カードゲームの罠

 「おお……しゅごい……。」


 改めて遊戯場を見るとその綺羅びやかな内装に思わずため息をつく。開店前の姿を見ていたからなおさらだ。人で活気に溢れ、楽器を演奏している人たち、あれはダンサーか?曲芸師?派手な電飾がキラキラと輝いている。まさに夢の国。

 メイやルブレはどこにいるんだろうか?聞くところによるとメイはその器用さからディーラーを任されたりしているらしいが、店内が広くて中々見つからない。

 そして先程からちらほら見えるバニーガールたち。男の本能に俺は抗えず目で追いかける。面接で美人ばかり雇っているというだけあってどれもレベルが高い。


 「いやぁ、これは眼福……いつか俺もお金を貯めて…………ッッ!!」


 恐ろしい殺気を感じた。これ以上喋ることは身の危険を感じるそんな寒気。悪寒。それは例えるなら蛇。蛇に睨まれた蛙を言う。あるいは蜘蛛の巣に囚われた蝶か。死を予感する絶望的な空気。俺は恐る恐る振り向く。そこにはトウコが立っていた。


 「新入り、この方がご指名だ。席までご案内しろ。新入り?聞こえてい」

 「ねぇ、何が眼福なの?何を見ていたの?」


 ようやくその異常な空気に気が付いた先輩従業員は「ひっ」と小さく悲鳴をあげて、震えながら黙って退散した。賢明だ。今、余計な口を、トウコに俺以外のものが口を挟むと何をされるかわかったものではない。

 そして俺も何をされるかわかったものではない。冷や汗が垂れる。


 「と、トウコがどこにいるか探してたんだよ!ちゃんといるかなって!」

 「何が眼福なの?」


 ───失言だった。トウコは俺をずっと真顔で見ている。というか少しずつ距離を縮めてきている。だが退くわけにはいかなかった。退くとまたその理由を問い詰められる。


 「み、見ろよトウコ、あの人たちが運んでる美味しそうなドリンクを!さっきまでずっと裏方で仕事してたからさ!いやーああいうの見ると眼福っていうか、喉が潤う気分になるよね!トウコと一緒に飲めたら最高だったなぁ!」


 バニーガールたちは客にドリンクを運んでいる。それは多種多様で綺麗な色をしていて、かわいらしいトッピングをしているものもある。老若男女様々な者に向けて用意されたものだ。


 「わっ、確かに色々あるね……で、でも一緒にってひょっとしてああいうの?ちょっと派手すぎない……?」


 指さした先にはカップル用のストローがささったドリンク。カップルでカジノに来るなんて世も末だなと思う。それはそれとして機嫌の治ったようなトウコを見て胸をなでおろす。ドリンク準備の手伝いをしていて良かったと心底思った……。


 「まぁとりあえずお客様、お好きなゲームで遊んでください。何にします?」

 「うーん……遊んでもいいけど多分やめたほうが良いかも?情報集めが目的なんでしょ?私がゲームをやると目立っちゃうから見学するだけかな。」


 トウコ曰く、自分は物凄い強運を持っているらしい。そんな自分が賭け事なんてしたら大勝ち、目立って仕方ないというのだ。コイン一個で億万長者になれたら遊戯場の運営もたまったものではないだろうという。

 つまり……逆を言えば……トウコにお願いすれば簡単に永住できるお金が手に入る……?


 「ぐっ……ぐぬぬ……!」


 だがそれは駄目だ。それだけはやってはいけない。俺は目の前にゴールが見えているにも関わらず、そこに到達できないもどかしさに悶える。



 わっと歓声があがる。俺は我に帰り歓声のあがった方にトウコとともに行くと、そこにはルブレが客と一緒に遊んでいた。


 「あ!ユシャにトウコさん!こっちこっち!見て見て!今わたし凄く勝ってるの!!」


 ルブレは手を振りながら上機嫌に俺たちに声をかけてきた。ホールスタッフは客の遊戯相手を任されることもある。ディーラーとしてではなく、複数人でプレイするルールのあるゲームで、誰も参加しない時の為だ。当然、ホールスタッフは賭け事には関わらずコインの移動はしない……場を盛り上げる役目なので空気に徹するのが普通なのだが……ルブレはバカ勝ちしていた。


 「ふふ……お嬢ちゃんやるねぇ……かわいい顔して中々……。」


 相手はひくつきながらプレイをしている。手持ちのコインは少ない。俺はルブレにそっと耳打ちをした。


 「おい、ルブレ……お前自分がホールスタッフだと理解してるよな?ホールスタッフってのはその……勝っちゃ駄目なんだって。」


 アホの子を諭すようにできるだけ優しくわかりやすく伝える。こんなの後で依頼主に大目玉だ。


 「……?あぁなるほど。違うよユシャ、これは向こうから申し出てきたんだよ。真剣勝負しようかって。確かマニュアルであったよね?真剣勝負の場合、個人負担で受けることもできるって。」


 確かにそんな記述があったのを覚えている。ギャンブルで金を稼ぐつもりなど無かった俺には無関心ではあったが……ということはルブレは何かを賭けたんだろうか。


 「あのおじさんいい人だよ!お金がないって言ったら負け金は一晩付き合うだけでチャラにしてくれるんだって!何に付き合うのかな?一晩かけるってことはやっぱり狩猟?エルフだから得意だし大丈夫大丈夫。」

 「大丈夫じゃないわぁーッ!!!」


 ルブレの頭を小突く。ルブレは「何するんだよ!」と抗議するが、自分の置かれた状況を理解すればそんなことは言えないはずだ。……いやしかしここで話すのは良いのだろうか。幸い今、ルブレは絶好調。もし真実を知り下手に緊張してしまって流れを逃してしまうかもしれない。


 「い、今のは……俺の国伝統の気合注入だ!頑張れルブレ!頑張れ!!」

 「そんなイカれた伝統があるの!?二度としないでよ!!?」


 困惑しながらもルブレは気を取り直し向き直る。ルブレが今している遊戯はカードを使った遊戯。山札からシャッフルされ各プレイヤーに配られた手札で勝負するものだ。

 カードは二種類あってソルジャーと呼ばれるカードには1から10の数値が書かれていて数値の大小で勝負が決まる。もう一つはアタッチメントと呼ばれるカード。こちらには数値ではなくテキストが書かれていて場を変局させる色々な効果があるのだ。


 勝負時にお互い裏面でカードを何枚でも良いので出し合う。そして出したカードの数値の合計やアタッチメントの効果により勝敗が決定するのだ。

 ただ数字の大小だけでは面白くないということで色々と役のようなものがある。例えば奇数偶数のみの組み合わせで複数枚出したら、点数がプラス3される上に捨て札から一枚回収できるとか、場のカードの合計が10の倍数の場合、合計数字が一番小さいものが勝利となるとか。

 そして最終的に勝利点数の合計で最終的に勝利者が決まる。


 配られるカードによって勝負が決まるのは勿論だが、捨て札も重要となる。山札のカードは決まっている。つまり捨て札を見ることで相手の手札が推察できるのだ。このゲームが一対一で成立しない理由はそこにある。複数人でなければ自分の持たないカードは即ち相手が持っているということになり、ゲームとしての駆け引きがなくなるのだ。


 ルブレの手札を見る。数字は……大きいのばかりだ。やはりツキはこちらを味方している。今のところルブレは順調に勝っている。これなら問題はない……そう思っていた。


 「く、くそォ~このままじゃあ埒があかないな……ええいここは勝負だ!ルブレちゃん!レートを10倍に上げさせてもらうよ!!受けるかな!?」

 「え?いいの?ふぅん……私はいいよ、他の人はどうなの?」


 全員がレートを上げることに承諾する。今、卓についているのはルブレ含めて四名。皆、ルブレにボロ負けしている。

 手札に恵まれていたルブレは今回の勝負も調子がいい……のだが途中からどうも流れがおかしい。確かに勝ってはいるのだが……その勝ち方がどうも変だ。弱いカードを中途半端に並べて負けている。ルブレが9とか10を出しているのに対して相手は1と2のようにまるで意味のなさそうな出し方。アタッチメントも使う様子が見られない。


 「ルブレ気をつけろ……あのおっさん何か企んでるぞ……。」


 俺の助言に聞く耳を持たずルブレは上機嫌にカードをセットする。


 「ふふ!どうせ私の勝ちに決まってるけど早くおじさんオープンしなよ!」


 完全に勝った気でいるルブレ。それを相手のおっさんはニヤニヤしながらカードをオープンした。オープンしたのはまたもや低数値のソルジャーと……アタッチメントだ。


 「このアタッチメントにより俺は自分の捨て場のソルジャーを回収することができる。俺は"全部"回収させてもらうぞ。」


 捨てられた大量のソルジャーが回収される。その時を待っていたかのようにもう一人のプレイヤーが声をあげた。


 「ん……?じゃあこのアタッチメントも効果が適用されるね。場のカードが移動したとき、その移動した枚数分、捨て場から回収できるっと……おっと手札上限が来てしまった。そこのおっさんと違ってそんな消費してないからなぁ。仕方ないこれだけ捨てるかぁ。」


 捨て場のソルジャーを回収した男はそれと入れ替わりになるようにカードを捨て場に送る。


 「お、じゃあそれに俺のアタッチメントカードが発動だな。このターンに捨て場に送られたアタッチメントカードの数だけ任意の相手のカードと交換できると……えーっと今、捨てたのが6枚で使用したアタッチメントカードが3枚だから合計で9枚だね。誰にしようかなぁ、やっぱ調子の良いルブレちゃんかなぁ。」

 「えっ。」


 ルブレの手札が全て交換された。見るも無惨な手札だ。


 「えぇぇぇぇぇぇえ!!なんで!!?何が起きたの!!私のカード返してよ!!」


 おっさん達は笑いながらルブレを無視している。───イカサマだ。俺は直感した。……今のは、いくらなんでもあからさますぎる。恐らくあの三人はグル、ルブレをハメるために三人で協力し、わざと負けを演出しハイレート時に完膚なきまでに倒す算段だ。

 ディーラーを見る。……見てみぬ振り。なるほど遊戯場側もグル……というより黙認か。ホールスタッフが真剣勝負の参加を許可している理由はそういうことかと確信した。


 「うぅ……ひどいよ……クソカードばかりじゃん……こんなのってないよ……はぁ……狩猟面倒だなぁ……。」


 当のルブレにはまったく緊張感がない。流石に現状のヤバさを教えてあげるべきだと思い、耳打ちした。ルブレの長い耳が真っ赤になる。


 「な、な、なんで!?そんなの聞いてない!聞いてないから!!」

 「おいおいルブレちゃん、今更それはないんじゃない?ちゃんと合意の上だよなぁ。」


 おっさんは下卑た笑みを浮かべ品定めをするようにルブレを見ている。ルブレは涙目でこちらを見ている。


 「ま、またお金出してくれますよね……?」

 「無理だ。金銭的な意味合いじゃなくて、今回の賭けの条件は金じゃないからな。」

 「どぼぢでぞんなごどい゛うのぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおぉおお!!」


 ついにルブレは泣き出し鼻水を垂らして俺に縋り付く。そんな様子をおっさんらは笑いながら見ていた。とりあえず俺は手札を見る。低数字のソルジャーばかりだ……。加えて相手は捨て場を全回収したのが二人、ルブレの手札を全交換したのが一人……。ん?


 「なんだ、ルブレ……この勝負、今のでついたじゃないか。」

 「ははは、そういうこと。降参してもいいぜ。」


 俺の言葉におっさんは上機嫌に答え、ルブレは顔面蒼白となり固まっていた。俺はそんなルブレの頭に手を当てて席を替わる。


 「プレイヤーチェンジだ。別にいいよな?ルールでは参加者全員の許可があれば認められたはずだ。」

 「ん?あぁ別にいいぜ。だが兄ちゃんがプレイするからって付き合うのはルブレちゃんの方だからな?」

 「承諾を得たということでいいんだな。」

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