夢の終わり
俺は手札を見る。確かに一見クソみたいな手札だ。普通なら勝てないような手札。
だが此度は違う。既にこのカードは必勝のカードとして変化を遂げた。相手の致命的なミスによって。
俺は無言でカードを組み合わせ場に伏せる。それに応じて全員がセットする。オープン。
「はは、これで一勝……さて回収させてもらうぜ。」
「いや、俺の勝ちだよ。よく数字を見てくれ。」
おっさんは俺のカードを見て驚く。俺は4を出している。場に出ているカードは9、9、8、4。合計で30。ルールにより俺の勝ちだ。
「ほ、ほぉ~なるほどね。運がいいじゃないか。」
次のターンが来た。俺は無言でセット。オープン。場に出ているカードは9、9、8、4。合計で30。俺は1と3を出して合計4。加えてアタッチメントカードを発動して手札を捨て相手の捨て場からソルジャーを回収する。回収するのは4、2、1。
更に次のターン。セット、オープン。場に出ているカードは8、8、7、7。ただし俺は4と3を出しているのに対して7を出している。相手は7の一枚。つまり出している数字が小さい俺の勝利。
「イカサマだッッ!!」
ついにおっさんは激怒した。ありえない三連勝。卓を叩き俺に詰め寄る。
「おいあんた、ここのスタッフだよな?こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」
「イカサマの証拠でもあるのか?」
「ふざけるな!おいディーラー!!こいつはイカサマをした!!そうだろう!!?」
ディーラーは焦り顔で首を横にふる。当然だ、俺は何もしていないのだから。
「な……な……くそったれ!おいお前らよくそいつを見張れ!ディーラーお前もだ!!次イカサマをしてみろ!バラバラにして海に流してやる!!」
こわいなぁ……そう思いながら俺はカードをセットする。全員が俺を凝視してくるが何もやましいことはない。オープン。場に出ているカードは7、7、6、0。0とはアタッチメントカードのみを出している状態。普通なら勝てないが合計は20……10の倍数なので例外的に勝ちとなる。
無言でおっさんは卓を叩く。
「お客様、台パンは……。」
「やかましいッッ!!お前ら見ただろう、こいつがイカサマしたのを!!どうなんだ!?」
全員が気まずく沈黙する。おっさんは困惑し始める。
「さ、ゲームを続けようぜおっさん。」
オープン、合計値はまた10の倍数。あのルブレとカードを交換した奴は気がついたらしいが、もう遅い。俺は最小値。オープン、ようやく場の合計が10の倍数ではなくなる。俺は1。いやー負けてしまった。
オープンする度におっさんの顔から生気が抜けていっているのを感じた。そんなバカな。そんなハズはないと。結局、終盤は俺が負けたのだが問題ない。序盤のルブレの勝ちと俺の勝ちを合わせてこのゲームも勝利だ。
「おっさんら、こういうゲーム慣れてないだろ?駄目だよあんなことしちゃあ。」
ゲームが終わり死んだ魚のような顔をしているおっさん達に俺は先輩として声をかけてあげた。
「ど、どういうことだ坊主!俺たちの何が悪い!!?」
もうイカサマを隠す気がないのか、おっさん達は俺に詰め寄る。簡単な話だ。このゲームは山札のカードが決められている。つまり手札と捨て場で相手の手札を推理することができるのだが……。まずルブレと手札を全交換した相手がいた。この時点でプレイヤーが持つ手札半分のカードは把握した。そして捨て場のカードを一気に回収、手札上限ルールにより溢れたカードは捨て場に……。あの時、捨てたカードがまずかった。ほとんどアタッチメントカードである。あれでは手持ちがほとんど、いや全てがソルジャーと言っているようなものだ。
もっともそうするしかなかったのだ。ルブレは序盤に9と10を大量に使っていた。そしてルブレから毟り取るにはこのプレイヤー全員が勝たなくてはならない。つまり、ルブレの出すカードに対して全員が同じ数値を出して勝つということ。その為にはルブレが持っていた高数値のソルジャーカードに数字を合わせる必要がある。
ではどの数字から出すべきか?当然高い数字からだ。アタッチメントカードには捨て場のカードを回収するカードがある。数字を組み合わせなくてはルブレの持っていた高い数字のカードに合わせられない。つまり手札が枯渇するのだ。そのためのアタッチメントカードを残す必要があるのだ。
故に消費の激しくなる高い数字から処理しなくてはならない。だがどの数字を持っているか俺は分かっているのだ。ルブレの持っていたカードなのだから。
結果、俺はルブレの持っていたカードの数字の大きい順に数字を合わせていたに過ぎない。
つまるところおっさんたちは、こういうゲームで一番やってはいけない"手札情報の完全公開"をしてしまっていたのだ。後は状況やおっさんらの態度で出すカードなんて簡単に予測がつく。九割勝てる勝負だったのだ。
目の前にたくさんのコインが運ばれる。レート十倍の一人勝ち。大金……!圧倒的な大金!!
「すごいすごい!大勝利だよ!これで私たち大金持ちだよ!!」
ルブレは喜びながら俺を抱きしめる。会場は盛り上がる。俺に対して盛大な拍手喝采。そうだ……俺は勝ったんだ!真剣勝負に!半分はルブレの分前だとしても、なお大金!
「うぉぉぉ!やったぞぉー!ルブレ!俺たちやったんだ!ひゃっほぉい!!」
調子に乗って俺もルブレにハイタッチして喜びを分かち合った。何よりこの大金……!これでこの港町に永住は約束されたようなものだ。ついに俺の異世界スローライフが幕を上げることになるわけだな!
「ユシャさん、ユシャさんちょっとちょっと……。あれ見てよ……あの遊戯……聞いた話だとかなり美味しいんだって……ユシャさんまさか……ここでやめるなんて言うつもり?」
下衆な笑みを浮かべたルブレは俺をつんつんと突いて遊技台を指差す。あれは……要はスロットだ。コインを入れて回すそれだけ。コインの消費自体はそこまで大きくないし、あれで遊ぶのもありだろう。
「よぅしルブレ、あれもいっちゃおうかぁ!」
「いぇい!!」
俺たちは仲良く肩を組んでスロットの台についた。
「ここにいたんですかトウコ様。騒がしいと思ったらあの二人は……。」
騒ぎを聞きつけたらしくメイがやってきてトウコの隣に立つ。ユシャとルブレはノリノリでスロットマシーンにコインを投入して楽しげに遊んでいる。まったく騒がしい人たちだが微笑ましいものだ。本来の目的を忘れてないと良いのだが……。そう思った矢先だった。
「……何なのよあいつ、私とユシャは幼なじみなのにあんな関係になるのにどれくらい時間かけたと思っているの、まだ出会って数日でしょ?おかしいんじゃない?きっとユシャを狂わせる毒草でも使ってるんだわ、森に籠もってる陰気なエルフらしい汚いやり方……ああやって私たちの仲を引き裂いていずれは……。」
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ギリッという音がした。歯ぎしりの音だろうか。メイは見た。隣から溢れんばかりの負のオーラを。トウコは恨めしい目で見ている。その目線の先にいるのはユシャとルブレ。遊戯に夢中で二人ともまるで気がついていない。二人の世界。それがより一層、トウコの負のオーラを増長させていると確信した。
「ル、ルブレさんはあの性格ですし、すぐに皆と仲良くなるんでしょう。あの見た目ですし、ユシャ様は近所の子供を見るような気持ちじゃないんですか?」
「は?あいつ前、二十年間ニートしてたって言ってたよね?中身ババアじゃん。一番の年長者。あざとい……。私からユシャを寝取る気なんだ。」
恋人でもないのに寝取るとは……?そう言いかけたが流石にまずいと思ったメイは話を逸らす。
「エルフは外見年齢の変化が私たち人間と違って遅い分、精神年齢も外見に引っ張られると聞きますから……。」
「でも年上だよね。恋愛対象としては普通にありなんじゃないの。あのメスブタからしたらそれこそ年下の男の子をからかう……からかう?ユシャの純情を弄んでいるってこと……?ねぇおかしいと思わないメイ。あのメスブタはすぐに追い出すべきよやっぱり。あっ……肩組んでる……ねぇあれ胸当ててない?わざとだよね?無理、無理……た、耐えられない……ユシャは私のなのに……!」
取り付く島が無かった。話せば話すほど悪化していくのを感じる。
「ユシャ様に後で聞いてみたら良いのでは。大丈夫ですユシャ様ならちゃんと良い答えを出してくれますよ。」
面倒くさいのでもう投げた。スロットマシーンに夢中になっているユシャを見る。恐らくこの後、問い詰められることになるだなんて夢にも思っていないのだろう。まぁいい薬だ。あれ絶対本来の仕事忘れてルブレと遊んでるようにしか見えないから。
スロットマシーンに手を出してしばらくがたった。
視界が歪む。足元がゆらゆらと揺れる。なぜ?どうして?今さっきまであった大量のコインが次々と消えていく。いやここで逃げたら今までの積み重ねが……そんな思いでコインを投入し祈り続ける。
が……駄目!スロットマシーンにコインは吸い込まれていくだけで帰ってこない。終わりのない浪費。賽の河原。消えていく、消えていく俺のお金。
ルブレの方をチラリと見る。目に生気が無かった。作業的にコインをスロットにいれている。ハズレ。また入れる。ハズレ。状況は同じだ……。
「こんなのって無いよ……あんまりだよ……。」
ルブレの目から大粒の涙が溢れる。俺も同じ気持ちだった。どうしてこんなことに、何故……最後のコインがスロットマシーンに吸い込まれていった。
「ねぇユシャ……私たちそんなに悪いことしたのかな……?」
そんなことはない。俺たちはただ今を精一杯生きただけだ。だというのに天は俺たちを見放した。ただそれだけだ。
「ルブレ……帰ろう……俺たちの場所へ……。」
夢の時間は終わり、仕事に戻らなくてはならない。日銭を稼ぎ夢のスローライフまで……嗚呼、無常。
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