港町ルフトラ

 久しぶりに太陽の日差しを見た気がする。大森林の中は大樹の葉が光を遮り、薄暗く、じめじめしていた。そう、俺たちは無事に大森林を突破したのだ。


 「こっち、こっちです!ほら早く来て!」


 ルブレは何かを見せたいのか、丘の上に立ち、俺たちを招いている。


 「救世主様、どうぞ先に行ってください。」


 メイは察しているのか少し微笑み、俺に先頭を譲った。俺たちはルブレを追いかけ丘の上に登る。

 そこには一面の海が広がっていた。遥か彼方に水平線が見える。そして手前には、巨大な城壁に包まれ、城壁の上にはバリスタや大砲が配備されている。巨大な船がいくつも停泊している。巨大な建造物もいくつか見える。多くの人で賑わう港町が見えた。


 「見えましたか。あれが城塞港都市ルフトラ。人類の重要拠点の一つであり、魔王の拠点に向かう最初の足がかり。ルドンの民も、ルフトラとの交易で様々な恩恵を得ているのです。そして救世主様、あなたがお守りくださる、都市でもあるのです。」



 ルフトラの入る際もルドンと同様に門番の許可が必要だった。その辺りは抜かりなく、メイは持参していたルドン領主発行の通行証を見せることで許可される。この通行証の効果は絶大で、本来問われる訪問目的も回答不要となるのだ。そんなんで大丈夫か?とは思うけど。

 奇妙なのはそんな巨大な門と塀の外に、いくつもテントのような簡易住居があることだ。遠目では何かの露店かと思ったがそうでもない。一体何なのか、不思議ではあるが、どうでもいいことでもあるので、気にせず街の中へと入る。


 「さて、救世主様。これから魔王の拠点に向かうのに船を確保する必要があります。ですがルフトラの人たちも皆、救世主様の予言はご存知です。既に二人の魔王幹部を倒した実績に加え救世主であることを明らかにすれば、すぐにでも調達できるでしょう。」

 「あーそれなんだけどさ、メイ……この街で俺が救世主と公表するのはやめない?」

 「……?どうしてでしょうか?救世主であることを伝えれば皆さん協力的になってくれます。本来であれば時間をとる手続きも優先して進めてくれるでしょう。申し訳ございません。従者風情が出すぎた真似とは思いますが、理由を教えてもらえないでしょうか。」

 「えっと……その……ほら救世主だと分かったら皆、騒ぎ出すじゃん?まずはゆっくりと観光したいんだよ!」

 「観光……?何を言っているんですか……?魔王を倒すことと関係があることですか?……救世主様。あなたは本当に魔王を倒すおつもりがあるのですか?」


 メイの目が若干陰る。まずい、観光は失言だったかもしれない。メイからすると俺は救いのヒーローで……こんな絶望的環境から救い出してくれる存在の筈だ。それが悠長に観光だなんて言い出したら……怒りを感じるし、疑念も湧くかもしれない。


 「い、いやほら!メイは知らないだろうけどさ!俺は知ってのとおり別世界からやってきたんだ!つまり……この世界のことを全然知らない!つまり世界のことについて知らないといけないんだ!どんな些細なことでも!もし魔王と対峙する際に、そんな些細な知識不足がきっかけで遅れをとり負けてしまったら……メイだって嫌だろう!!?」

 「…………そうですか。失礼しました。私如きが救世主様のお考えに意見しようなど浅慮でした。どうぞ私への折檻をしてください。」


 メイは頬を差し出すが、俺は丁重に断る。メイは納得……しているようには見えない。流石に言い訳として苦しかった。これは早いところ、生活基盤を作って本当のことを話し、救世主ごっことおさらばしなくては。


 「……宿の手配をします。あちらの大きな建物が見えますでしょうか。救世主様でしたらこの街の有力者に頼み込めば別荘を借り受けることも出来たかと思いますが、身分を隠すようでしたら、あの一般用の宿泊施設を利用するしかありません。ご不便をおかけして大変申し訳ありません。時間をとるので皆様がたは辺りを散策していてください。街の案内板はあちらにあります。そうですね、一刻もすれば部屋に入れると思いますので。」


 メイは深々と頭を下げて、宿泊施設へと向かっていった。

 俺たちはメイに言われた案内板を見た。ギルド……職業斡旋所みたいなものだ。それに酒場、飲食店、商店、遊戯場、工場に軍隊の詰め所。なんでもこの街にはある。

 何はともあれ定住するためには住居を構えなくては話にならない。この世界の住宅環境はどうなっているのだろうか。不動産屋とかあるのか?役所に申請とかいるのか?探してみるがそれらしき施設はない。となるとギルドに併設しているらしい案内所とかいうのが候補だろう。


 「……うーん、人間の文化ってよくわからないんだけど、どこか楽しいところがあったりするの?」


 ルブレは案内を見てもピンとこない様子で、どこに行けば良いのか分からない様子だった。


 「それならこの遊戯場ってところにでもいけば良いんじゃないのか?遊べるところだと思うぞ。」

 「遊び場!分かった行ってくる!!」


 よし、邪魔者はいなくなった。俺はこっそりスローライフ計画を進めるのだ。案内所へ向かおう。


 「……トウコさん、どうしてついてくるんですか?僕は案内所に行くだけだから何も楽しくないですよ。」

 「そうなの?大丈夫よユシャ。私はユシャがいるならなんでも楽しいから。」

 「いや俺が楽しくないんだが。」

 「なに?」


 くそっ、いい加減、こらえることを覚えるべきだ。トウコの俺の気持ちを微塵も考えない身勝手な意見は今に始まったことではない。ほら見ろ、また不機嫌そうに俺の言葉を待ってる。ああ、それでいて半分期待している目でくそったれ。


 「そ、その……俺はトウコに楽しんでもらいたいのに、そんななんでも楽しいなんて言われたら、誘う側からしたら面白くないだろ!まったく困ったもんだなぁ!!」

 「もう、そんな分かりきったこと今更言わなくても……。大丈夫だよ、わたしが本当にユシャにしてほしいことがあったら、そのときはちゃんとお願いするから。」


 今まで本当にしてほしいことはなかったの!?俺は喉元からツッコミが出かけたが何とか抑える。一体、何をお願いするつもりなんだこいつは……俺はその時が来る前にどうにかトウコから逃げ出すことができないか、それだけを考えた。


 「ギルドまで遠いね、ねぇ見てこの裏路地通れば近道にならない?」

 「なんか疲れたなぁ~見てここ。完全個室で休憩できるんだって、少し休まない?」

 「ボートがあるよ!しかも割としっかりしてる!ねぇ借りてみない?誰も邪魔の入らない海の上に行こ。ほら早く。」


 トウコはあの手この手で案内所に着くまで、俺を人気のない場所へと引きずり込もうとしていた。当然俺は、その度に言い訳をしてなんとか回避する。二人きりになった途端これだ。しかも最後にはボートで海に出るだって?完全に逃げ場のない環境に俺を連れ込んで、一体どうするつもりなのか、考えただけで鳥肌が立つ。

 そんな貞操の危機を感じながらも、何とか案内所にやってきた。受付に旅行者であることを伝え、定住について話をする。


 「あぁ定住希望者ですね。申し訳ないです、定住するには何か実績が必要なんですよ。」


 案内所の人が言うには、この港町ルフトラは人類の防衛拠点として重要性が高いことから、魔物に対する備えは非常に強いという。それは即ち安全であることを意味するのだ。魔王軍によって難民となった人たちの多くがそんなルフトラの噂を聞いてやってくるものの、その全てを受け入れるとパンクするため、何か一芸を持ったものでなくては受け入れないという制度となっているようだ。


 つまり、街の外にあった簡易住居。あれは街に受け入れられなかった人たちなのだ。それでも他所よりは安全だから、ああして塀の外に住居を構えているということだ。

 更に悪いのは、彼らは完全に出入りを禁止されていないという点。住居こそは街の外だが、労働者として毎日入ってきているという。つまりこの街は、この綺羅びやかな繁栄の裏で、とてつもない格差社会が出来上がっていたのだ。


 「そりゃあ、メイも救世主の身分を明かさないことに不満になるよな……。」


 俺は頭を抱えた。俺が求めていたのは異世界スローライフで、異世界スラムライフではない。誰があんな社畜みたいな生活を異世界に来てまでしないといけないのだ。


 「ねぇユシャ、定住ってなんのこと?」


 そして困った。まさかこんなに定住が困難であると思わなかったので、もうトウコには俺の本当の目的を知られても良いかと思っていたが、ここで生活基盤を作るのが困難……目処がまったくつかない今、果たして話して良いのか悩ましい。

 言いよどむ俺の表情を見て、トウコは察したのか顔を真っ赤にして目線を逸らす。


 「魔王を倒した後の、私たち二人の住まいを探してるってこと?も、もう気が早いよ……。」


 んなわけねぇだろ、何でそうなるんだよ。

 何を言い出すか察しがついてたので、俺も事前に口を抑えて何とか思いとどまる。


 「ユシャ?どうしたの?口を抑えて……大丈夫?」

 「だ、大丈夫……ちょっとその……うんちょっとあれなんだ。」


 実績として一番、わかりやすいのは金だ。実際、難民の中には傭兵業を営むものもいて、危険な仕事を多くこなし、結果、街の中に一軒家を持つまでに至ったものもいる。傭兵業なんてのは俺のいた世界では信じられない稼業だ。しかし魔王の脅威に晒されている今は、割りと普通の稼業。危険なことはしたくないので、他に何か良い仕事がないか尋ねてまわった。


 「金が稼げる職探し?それなら傭兵が一番だよ。今はどこも足りてないからな。あとは軍隊に入るのも良いぞ。」

 「冒険家、探検家ってのもありかな。個人で勝手に行くのもよし、スポンサーを見つけて行くのもよし。最近、古代文明の兵器が見つかったらしくて、熱いぞ。何なら紹介しようか?」


 ギルドで聞いてまわった感じだとこんな具合だ。傭兵、軍隊は論外……。命はできるだけ投げ捨てたくない。冒険家や探検家だが……ダンジョン探索が主だというが、これはある意味、傭兵、軍隊よりも危険らしい。何せ先の分からないところに行くのだ。どんなベテラン、強者でも突然死することは珍しいことではないという。


 「結局、工場勤務が妥当なのか……なんだよそれ……異世界関係ないじゃん……。」

 「あ、あの……大丈夫だよユシャ?魔王を倒せばお金はたくさん貰えるし、わたしが稼いだお金は全部、ユシャにあげるから……。」

 「それが嫌なんだよ……ヒモじゃん……。」

 「ユシャ……!」


 何故かトウコは感極まって目を潤ませている。俺、長い付き合いだけど、こいつは何が琴線にふれるのか本当に分からないよ……。

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