一寸先は奴隷
ついでなのでギルドで依頼の来ている仕事を眺めることにした。何かを集めたり倒したり……何でも屋みたいな感じだ。何かを集めるだけなら俺にでもできそうだけど、まぁ魔物が跋扈するこの世界、外に出歩くこと自体、一般人には危険なのだろう。
「ユシャ、約束の時間は大分過ぎたけど大丈夫なの?」
珍しいものばかりなのでギルドの依頼書やらを眺めていたのだが、もう結構な時間が過ぎたらしい。確かメイの話だと一刻と言っていた。
「一刻ってどのくらいの時間なんだっけ?」
「30分。もう2時間くらいここにいるよ?あのメイド、心配になって探してるんじゃない?」
それはまずい……急いで帰らないと。だが……今、ギルド内に置かれていた遊技台……ピンボールのようなものだが、その玉が残っていて手が離せないのだ!
「ごめん、トウコ!先に帰ってメイに伝えておいてくれない!?すぐ追いかけるから!」
「はぁ……仕方ないな。もう、これは貸しだからね?」
トウコに貸しを作ってしまった。いやよく考えたら貸しばかりなんだけど、こうしてトウコが貸しだと言ってきた事実が少し怖い。何を要求されるの……?やっぱり待ってと言いかけたが、もうトウコはギルドから立ち去っていた。
「店員さん!もうこのピンボール良いから、終わらせてくれない!?」
「ごめんね兄ちゃん、それ途中退場は禁止されてるのよ。代打ちもNG。頑張って全部消費しな~。」
「畜生!ハメられたぜ!!」
俺は結局、ひたすらとにかく負けに負け続け、プレイ料金という名目の賭け金をかなり搾り取られた。領主からお金はたくさんもらってるけど……こんなのつらいよ……。
「はぁ……はぁ……!」
俺は街中を走っていた。遅れれば遅れるだけトウコの"貸し"が重くなりそうな気がしたから。そして、そもそも俺はこの世界でトウコに貸しを作ってばかりなのだ。だから、どんな要求をされても……正直俺は受け入れてしまいかねない。そのくらいそもそもトウコから受けてる貸しは大きいのだ。だからせめて、その貸しが小さくなるよう、精一杯の抵抗として、こうして走っている。
「やめてください。私はご主人さまを探しているのです。」
聞き覚えのある声がした。声がしたのは裏路地の方だ。ああ、よせばいいのに俺は裏路地の方へと足を運んだ。
「ご主人さまだってよ、へへ……良いじゃねぇか少しくらい。何なら俺が新しいご主人さまになってやろうか。」
「結構です、私は急いでいるので失礼します。」
「まぁ待てよ、ご主人さまなんか忘れて俺たちと楽しくやろうぜ?こんなかわいいコを放ったらかしにするご主人さまなんだ、どうせろくな奴じゃないんだろうよ?」
「ご主人さまへの冒涜はやめてください。今すぐ訂正してもらえませんか。」
「訂正だってよぉ?へへっどうすっかなぁ~?」
そこにいるのはメイだった。トウコの言うとおり、俺が帰ってくるのがあまりにも遅いので街を探しに出ていたのだ。
「おい待てお前ら!メイから離れろ!!」
「あぁん?なんだお前?」
考えるよりも身体が先に動いていた。相手は暴漢三人。適うはずがない。だがそれでも、黙って素通りするわけにはいかなかった。
「俺はメイのご、ご、ごしゅじ……いや雇い主だよ!今すぐ離れろ!」
「はぁ?しらねぇよそんなの、今なら見逃してやるから早くどこか行けよ。」
俺を無視して暴漢はメイの腕を乱暴に掴む。俺はその暴漢の腕を掴んだ。
「あぁんなんだお前?」
「だから離せって言ってるだろ。彼女も嫌がっているのが分からな」
突然、目の前が一瞬真っ白になった。顔面を思い切り殴りつけられたのだ。俺は無様に尻もちをつく。
「あぁ~イラつくなぁおい!なんだお前、お姫様を助けに来た王子様のつもりか?そういうくっせぇのはよぉ!俺が一番いらつくんだよ!!」
倒れ込む俺に暴漢は思い切り、蹴り上げた。喉の奥から酸っぱいものがこみ上げる。メイの悲鳴が聞こえた。
「なんだこいつ、よわっちい。へへ、メイドちゃんこんな奴より。あ?」
足はふらつき、気分が悪い。恐らく鼻血も出ているのだろう、鼻から呼吸がしにくい。だが、倒れるわけにはいかなかった。何としても彼らを止めなくてはならない。その思いが俺の身体を奮い立たせた。
「あー……マジでいらつくわ、そういうの。とっととくたばれよ!」
思い切り振り上げてきたテレフォンパンチ。これなら俺も躱せる。受け流せる。ほとんど体力がないが、その力任せの拳を俺は掴んだ。
「はぁはぁ……やめろってだから……そういうの……。」
「うるせぇよ!」
蹴飛ばされた。吹っ飛び地面に転がる。咳き込む。骨を少しやられたかもしれない。
「うっぜぇ……もう殺すかぁこいつ。」
ナイフを取り出し暴漢を俺に向けて振り下ろす。暴漢の目は完全に正気を失っていた。これは死んだ。あぁ……なんてついてない人生だ。異世界転生しても変な連中に絡まれて死ぬことになるなんて……。俺は目をつぶり覚悟を決めた。
……。
…………。
ん?おかしい。ナイフが刺さらない。俺は恐る恐る目をあけた。そこには暴漢がナイフを落とし、呆然としている姿があった。よくみると、指が異常な方向に曲がっている。
「な、なんだよこれ!俺の指はどうなってしま」
自身の指に気が付き、悲鳴をあげようとしたその瞬間、暴漢の一人は壁に叩きつけられる。壁に大きなヒビが入った。暴漢の顔は血まみれで原型を留めていない。そしてその傍らにはメイがいた。
「暴漢とはいえ、大切な民ですから穏便に済ませようと思ったのですが……流石にご主人さまの命との天秤となると、あなた方は比較する価値すらありません。」
メイは服についた埃を払い、余裕綽々といった態度で、残った暴漢たちに視線を向ける。
「て、てめぇ!何をしやがった!!」
暴漢たちはそんな姿に怯みもせずにメイに襲いかかるが、一人は腕を折られ、更に地面に叩きつけられて背骨を強く打ちのたうち回っている。もう一人は更に悲惨で、持っていたナイフを利用され逆に自身の腹部に突き刺さる。そこでやめれば良いものの、下手に意地をはり、金的を食らう。プチュッと嫌な音がした。泡を吹いて失神する。
「ご主人さま、大丈夫ですか?私のことでしたらご心配なく。私は従者です。元々護衛のための護身術もある程度収めているので、ある程度の魔物は勿論、このようなチンピラに負けるほど弱くはありません。」
「あ、あぁ……そう……だったの?いらないお世話だったかなぁ……。」
気まずい沈黙が流れる。とんだ道化だ。恥ずかしくて赤面してしまう。
「と、ところでそのご主人さまっていうのは何?」
「身分を隠すよう言われておりますので。ご主人さまでも間違ってはいないかなと。不愉快でしたら別の言い方にしますが。」
確かに言われてみるとそうだ。折角、救世主であることを隠すように伝えているのに、救世主様だなんて呼ばれたら意味がないにもほどがある。しかし……メイの疑念の目が気になって仕方ない。先程の醜態は言い訳のしようがない気がする。
「……ご主人さま。失礼を承知でお尋ねしますが。」
「ひゃ、ひゃい!!」
緊張で舌を噛んだ。情けないことこの上ない。
「ご主人さまは本当に魔王を倒す力があるのですか?」
「そ、それは……強すぎる力を抑えるために一般人には手を出せなくて……。」
「力を持つものなら、手加減の技も身につけている筈です。それに、ただの一般人の攻撃で怯むことも、怪我をすることもありません。」
終わった。言い訳のしようがない。俺の正体がバレてしまった。
「俺がもし……救世主ではないとしたら……?」
「ルドンの法にのっとり、今すぐ拘束して奴隷にします。」
ルドンは異世界転生者に恨みでもあるのかよ、畜生……。逃げ出すか?いや駄目だ。先程ボコボコにされたせいで足腰に力が入らない。冷や汗が出た。
「なぜ救世主を騙ったんです?弱いのに……。」
「ち、違う!騙ったわけじゃない!何かいつのまに皆がそう言い出して……!何のことかも分からないうちにこうなったんだ!!」
「でも魔王軍幹部を倒したのは事実です。私の前でも一度。それはどう説明がつくんですか?」
「トウコだよ!あいつが本物の救世主様なんだよ!なのに何故かあいつも俺のことを救世主と呼んで……!」
「トウコ様が……?なるほどだから森でもあの方しか戦っていなかったんですね……。」
メイは納得したかのように頷く。そして俺との距離を詰めた。
「では貴方は救世主様に縋り付く寄生虫というところでしょうか。」
返答次第では容赦しないという感じだ。俺は生唾を飲み込む。もう本当の目的を今、ここで話すしかないと思った。
「違う!さっきも言ったとおり何故かトウコが俺のことを救世主扱いしているんだ!俺はトウコに振り回されてるだけなんだよ!信じてくれ!!」
頭を下げてどうにか信用してもらう。奴隷なんて真っ平だ。そんな真摯な想いが伝わったのか、メイは分かりましたから頭をあげてくださいと答えた。俺は顔をあげる。頭を下げれば気持ちは伝わるのだ。
「最後に……どうしてそんな弱いのに、私にバレたらまずいと分かりきってたのに、先程勝てもしない相手に挑んだんですか?ご主人さまにとっては利点は一つもございません。」
「えっ……いやそれは……仲間のメイが困ってるんだから助けるのは当たり前だろう。原因は俺にあるんだし。」
メイは柄にもなく少し狼狽えた。彼は何の打算もなく、ただ助けたいと思ったから動いたという。その表情に嘘は見えない。心の底から、本心でそう言っているのだ。それがまるで、当然のことのように。
幼い頃から、領主に仕えていたメイは大人の社会、派閥争いを兄とともに見てきた。故に自然と、そういった社会で生き延びる術も身につき、結果兄は特使にまで登りつめ、自分は領主直属の従者としての立ち位置を得られた。この年で、平民出身の女性としては最上位の立ち位置だ。
故に彼の考えは理解できなかった。いい年してそんな後先考えず行動ができるなど、どうかしているのではないかと。幼稚。率直に言ってそんな感想が浮かぶ。だが……その幼稚さは羨ましくもあり、大切にしたいとも思った。いずれは失う、誰もが持っている当たり前の善性。それは……かけがえのないものだと。
「なるほど……ご主人さまの考えはわかりました。領主様に突き出すのはやめにします。このことは……私の胸の奥にしまっておきましょう。ご主人さまにはまだまだ、やるべきことがありますから。さぁ早く宿に戻りましょう。皆さんお待ちです。そうだ、治療もしないと。」
メイは微笑んでそう答えた。
つまりそれは……お前の弱みは握ったから余計なことをしようとするとバラすぞということか!?そう思うと、その微笑みがサディスティックなように見えて、これから何をさせようかと企んでいるように見える。
カバンからガーゼのようなものと薬を取り出し、ガーゼに染み込ませて俺の患部に当てる。少し染みて痛くて、思わず声をあげる。
「多少、痛むかもしれませんがこらえてください。放っておくと化膿や感染症の原因になるので。」
メイと顔が近づく。患部は顔面なので当たり前だが少し気恥ずかしい。口の中を少し切っているようで、綿棒のようなもので何かを塗りつけられた。それから鼻の穴の中……殴られた部分にガーゼを当ててテープで固定……手慣れたものだった。
痛みに懸命に堪える俺の姿を見て、メイはずっと微笑みながら治療を続けた。治療行為なのだから当然、感謝の気持ちが湧く反面、それが何というか……メイの加虐嗜好を垣間見るような気がして少し怖い。
「ふふ、お疲れ様です。よく我慢できましたね。さぁ宿に向かいましょう。」
「は、はい……わかりました……あ、あのメイさん。お荷物お持ちしましょうか?」
「……?いえ、従者の私の荷物を持たせるなどあってはならないことです。お心遣い感謝します。」
俺は震えながら、メイに対して若干敬語を交えつつ、ご機嫌をとりながら宿へと向かった。
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