カジノへ潜入作戦
港町の喫茶店。港ということで色々な特産品が運ばれてくるらしく、この喫茶店ではそういうものが多く提供されている。南国果実の種子を煎ったものを湯に溶いてアクセントに香辛料等をいくつか加えた飲み物……コーヒーみたいなものを俺は飲んでいる。
どの世界でもやはり美食に対する思いは強いのか、これはこれで感じたことのない味……甘み、酸味、苦味が交わり得も言えぬ風味と味を演出している。
「ちなみにご主人さまが今、召し上がっている飲み物は一杯で一般労働者の半日分の賃金になります。」
……物価高というか戦争中だからまぁ仕方ないと思おう。幸い救世主扱いされていて領主からお金はたくさんあるのだから。トウコも俺と同じものを頼みティーカップに口をつけている。整った顔と長く綺麗な髪。その一連の所作から礼儀正しさ、育ちの良さを感じさせて、こう黙っていると、まるでどこかのお嬢様のように見えなくもないんだがなぁ……と俺はため息をつく。
「あー!いた!!」
大声で聞き覚えのある声が店内に響き渡る。ルブレだ。ドタドタと音を立てて駆け寄ってくる。店員は困惑しながら見ていた。
「依頼してきたよ!これであとはパパを……いたっ!!」
ルブレは俺たちの席に無造作に座り込み報告しようとしたところでメイに思い切り頭を叩かれた。
「な、なにをするのさ!!折角ちゃんと依頼してきたの……むごごご。」
メイは抗議の声をあげるルブレの口を掴み無理やり喋らせないようにした。
「まず静かに。そしてルブレさん。貴方は馬鹿なんですか?折角私たちとは関わりのないように振る舞い、貴方の父親を探しているというのにそんな大声で私たちの前で依頼したなんて言ったらバレバレも良いところでしょう。分かりましたか?」
睨みつけるメイの剣幕に圧されたのかルブレは半分涙目で首を何度も傾けると、ようやくメイはその掴んだ手を離してルブレを解放する。ルブレは凄まじい速さで席を移動し、俺の隣にしがみつき震えながらメイから目をそらす。トウコの視線を感じる。凄く怖い。
「ま、まぁとにかく依頼できたから良かったじゃないか。あとはどうしよう、聞き込みでもしようか?」
不快感を露わにするメイを何とかなだめつつ話をもとに戻す。
「……そうですね。何もしないよりかはマシだとは思いますけど……どうせなら依頼をこなしたほうが良いかもしれません。」
依頼?何のことかよくわからなかった。ギルドの依頼のことだと思うのだが、今更そんなものを受ける暇なんてあるのだろうか……そんなことを思いながら俺たちは喫茶店を出てギルドへと向かった。
「いや!!絶対に嫌だから!!!」
トウコは珍しく感情を露わにして否定する。そう、メイが言っていた依頼とは遊技場のアルバイトのことである。遊技場でルブレの父親を見かけたが結局聞き込みでは何も得られなかった。では従業員として潜入してみるのはどうかという話だ。
だが問題は服装だ。遊戯場……つまるところカジノクラブに近いようなものらしく、女性はバニースーツを強制されるらしい。
「トウコさん、私たちも着るんですからこのくらい我慢……。」
「知らないそんなの!私はユシャ以外の男に肌を見せるのが嫌なの!!そんな卑猥な格好、他の男に見せること自体が嫌なの!!」
トウコは助けを乞うように俺を見る。正直な話、荒事になったらトウコの力があるほうが良いので、同行してもらいたい。
「ご主人さまからも説得してください。トウコさんの力が必要だと。」
俺が本気でお願いすればトウコは折れるかもしれない。メイはそんな関係を知ってか知らずか俺にトウコの説得を振った。トウコの目を見る。心底嫌そうだ。こんなに嫌がっている彼女を、俺への好意を利用して説得するのはどうしても気が引ける。
「う……うーん……無理だよメイ。俺にはトウコにお願いなんてできないよ……なぁトウコ、従業員として潜らなくても良いから客として俺たちを見張っていてくれないか?何かあったら対応できるように。」
メイはため息をついて「仕方ないですね。」と答えた。
当たり前だが、カジノクラブのホールスタッフなんてのは、やったことない。支給された制服に着替えながらマニュアルを反復する。俺の主な仕事は荷物運びだ。来客の荷物を運んだり、メダルを運んだり……とにかく力仕事。時には暴れる客を止めたりもするらしい。あとは掃除……。まぁつまるところ何の特別性もない雑務ばかりだということだ。
そんな仕事なわけで男は常に人手不足ということもあり、俺は簡単にカジノクラブのスタッフに採用された。だが女性は別。バニースーツという際どい格好をして来客をもてなす。つまり外見が強く審査される。ただその分、高給取りのため採用されるかの倍率が極めて高いという。
ルブレはエルフだということで即採用決定だった。エルフ効果は凄まじいものだ。メイは面接で持ち前の使用人技能をアピールし順当に採用された。
モップを手に取りトイレを掃除する。そのあとはおしぼりの用意、ドリンクの準備……女性スタッフが出勤する前から俺たち裏方は大忙しだ。人手不足なのも分かる気がする。いつまでたっても終わる気がしなかった。
「ご主人さま、ホールの仕事が始まりますので行って参ります。そちらも情報収集はぬかりないように。」
バニースーツに着替えたメイとルブレが挨拶に来た。ルブレは若干恥ずかしげだが、メイは流石なのか顔色一つ変えずに着こなしている。
遊技場の盛況ぶりはまるで、戦時中であることを忘れるかのようだった。いや、もしかすると皆、忘れたかったのかもしれない。つらい現実から。ここは一晩の夢、一時の安らぎ蜃気楼のような場所。派手な電飾や音楽、少しのアルコールはそんな現実から解き放たれ、一時の夢を与えてくれる場所なのだろう。
「まったく、あの人たちも飽きないよなぁ……どこにそんな金があるんだか……。」
先輩従業員は愚痴っていた。遊戯場には常連もいるらしく、ほぼ毎日来ている客もいるらしい。いわゆる上流階級の人間……といったところだろう。外ではお金がなくて住む権利すらないものもいる中で、こうして散財するものもいる。それがこの街の社会構造……。
「媚び売ったらお金くれるかな?」
まぁそれはともかく、俺がここでスローライフを満喫するためには金が必要だ。金持ちがいるのなら是非ともこれを機会に……と思ったのだが男なんて相手にされないらしいし、ケチらしい。まぁ……そんなもんだろうな……。
「あーでもエルフのおっさんは何か気前が良かったな。情報料だとか言って俺たちにもチップくれたわ。また来てくんねぇかなぁ。」
間違いない。ルブレの父親のことだ。最近よく見かけるらしいが、今日の来客リストにはないという。ガクリと肩を落とすが、先輩から詳しく話は聞いた。何でも腕利きの傭兵を探しているとのこと……これは結局見つからなかったので後日、海の向こうから手練れを引き連れて戻ってきたらしい。次に古代文明についてだ。これは傭兵を連れてきてからも、よく尋ねていたらしく、その度にメモをとってチップを配っていたらしい。
「古代文明ねぇ……そんなものあるわけないのにロマンチストだなぁ。」
俺は笑ってその話を流そうとすると先輩は目を丸くする。
「何いってんだ?最近近場で古代遺跡の高難易度ダンジョンが見つかったってニュースになったろ。遊戯場のボーイするなら、世間の話題は知っておいた方が良いぞ。」
古代遺跡がある……近くに……?
良いじゃないか!そういうのだよそういうの!凄くファンタジーっぽいぞ!俺は興奮を隠しきれず先輩に詳しくダンジョンの話を聞く。鬱陶しそうに先輩は教えてくれた。
かつてこの世界に古代文明が築かれていたこと。そしてその文明は途絶えた。ただその遺跡には今も解明されないお宝が眠っていて日夜冒険者たちが挑戦しているというのだ。
その難易度は魔王の領地に近いほど高くなるのだが、此度の港町近くで見つかったダンジヨンはその例から外れて魔王領地から離れているにも関わらず超高難易度だというのだ。
トウコならいけるかな……?そんなことが一瞬脳裏によぎったがすぐに考え直した。流石にそれは酷い話だろ。
「おい新入りいるか!?ホールの手伝いに来てくれ!!」
別のスタッフからお声がかかる。情報収集としては良い成果が得られたと我ながらステップでホールに向かう。流石に成果ゼロだとメイに冷たい目で見られそうだしな。
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