奴隷紋

 「どうしたのその怪我!?大丈夫??」


 宿につくなり、トウコは俺に駆け寄る。俺は先程、起きた出来事を説明した。トウコの毛が逆立つ……ような気がした。そのくらい強い怒りの感情がこちらにまで伝わってきたのだ。


 「殺そう。ううん、ただ殺すのは駄目だよね。ユシャに手を出したことを一生後悔させなくちゃ。まずは両手両足を少しずつ削っていって、そのあと豚の血でも浴びせて魔物の巣に投げ込むのなんてどうかな、生きたまま食わせるの。それをまずその三人組のうち、一人にさせて残った二人にその様子を見させるの。主犯格……ユシャを痛めつけた奴は最後まで手を出さないで、仲間が無様に命乞いをしながら死んでいく様子を見せましょう?大丈夫、全部上手くやるから。そいつら今、どこにいるの?名前と顔、特徴は?」


 「いやいや、良いよ!そんなことしなくても!!俺は無事なんだから!!」

 「もう……甘いよユシャは……で、でもそういうところが……。」


 俺の必死の訴えを理解してくれたのか、トウコは矛を収める。これからどうやってここに定住して、魔王討伐なんて厄介事から逃げるか考えないといけないのに、トラブルなんてごめんだ。


 「あーあんたがユシャさん?待ってたよ。」


 柄の悪そうな中年に声をかけられる。傍らにはルブレがいた。中年は俺に押し付けるように、ルブレの背中を突き飛ばす。バランスを崩しそうになったルブレを抱きかかえた。後ろでトウコの歯ぎしりが聞こえた。怖い。


 「あんたねぇ、持ち物はちゃんと管理しないと駄目だよ。あんたんとこの奴隷、文無しで遊戯場で派手に楽しんじゃってさぁ、まぁ……うちとしては払ってくれりゃ良いんだけどさ、手間かけさせないでくれねぇか。ほら。」


 領収書のようなものを渡された。遊戯利用料金だそうだ。先程俺がピンボールですられた金よりも遥かに多い。


 「ルブレお前何してんの?」

 「い、いやぁその……有料だとは思わなくて……ふひひっ……。」


 悪びれた様子もなく、ごまかすようにルブレは笑った。


 「わざわざ、こんなところで待たなくても、こいつに身体でも何でも使って払わせれば良かったんじゃないです?」

 「そうしようとしたさ。ただ、いざ奴隷紋を刻もうとしたら、既に刻まれてるじゃねぇか。奴隷紋の上書きはできねぇんだよ。エルフなら奴隷として高く売れるからそっちのほうがこちらとしても助かったんだけどよ。既に別の奴隷紋を刻まれてるエルフなんて価値ねぇんだよ。」

 「奴隷紋?」

 「契約紋のことです、ご主人さま。契約紋は契約内容によってその紋様が変化するんですが、私たちがルブレに刻んだ紋様はその中でも特に強制力の高いもの。故に奴隷紋と呼ぶ方もいます。」


 確かに「何でもする。」という契約なら奴隷と変わらない。いや奴隷以下のような気もする。


 「つまり……ルブレに商品価値はないって……こと……!?」

 「いや、そうでもねぇよ。おたくが所有権を放棄すれば奴隷紋が消える。そうすれば、俺が奴隷紋を新たに刻むから問題ない。そっちのがこちらとしても嬉しいねぇ、へへ。」


 領収書を見る。結構な金額だ。ルブレを見る。まだへらへらと笑っている。


 「ルブレ一人でこれだと釣り合わないなぁ……。」

 「お?乗り気だね、じゃあうちに来てくれよ。交渉しよう。安心しな、相場に見合った金は支払うつもりだぜ。」


 「ユシャさん!?ちょっと待って!!?」


 中年と出かけようとする俺をルブレは縋り付くように服を引っ張った。


 「いいじゃん、きっと良いご主人さまに巡り会えるって。立場は変わらないんだから、別に損する話じゃないし。」

 「全然変わりますよ!?ユシャさんこいつの表情見て分からないんですかぁ!!?私のことさっきから舐め回すような視線で見てるじゃないですかぁ!!性奴隷にされるの目に見えてるじゃないですか!!」

 「そうなの?」

 「いや、そんなことないよぉ、優しくするよルブレちゃん?」


 中年は猫撫で声でそう答えた。だが目つきは明らかにルブレに対して下劣な目で見ているのは明らかだった。


 「無理無理無理!気持ち悪い!!ゆ、ユシャさん、冗談ですよねぇ?ほ、ほら同じベッドで寝た仲なんですよ!?一晩二晩ともに過ごした仲なんですよ!?そ、そんなかけがえのない仲間を売るなんて……しないですよね!!?」


 確かに事実なんだが、一々誤解を生む言い方は本当にやめて欲しい。


 「ちっ、やっぱやることはやってんのかよ。まぁ当然か……悪いな兄ちゃん。だとしたらちょっと商品価値は落ちるぜ。」

 「ほらぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!もう完全に隠す気ないじゃないですかぁぁぁぁ!!お願いしますぅぅぅぅ!!見捨てないでくださいよぉぉぉ!!謝るからぁぁぁぁあ!!」


 そう言いながらルブレは涙を流し、鼻水を垂らしながら懇願し、土下座した。正直、謝る気皆無だったルブレをちょっと懲らしめるつもりだったんだが、流石にここまでされると、こっちが悪者の気分になる。


 「る、ルブレ……分かったから顔を上げろって。ほらメイが戻ってきた。」


 指差すと、そこにはメイが袋を持ってやってきた。領収書をメイに見せて既に目配せをしていたのだ。金額が金額なだけに、流石に手持ちでは足りないので、メイに宿のロビーにある換金所で換金してもらった。


 「おまたせして申し訳ありません。金額が金額でしたので……手形での支払いは認められていないかと思いますので、用意に時間がかかりました。どうぞお受け取りください。」


 俺はメイから金の入った袋を受け取り、そして中年に渡した。中年は困惑しながらも袋の中を見ると目を輝かせ機嫌を良くする。


 「へへっ旦那ぁ、冗談が過ぎますよぉ。思えばそんな上玉な奴隷エルフ持ってるならこんなはした金用意するのなんて問題ないってことですよね……またのご贔屓を!」


 何度も頭を下げて中年は去っていった。俺は手を振り丁重に見送ってあげる。そんな様子を呆然とルブレは見ていた。


 「……冗談にしては酷すぎるよ!!エルフを何だと思ってるの!!?」

 「悪い悪い。だって立て替えろ何て当たり前のように言われたらさぁ。」

 「信じてたんだよ、ユシャなら……私のためにお金を払ってくれるって……なのにそんな……売り飛ばすなんて……。」


 何で俺が悪いみたいな態度になってんだこのエルフ……どういう思考回路してたらそうなるんだ……。


 「はぁ?ユシャがメスブタエルフとはいえ人身売買に加担するわけないじゃない。信じてたんなら最後まで信じなさいよ。私は最初から最後まで、ユシャは売るつもりがないって分かってたよ?悔しいけど。」

 「トウコさんの言うとおりですね。いくら軽蔑に値する相手でも、人身売買に手を出したら私も見限っていました。もっともご主人さまがそんな人間ではないことは分かっていましたから、アイサインですぐに察せたのですが……それはそれとしてルブレさんは少し反省した方が良いですよ。」


 意外なことにメイも俺を信用してくれていたようで少し、気が楽になった。トウコはメイを見て「私の方がユシャのこと信用してるけど?」と謎の対抗意識を見せるが、まぁいつものことだ。


 「う……うぅ……ごめんなさい……その……初めてのことばかりだったからついはしゃいで……そもそもお金がいるなんて知らなかったの……。」

 「ん?そうか、そういえばエルフ社会にはお金ってそもそもあるのか?」

 「ないよ、皆で助け合うって考えだから、そもそも物を売り買いするって考えがないの。個人のものなんてのはない。財産は全てみんな共有のものなんだよ。」


 文化の違いという奴だ。それならまぁ確かにルブレにも同情する面もある。単純に知らなかったのだから仕方のないことだ。遊び放題遊んで、突然お金を請求されてパニックになるルブレの姿が目に浮かぶ。

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