邪悪を滅ぼす竜の王
「クハハハハハッ!すげぇなこいつら!!あんだけあった金全部すってやんの!!本物のバカじゃねぇか!!!」
男の笑い声がした。目の前にはガラの悪そうな男性が立っていて俺たちを笑っている。怒る気力もない。バカなのは事実だからだ……。ルブレもそれは同じで涙をボロボロと流し鼻水をすすりながら俯いている。
「おいおい、辛気くせぇ顔すんなよ!誉めてるんだぜ俺は?博打で稼いだ金をその日の内に博打で使い尽くす!博徒の鏡じゃねぇか、男らしくて、そしてとことんバカで気に入ったぜ兄ちゃん!そんな奴はそうはいねぇ、嬢ちゃんもだよ。少しは胸を張れって!」
俺たちとは対照的に男は機嫌良さそうに俺に肩を組んで、飲み物を勧める。結構高いドリンクだこれ……美味しい。
「ずるい!私にもそれ頂戴!!」
さっきまで涙を流していたはずのルブレは態度を一変してジュースを催促してきたが男の手にはもうない。仕方ないので俺の飲みかけをやるとルブレは喜んでジュースに口をつけた。
「……ま、まぁ?確かに一日限りの夢……は、派手に使うのもまた男道ってやつかなぁ?」
震え声で俺は仕方なく男に合わせると男はより一層上機嫌になり「そうだろう、そうだろう」と言って俺の背中を叩く。バシバシと叩かれる背中が滅茶苦茶痛い。
「いやエルフを奴隷にしてるやつなんて性根の腐った連中ばかりだと思ってたけどよ、どうも違うんだな!これだから思い込みは駄目だ!クク、それにエルフもそうだ。枯れ枝の腐ったような匂いしかしねぇ陰気な連中ばかりだと思ったがたまにこういうバカがいるから面白い。」
「奴隷!?どういうこと!?なんで分かったの!!?」
男の言葉にルブレは敏感に反応する。ルブレの契約紋は腹部。今はバニースーツで隠れていて見えないはずだ。
「ん?契約紋ってのはな、俺くらいの格になると分かるんだよ。力の流れみたいなのが?紐みたいなので結ばれてるのが分かるぜ。あぁ安心しろよエルフ、お前とご主人さまの関係はひと目で分かったよ。どこの世界に奴隷と一緒にスロットして破産するバカが……クク……腹がいてぇ……。」
男の言い方にルブレは頬を膨らませるが、納得はいったようでまたジュースに口をつけて大人しく飲み始める。
「最近、辛気臭いエルフを見かけたからよぉ、ついそいつと同じ目で見ちまったぜ。」
「ん?あんた、そのエルフに会ってたのか?実は俺たち、そのエルフを探してるんだけど、どこいったか知らないか?」
あまり期待はしていないが当初の目的のため尋ねる。もっとも……ルブレの父親自体はこの遊戯場での目撃情報は既に聞いていて、真新しいことは何もない。
「あ?そうだなぁ、なんか傭兵集めてダンジョンに挑戦するつもりだったな。エルフってのは骨董品が好きだからよぉ。ま、俺も人のことは言えねぇが。探してるならギルドが一番だと思うぞ?傭兵の雇い履歴から分かるだろ。」
先程聞いた先輩の話と一致する。思いもよらない収穫だ。これで裏取りもばっちりということでメイに報告ができる。コインはなくなったが、この男と巡り会えたことには感謝しなくてはならない。
「お、おい……あいつ……いやあの方……まさか……。」「嘘だろ……どうしてこんなところに……?」「なんでいるんだよ……い、いやいらっしゃるんだ……?」
ふと気がつくと周りの様子がおかしい。俺は辺りを見回すと皆が俺たちから距離をとっていた。先程までは大勝ちしたヒーローだったのに酷いものだと思っていたが、どうも違う。なにかに畏れている、そんな気がした。
「ほ、本当にいた!も、申し訳ありませんエルドラ様!!いらっしゃるのでしたら声をかけたというのに!!」
なんか偉そうな人が奥から走ってきて、男……エルドラ?にペコペコ頭を下げている。偉そうな人は俺たちを睨んだ。
「お前たち、よく見たらうちのスタッフじゃないか……何をしているお前らも頭を下げないか……そこのエルフはもっと媚びうるようにしろ……!」
「え、嫌だよ、こいつさっき俺たちのこと笑ったし。なぁルブレ?」
「ジュースくれるいい人なんだからそんなこと言っちゃ駄目だよユシャ。エルドラさんありがとうございます。」
ルブレはそう言って軽く頭を下げる。そう言われると確かにその通りなので俺も続けて頭を下げた。
「な、なななんだお前その態度は!!それがこの方にとる態度か!!ふざけているのか!!?」
「そんなこと言われても……えーっと……偉そうな人こそかしこまりすぎでしょ。客商売というのは確かに接客は大事。でも過剰にへりくだるのは逆に相手に不快感をだな……。」
「私はこのカジノの支配人だ!!スタッフなら覚えとけ!!そしてこの方はエルドラ様だぞ!!邪滅龍エルドラ様!!お前田舎者か!?姿くらい見たことがあるだろう!!?」
支配人……だったのか。完全に失敗した。ルブレも流石に困惑している。支配人に対して大分失礼な態度をとったからだ。
「す、すいません支配人さん!支配人さんに失礼な態度とってしまい!……それでエルドラってなに?」
俺たちの態度に支配人は唖然としていた。信じられないものを見る目。
「邪滅龍エルドラ、この世界で魔王と対峙している勢力の長。全ての竜族を束ねる王にして、魔王と渡り合える数少ない者。私も本物を見るのは初めてです……なるほど高位の竜種ならば当然のように人間態でいられると。はじめましてエルドラ様。私はこの方の従者をしているメイと申します。この度は主が失礼をしました。どうかこの非礼については……。」
俺たちの間にメイが入ってきた。その振る舞いから異常事態というのが一瞬で伝わる。よく見ると冷や汗もかいている。それほどまでに危険な存在であるのだと、俺たちに暗に伝えるように振る舞っているようにも感じた。
「あ?何だお前らつまらねぇな……殺すぞ?」
殺す。エルドラのその呟き一つで、この場にいるものの大半は凍りつく。
───死んだ。そう確信するほどの恐ろしい殺意。だがエルドラにしてみたら、少し遊びの邪魔をされてつい苛立ち気味に放った言葉に過ぎない。彼が本気で殺意を込めてそう口にした時、その言葉は力となりて、弱き者は死に至る。
「あー……白けちまったな……おいお前!名前教えろよ!」
エルドラは俺に指を差しながら、そう言い放つ。
「お、お、お、おい!早く答えないか!エルドラ様に失礼だろ!!」
そんな様子を支配人は慌てた様子で俺に名乗るよう急かした。それを見てエルドラは不快感を露わにする。
「はぁ……お前本当につまらねぇわ……。少し黙れ。」
そうエルドラが言い放つと支配人は突然膝をつく。そして身動きがとれないのかガタガタと震えている。
「んで?お前の名前は?」
「……ユシャだけど……その……エルドラ様?ひょっとして名前を覚えたから後でお礼参りするとかいう奴でしょうか……。」
やばいという事態だけは理解できる。とにかくこの男には逆らわない方が良いと。そう思わせた。
「いーや?単に面白い奴だから名前を覚えようと思っただけだよ。それじゃあなユシャ、またバカするときがあったら呼んでくれや。俺も混ぜてくれよ、クク今思い出しても笑えるぜ。」
エルドラが飛び上がる。屋根を突き破って大空へと飛んでいった。派手な退場だ。空いた穴から空が見える。
それから少したって、ようやくカジノ内の緊張の糸が切れた。皆が生きていることに安堵する。支配人は白目を剥いて泡を吹き、失禁していた。
「ねぇメイ……さっきの奴……魔王とか言うのとどちらが強いの?」
「そうですね……二者が戦った記録はないのでわかりませんが拮抗しているということは互角と言って良いのではないでしょうか。それが何か?」
「あいつは私より強いよ。どうしよう……私……ユシャを護れないかもしれない……。」
トウコは感じていた。エルドラのとてつもない力を。あの男は未だ力を隠している。抑えている。本気の力を解き放てば、あの支配人はショック死しているだろう。それほどまで規格外の存在。そしてそれと同格の魔王?この世界の人間はあんなものを倒すためにわざわざ異世界から人々を喚び出しているというのか。───何という的外れ。
だがそれよりも───トウコの感じた不安は別にある。
「ま、まぁ良いのではないでしょうか。エルドラは幸い私たち人間に対しては中立的です。むしろ先程の反応、ご主人様には好意を抱いている模様。もし彼が味方してくれるのであれば、魔王など敵ではありません。」
それが問題なのだ。もしもあいつが、エルドラがユシャに協力しようものなら……ユシャにとって自分は必要なくなる。それがたまらなく怖かった。捨てられてしまう。今までの人生全てユシャのために努力し続けてたのに、突然現れた、よく分からない男に横取りされる。絶対に嫌だ。
ぶつぶつと何かを呟き続けているトウコに並々ならぬ者を感じたメイはつい距離をとる。それほどまでトウコの呪詛は見て分かるほどに溢れていて、近寄りがたい。
「はぁ……しかし勝ち分全部失くしたのつらいなぁ……あぁ……手元には確かにあった俺の金……。あ、メイさっきはありがとうな。いやこの世界のことよく知らないけど、あんな奴もい」
「ユシャ、さっきの男は危険だから付き合うのはやめなさい。」
トウコはユシャの言葉を遮り両肩を掴んで壁に押し付ける。力強く叩きつけたせいなのか、木製の壁は少し砕けていた。
「いってぇ!何すんだ!離せって!!」
「あ……ご、ご、ごめんなさい……!力加減がまだ出来なくて……でも聞いてよ、さっきの男は駄目なの。理由は言えないけどとにかく駄目なの。」
「はぁ!?お前に言われなくてもさっきの奴が危険だってのは分かってるよ馬鹿!あれは隣りにいたら命がいくつあっても足りないやつ!!俺は絶対ごめんだね!!」
今にも泣きそうな張り詰めた顔から一転、目を輝かせてトウコは俺を抱きしめた。力強く。ミシミシっという音がした。殺される。俺は絶命を覚悟して気を失ったのだった。
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