禁じられた聖域

 子供のころ、俺たちはよくお互いの家に泊まりに行っていた。いつもは日が沈んだら別れるけれども、泊まるときは一緒に同じ帰路へ手を繋いで仲良く帰り、部屋で遊びの続きをして、眠たくなったら一緒の布団で寝ていた。

 トウコと初めて出会ったときの印象は、人形みたいな女の子だなという印象だった。

 人形のように可愛い女の子だけど、人形のように大人しくて、いつもぬいぐるみを抱えていた。きっと寂しがり屋なのだろうと思った。

 打ち解けてからは頻繁に一緒にいるようになり、いつのまにかトウコからはぬいぐるみが離れて俺が代わりに傍にいるようになった。


 でもトウコの様子は段々とおかしくなる。同じ布団に入ると息を荒くする時があったり、最近はそんなことなかったのに、布団の中で手を握って離さないで、もぞもぞと落ち着きがない。やたらと距離も近くて、暑苦しくて眠りにくかったこともあった。

 それでも俺は寝た振りをしていた。何でか知らないけど、童心ながら、その時のトウコは怖くて怖くて仕方なくて、起きていることを伝えて、やめて欲しいと伝えると、何かとてもよくないことになるだろうと、直感的に思ってたから。


 朝だ。昨日は熟睡してしまった。本当に長旅で疲れていたのだと実感した。朝日が目に染みる。逃げるように寝返りをうった。……ん?寝返りをうった先に何か柔らかくて温かいものがある。まだ残る眠気を振り払い、目を開ける。そこには、トウコがいた。


 「うぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁああああああああ!!!!!!!!!」


 思い切り声を上げ、ベッドから腰を上げて距離をとる。そして下半身を見る。ズボンは……履いている!トウコは……下着姿だ!どうとるか微妙だ……!

 俺の叫び声に目をこすりながら、欠伸をしてトウコは「おはよう~。」と挨拶をする。


 「いや、おはようじゃないよ!なんでお前がここにいるんだよ!ここ、俺の部屋!!」


 そう、俺の部屋だ。鍵をかけた。出入り口を見る。ドアは壊されていた。絶句した。


 「あぁ……この宿って酷いの。ドアノブが壊れてたみたい。ドアを開けようとしたんだけどね?全然開かないの。まだ私が外にいるのに、ユシャが鍵を締めることはありえないだろうし……。それでもノックして開けて開けてって言ったんだよ。でも全然ユシャの反応がなくて……私、あの時は無視してるのかな?ってちょっと腹が立って……ついついノックに力が入っちゃって、ドアを叩き壊しちゃったんだ。でもね、すぐに私は馬鹿だなって気が付いたの。ユシャったらあんなに大きな音を立てたのに目を覚まさないくらいに熟睡してたから。本当に私、あの時は凄く反省したの。ユシャが私を無視するはずないのに、私のノックを無視してるなんて決めつけて、寝ていることを考えなかったの。それでね、ユシャが起きないようにこっそり音を立てないように私も就寝の準備をして、床についたんだよ。えへへ、でも本当に寝てて良かった。私、頭に血が上ってちょっときついことを言ったから。勘違いであんなこと言っちゃうなんて、私本当に全然だよね。」


 「よく分からんけど、メイがとった部屋はどうしたの……?」

 「え、物置じゃないの?私たちは同じ部屋じゃないのっておかしいし。」


 次からきちんとトウコにはトウコだけの部屋、一人用の部屋だと伝えよう。それでも侵入してくるのなら何か対策を考えなくてはならない。そう固く決意した。


 「あ、ユシャさん、おはようございます~。昨夜、トウコさんが凄い怒ってたけど何なの?何したんですか?」


 部屋を出るとルブレが眠そうに出てきた。大森林のときもそうだったが、元ニートエルフの割に生活リズムはちゃんとしているみたいだ。しかし……昨日のトウコの暴走を耳にしていたのか……気になる……。


 「勘違いだったみたいで、今は機嫌治ってるよ。ところでどんな風に怒ってたの?俺、寝てて……。」

 「え、なんか私の部屋に来てユシャさんを連れ込んでないかとか問い詰めてきたり……いないと分かったら、ドアの前でずっとドンドン叩いて、何かぶつぶつ呟いてて……最初の方はユシャさんに対してずっと謝ってたんだけど、後半は何か恨み言と謝罪が入り混じってドアも乱暴に叩き始めて凄く怖かったよ……。」


 気づかないほど熟睡してて良かった。本当にそう思った。


 「一晩考えてみたんですが、やはりルブレさんの父親を探すにはギルドに依頼するのが一番だと思います。」


 昨日行ったギルドには人探しの依頼もたくさんあったのを覚えている。その内容には死体の捜索もあったりして、この世界の過酷さを物語っていた。


 「しかしメイ、そんなことをしたら俺たちが探していることがバレてしまうんじゃないか?」

 「はい、ですからバレても問題ないような依頼文にするのです。娘が父親を探している……そんな内容でしたら警戒はされないかと。」


 依頼主はルブレということにすれば確かに自然な依頼になる。父親に会いに田舎から飛び出した……ありがちな話だ。ただ問題があるとすれば……。


 「こいつにお金を預けて依頼してもらうということだよな……?」


 ルブレをチラリと見る。昨日遊技場で散財していたことを思うと大金を預けるのは少し躊躇してしまう。間抜け面をしながらぼけーっと聞いていたルブレだったが、俺の訝しげな視線に気づいたのか目をキリッとして俺たちに向き直る。


 「心配しないで!私、ちゃんと一人で依頼できるから!こう見えて森では皆にも頼りにされていたんだから!」


 ルブレは胸を張り手を当てて、満面に自信満々の顔を見せつける。でも俺たちはこいつがニートだったのは知ってるのでいまいち頼りない。だが、昨日の今日だ。勝手にお金を使うことなんてそうそうないはずだ……そう考えたのかメイは小袋をルブレに渡す。ギルドへの依頼手数料と報酬金額だ。


 「依頼が終わったら近くの喫茶店で落ち合いましょう。急ぎなので人探しの相場に少し色をつけています。案内の人にもそう説明してください。無意味に高いと警戒されがちなので……いいですかルブレさん!!?」


 小袋の中身を見て目を輝かせながら「おぉ……。」と我を失いかけていたルブレにメイは大声をあげて注意する。ルブレはその声にビクつきつつ「ひゃ、ひゃい!!」と頼りない返事をした。


 「大丈夫なのかあれ……。」


 立ち去っていくルブレの背中がとても頼りない。変なことにならないといいのだが。


 「……あとでギルドに行ってちゃんと依頼されているか確認します。もし不備があればご主人さま、契約紋を使って彼女を躾けなさい。」


 提案ではなく命令なあたり、メイの怒りというか不安を感じさせた。



 ───港町から外れた海岸沿いの洞窟。その奥地に広がる謎の構造物があった。最近発見された遺跡……即ちダンジョンである。冒険者たちはお宝を探し求め殺到するものの、すぐに断念。その理由は一つ。モンスターではなく高度な防衛システムがまだ生きていたのだ。そのレベルは極めて高く、並大抵の冒険者は殺されてしまうほどだった。ただでさえ視界が悪く狭いダンジョン内。未だ手つかずの場所が多いのはそういう理由である。言うならば高難易度ダンジョンといったところだ。


 「よっ!と……ふぅ……次から次へと湧いてきやがる。旦那ぁ!無事かい?」


 そんなダンジョンに挑むパーティーがまた今日も一組。自動防衛システム。小型、中型の自律AI搭載ロボットが襲いかかる。そのボディは未知の金属で構成されており、並大抵の刃は通らず、そのロボットはマニピュレーター(ロボットのアーム部分)の先端に取り付けられたスタンガンや、単純な動力による物理攻撃を得意とする。

 何よりも問題なのはその数である。遺跡の奥には自動生産工場が存在することが確認されており、不足した分は工場で生産され続けるのだ。

 結果、多くの冒険者が数の暴力により命を落とす。生還した冒険者はこういう。この洞窟は知能が高く、暗闇でも目が利き、攻撃力防御力の高いゴブリンの巣のようなものだと。ゴブリンは数が多いが、一体一体の戦力は大したことがなく、知能も低いので罠にもかかる。だがこの防衛システムは統率された軍隊そのもので、個体ごとの戦闘能力も高い。


 今、無数の防衛システムを蹴散らしているのはS級傭兵として名高い者たち。そしてその後ろには彼らの雇い主。金に糸目をつけず攻略に向かっているのだ。

 彼らは普段はこんな港町にはいない。海を渡り更にその先、魔王が完全に支配する大陸の近くを根城としている。危険なほど、リターンは大きいからだ。そんな彼らをわざわざ集めて、ようやく攻略が可能となるこのダンジョンの高難易度さが伺える。

 攻略は順調に進み、広い場所に出た。前人未踏の地。壁面がなにかの紋様のように緑色に発光していて、奥には生産工場が見えた。百戦錬磨の彼らも思わず声をあげる。これほどまで損壊の少ない古代遺跡はない。依頼されてきたので、此度の攻略のお宝は残念ながら雇い主のものだが、これほどのものなら、個人的に攻略しても良いのではないかと思わせるほどだった。


 「って旦那、どこに行くんで?奥はあっちだぜ?」


 彼らの一流冒険者としての経験と勘が告げていた。お宝はあの先にあると。だが雇い主は見当違いの方向へと向かっている。


 「あぁ、悪いな冒険者諸君。私が求めているのは君たちの求めている宝物ではないんだ。」


 壁に触れると緑色に発光していた紋様の輝きが強くなる。そして構造が変化していき、道ができた。隠し通路である。冒険者たちは期待した。なるほどこちらが本命か。一体どんなものがあるのか、皆が期待に満ちていた。足を進め、奥に進む。その先は小さな小部屋だった。


 「……?旦那?行き止まりじゃないですか。」


 雇い主が部屋の一部に触れると部屋全体が輝き出す。ただそれだけだ。また新たな道ができるとかそんなものはない。


 「うむ、目的は果たした。転移石の座標記録もよし……と。お疲れ様。これで私の此度の冒険は終わりだ。君、町までのワープポータルを出してくれないか?」


 全員が首を傾げるが、まぁ報酬を出してくれるのなら構わない。冒険者の一人がワープポータルを展開する。高度空間移動魔術。保存された座標に一瞬で移動する魔術である。だが……何も起きない。


 「すいません……このダンジョン相当魔力力場が強いようでワープポータルが安定しません。展開はできないですね。」

 「おいおいマジかよ!お前ともあろうものが制御できない力場だっていうのか!?」


 基本的にダンジョン内でワープポータルを展開するには高度な魔術制御能力を必要とする。レベルの高い魔術師であるほど、その幅は広がるのだ。今、ワープポータルを展開しようとした彼女もまたS級の傭兵にして魔道士。今までダンジョン内でポータルの生成ができないことなど無かった。初めての経験だった。S級というのはその希少性から、お互いのことはそれなりに知っている。皆、彼女の実力を承知の上で、ポータルを生成できないという事実……。こんな場所にそんな超高難易度のダンジョンが出来ていたことを理解した彼らは、気を引き締めて通ってきた道を辿り、出入り口へと向かった。

 彼らは気が付かなかった。このダンジョン全体が、来たときよりも少し様子が変わっていることを。まるで生物のように脈打ち、静かに胎動していることを。雇い主のエルフは計画どおりに事が進んでいることに、一人気づかれないよう微笑むのだった。

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