街に潜むもの
「それよりも、奴隷紋ってどういうことなの!?わたし、ずっと街に来てから奴隷エルフだと思われてたの!!?」
「そうですね。誰にも話しかけられなかったでしょう?本来エルフは珍しいので、よく声をかけられるんですが、奴隷エルフだと背後にどんな人物がいるか分からないから迂闊に声をかけないのです。」
「いやだよそんなの、奴隷エルフじゃないのに奴隷扱いされるなんて!ねぇもうちょっと目立たないところに契約紋を移動できないの?ほら……服の下とかなら見えない!」
「できますけど……え、そこは……。」
ルブレは服をめくり、お腹を指差す。ルブレの奴隷紋は今、腕にある。一見タトゥーにも見えなくはないが、よく見ると別物だと分かるのだ。先程の遊戯場の中年もそれで勘違いしたのだろう。お腹の部分なら確かに完全に隠されるとは思うが……。
「ほ、本当に良いのですか……?どちらかというそちらの方が奴隷としてはよく刻まれる場所なんですが。」
「なんだ、本物の奴隷もやっぱり隠したがるんじゃん、良いよやっちゃってよ。」
メイは助けを乞うようにこちらをチラチラ見る。言いたいことは分かる。
「ルブレその……その位置はあまりよくないんだ。そう風水的に不味いんだ。今の位置で良いじゃないか。さっきだとすぐに奴隷紋があるって気づかれなかったわけだし。」
「なんで、そんな意地悪なことばかり言うの?いいじゃん、私が良いって言うんだから。奴隷エルフだって少しでも思われる辛さは奴隷エルフにならないと分からないよ!」
そらエルフじゃないから分からないのは分からないが……うむむ……。
「ご主人さま、仕方ありません。正直な話、先程のルブレさんの言い分には一理あります。異世界から来られたご主人さまはまだご存知ないかと思うのですが、実際のところ奴隷エルフ問題はナイーブな話ですので。ここは本人の意思を尊重しましょう。」
メイの言い方には少し含みがあるような気がした。確かに俺はこの世界の歴史とか知らないし、そう言うからには深い事情があるのだろう。それに紋様の移動は別に何度もできるらしいので、嫌ならまた変えれば良いだけだ。
「えへへ……これで大丈夫!パパにも胸を張って会えるよ!」
「それは良かった……ってパパ?」
ルブレの話だと遊技場で父親の姿を見かけたらしい。もっとも遊戯が盛り上がっているところだったので声をかけられず、終わった時に声をかければいいかと思っていたら……先程の有様になったらしい。また奴隷紋と呼ばれる紋様だったこともあって、父親に助けを求めることも出来なかったという。父親に奴隷エルフになったわけでは無いのに、奴隷エルフとなったように見える自分を見せたくないからだ。
ルブレの父親は確か……母親と一緒に魔王とともに戦うことを選んだと聞いた。ということは魔王軍の一味……最悪幹部クラスという可能性もありえる。それがこの人間の街に潜んでいるとなると……もしかするとまずい展開になるかもしれない。
「ルブレさんはどうするつもりなんですか?父親に会って、魔王軍の傘下に入るつもりなんですか?」
魔王に強い恨みを持つメイは気が気でなく、落ち着きを振る舞うもその語気は少し強めだった。
「正直なところ分からないかな……村のみんなは魔王も人間も嫌いだから関わりたくないって中立の立場を取ってるけど、あの日パパとママはどうして魔王軍に入ることに決めたのか……それを知ってから決めたいと思う。」
「それを私たちが見過ごすとでも?」
ルブレからすると単純に父親と会いたい、父親のことを知りたいというただそれだけの、純粋な気持ちからなのだろう。だがメイにとっては、憎い魔王軍にこれから下るかもしれないということを宣言しているに等しく、到底許容できる話ではなかった。その言葉には苛立ちが含まれていて、思わずルブレはビクッと身体を震わせ、怯える様子を見せた。
「ちょ、ちょっとメイ落ち着けって。ルブレからしたら家族と再会する話なんだ。ここは魔王との関係は切り離して話そうじゃないか。」
「ご主人さま、それでは尋ねますが、もしルブレが父親と話をして、結果ともに魔王軍に下ることを選択した時は、契約紋の権利を行使して、ルブレを自害、あるいは実の父親を殺害するよう命じることができますか?」
「えっ……それは……。」
考えたくないことだった。だが考えてみればメイの話は理にかなっている。敵となった相手は早々に始末するに限るのだ。どんなリスクに繋がるかも分からない。ルブレがこれからしようとすることは、即ちそういうことなのだ。
「でもルブレは……父親に会いたいんだろ……それは止められないよ……もしその結果、俺たちと敵対する選択をとるのなら……その時は……。」
ルブレにとっては大事な決断だ。両親をとるか、それとも今までの生活をとるか。だが……普通に考えれば両親をとるに決まっている。自業自得とはいえ、ルブレははぐれエルフ。エルフとしての生活に……未練などあるはずがない。
「契約紋の所有権を破棄する。だって、そんなもので縛り付けて、ルブレの大切な選択を強制したくない。誰だって自分の意思、身体の自由が強制されている中で、正常な判断なんてとれるわけないんだから。」
「それでどうするんです?あなたは、ルブレと敵対して、戦うことが、その手を血で汚すことができるんですか?」
「……もし敵対することになったんなら戦うよ。だって魔王軍は人間に対して酷いことをしているんだろ?もしルブレがそれを承知の上で魔王軍に下るなら……その時は覚悟するさ。でも……その判断はルブレの意思に任せたい。契約紋なんてものに引っ張られないで、自分の意思で決めたことなら、俺も納得が行くから。」
俺に戦う力はない。きっと戦うのはトウコだろう。トウコは多分容赦なくルブレを殺すと思う。でも、そうなることを知っていて、黙ってみているのなら、俺も同罪だ。きっとメイもそのことを確認しているのだろう。俺の覚悟を、本当に人の為に生きることを考えているのかと。
俺はこの港町に定住しスローライフを目指している。だが……時には街の住人として戦わなくてはならない時が来る。救世主であるとか関係ないんだ。街の一人の人間として、魔王軍と戦う時が来るのならば、例えそこにルブレがいたとしても、その時は戦うと、俺は決意した。
「……はぁ。ルブレさんの親子関係は尊重するけど、人間と魔王との戦いも覚悟していると……。お人好し。甘い考え……。でも、そうですね……だからこそご主人さまは救世主として選ばれたのかもしれません。そんな考えでこの先、生きていられるよう補佐するのが、私の務めなのかもしれませんね。」
呆れた様子だった。だが、それは決して馬鹿にしているわけではない。そんな甘い考えが、悪くないと、ため息を吐きながらも、メイは微笑んでいた。そして再度誓ったのだ。こんな、ご主人さまだからこそ、全力でお守りしなくてはと。悪くない気持ちだった。
「あ、あの……それで……私はパパに会いに行って良いんでしょうか……。」
「良いよ。良いけど……魔王軍なんだよな、何で港町に平然といるんだ?」
そう、根本的な問題がある。なぜ魔王軍であるルブレの父親が街にいるのか。それは即ち、街に魔王軍の侵入を許したことになるのではないか。
「考えられるとしたら……裏切りですね。ルブレの父親か、この街の誰かが……。」
「つまりパパやママが魔王軍を裏切ってたら、ユシャたちを裏切ることにもならない……!?」
「まぁそうなりますね。その場合は貴重な情報源ですし、私たちも全力で保護することになります。」
どちらにせよ難しい話だ。遊戯場で見かけたと聞いた。ルブレの父親ということは同じエルフ……聞き込みをすればすぐに分かりそうだ。
俺たちは遊戯場に向かい、ルブレの父親を探した。だがいくら聞き込みをしても見つからない。見間違いじゃないのか?ルブレに問いかけたがそんなことはないと頑なに否定する。そうして時間は過ぎていき、気づいた時には日が暮れていた。
「ルブレさんの言う事が本当ならば、魔王軍がこの街に潜んでいるという由々しき事態です。ご主人さま、観光はもう十分の筈です。救世主であることを明かせば、この街の有力者たちは力になってくれます。警備隊に情報を共有させて、しばらくの間、怪しいエルフがいないか探りましょう。」
正論だ。この上なく正論だ。しかしメイもわかっているはずだ。俺が本当の救世主ではないことに。ルブレはメイの意見に賛成で早く、偉い人のところに行こうと息巻いている。
しかし俺の本来の目的は一つ。この街に定住しスローライフを送ること。だというのに、また救世主を騙り人々を騙して、実は違ったなんて言うと、一体どんな吊し上げをされるのかわかったものではない。
「お、落ち着けよメイ。恐らく魔王軍には救世主によって幹部が二人あっという間にやられたことが知られている。つまり警戒しているはずだ。そんな中、魔王軍が潜入している街にその救世主がいるなんて知ったら、潜入している魔王軍はどうすると思う?」
「潜入任務が困難であると判断し、撤退する可能性がありますね……。なるほどつまり……潜入している魔王軍を捕まえるためには同じように街に潜入し捕まえる必要があると。」
出任せだが、かなりもっともらしい理由ができた。メイもルブレも納得してくれたようで、身分を隠し続けることになった。
「ではひとまず宿に戻りましょう。人海戦術は使えないとなると……探し方を工夫しないといけませんね。」
何気に久々の屋根の下での休息だ。
ずっと大森林の中で野宿していた。しかも部屋にはシャワーまでついている。久しぶりに浴びるシャワーはとても気持ちがいい。汗と汚れを落としてくれた。文明のありがたさをこの身に感じた。そしてベッドに倒れ込む。一気に眠くなった。
当然だ。ずっと歩き続け、硬い地面での野宿。それが久しぶりに屋根の下でふかふかのベッドで眠れるのだ。身体は、本能はもう眠れと訴えている。
抗う理由などない。俺はその欲望に身を委ねて目を閉じて、ぐっすりと眠りについた。
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