかも確認を兼ねて。


 「古代遺跡を探索していたエルフと傭兵たち?あぁそれならいたよ。もう帰ってきてる。」


 ギルドの受付に尋ねるとその答えはあまりにもあっさりと出た。受付の人が指を差した先には、ギルド内の飲食スペースで飲み食いをしている連中がいた。だがその中には……エルフがいない。もう別れてしまったのだろう。俺たちは彼らに話を聞くことにした。

 聞くところによると、ダンジョンの奥地まで来て、さぁこれからだというところで帰ることになったという。彼らは美味しいダンジョンと判断し、後日また行くつもりだと息巻いていた。肝心のエルフの行き先だが……。


 「すぐにここに戻ってくると聞いているぜ。銀行へ報酬を支払うために金を降ろしに行くとか。おぉ、噂をすればだ。おいおっさん!あんたに用事があるってよ!!」


 傭兵の一人が俺たちの後ろ、ギルドの出入り口に向かって手を振った。振り向くとそこにいた。一人のエルフが。外見はルブレに聞いたとおり。何かの入ったビンがいくつも身体に巻いたベルトにぶら下げられていて、探索道具なのか小型な刃物や棒状の用途不明な道具も身に付けている。そして腰には先端に装飾が施された杖。


 「お前……ルブレか……?」


 ルブレの父は信じられないものを見たかのような表情で、だがそれも束の間、頬が緩み笑顔で再度叫んだ。ルブレ!と。

 ルブレもパパ!と叫び、お互い抱きしめ合う。感動の再会である。旅では平然と振る舞っていたが、やはり外見年齢相応に父親がいなくて寂しかったのだろう。久しぶりの父の温もりにルブレは甘えていた。


 「なぁメイ……仮にルブレの父親が魔王軍だとしてもさ……この光景を守れたことが何よりの収穫じゃないか?」

 「……それでも魔王は私たちの敵です。ご主人さま、人類にも皆、彼らのような家族がいることを忘れないでください。」


 口ではそう言いつつも、メイは父娘の再会を微笑ましく見ていた。メイの言う事は間違いではない。だが間違いないことばかりをするのが正しいとは限らないのだ。時にはこうして合理性を捨てて動くことも必要だと、目の前の再会を見て思うのだ。


 ルブレの父親は傭兵たちに報酬を支払う。傭兵たちは笑顔でそれを受け取りギルドを後にした。


 「ルブレから話を聞きました。私の娘がお世話になったようでして。私の名前はトレソン。ナビレ大森林に住まうエルフでしたが今は魔王様の下に仕えています。」


 メイの眉がつり上がる。このエルフは堂々と、あまりにも自然に、自分が魔王の手先だと白状したのだ。分かっていたこととはいえ、こうも堂々としていると逆に裏があるのではないかと勘ぐってしまう。


 「トレソン、貴方は今の発言の意味がわかっているのですか。ここは人の領地。魔王の手下であるのならば、あなたはすぐに捕まり拷問にかけられるでしょう。」


 ───拷問。その言葉にルブレは敏感に反応した。実の父親なのだ。そんな物騒な話を聞いて黙ってはいられなかった。


 「だ、だめ!パパに拷問なんて酷いことをしないで!!」

 「ルブレさん。以前話しましたよね、父親と再会したとき、あなたはどうするのかと。他のエルフのように中立を貫くのか、それともあなたの父親のように魔王につくのか。理解していますか。父親を庇うということは、魔王の味方をするということが。」

 「う……私は……パパ……?ねぇ今からでも良いから森に戻ろう?ママも一緒に、昔みたいに皆で過ごせばいいじゃない。私ね、友達ができたんだ。森の外だけど……良いでしょ?」


 ルブレはトレソンに対して今までの話を明るく話した。森の外では色々なものがあって楽しかったけれども、何より一番は俺たちと過ごした時間が楽しかったと。それはルブレにとってはとても大きなもので、今や自分の心の中に俺たちとの旅が、短い間だったけれども大きく占めているということ。

 そんなルブレの話を、トレソンは頷きながら聞いていた。目を輝かせて話す娘の自慢話を、微笑ましく、何よりも幸福なものであると、そんな家族愛に満ちた目でルブレの話を笑顔で聞いていた。


 「経験とは良いものだよルブレ。エルフが人間と違い精神の成熟が遅いのはそこにある。人間はね、短い人生の中で様々なものを経験する。それは限られた生命だから、今を生きることに精一杯だからだ。ルブレ、お前は彼ら人間とともに行動して、大きく成長したんだな。父として、本当に嬉しいよ。いつのまに、こんなに大きくなったんだな。」


 トレソンは微笑みながらルブレの頭を撫でる。ルブレは照れくさそうに、だが嬉しそうな笑顔で父親の大きな手に撫でられながら、笑っている。




 「本当に嬉しいよ、これならきっと、立派な素材として扱える。」




 悪寒がした。微笑ましい家族のやり取りが一瞬で消えていく瞬間。


 「トウコッッ!!!!!!!!!」


 俺は叫んだ。俺では間に合わない。トウコは俺の叫びに応えて一瞬でトレソンに距離を詰めてルブレを無理やり引っ張り寄せる。ルブレは何が起きたのか理解できない様子で目をパチパチしていた。


 「早い、これが噂の救世主様の力か?一瞬すぎて術をかける時間すらなかった。だが……仕込みはできたぞルブレ。」


 それはまるで蟲のようだった。地面を這いずり回る蟲。おぞましく、嫌悪感を抱く肌にまとわり付くような気配。魔王軍トレソンの本性が露わになる。

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