魔剣バルムンク
人間が卑劣な手を使うのであれば、こちらも容赦はしない。ガノフは魔王に懇願し魔剣を授かっていた。それは突き刺したものを毒に蝕み、その肉体強度に関係なく魂を腐らせる必滅の毒剣。卑劣極まりない武器。魔王軍の中でも使用を躊躇うものだ。だが……卑劣な手を使ってきたのは人間の方だ。この剣で、確実に殺す。救世主とかいうふざけた存在を。
魔物は次々と生まれていく。それは大森林を蝕んでいく毒となって。しかし最近、奇妙なことが起きている。魔物の数が思った以上に増えない。大森林の原生動物の中には強力な力を持つものが多くいる。魔物など簡単に殺してしまう肉食動物……寄生虫などものともしない上位存在。ただそれは想定の範囲内だ。ガノフは魔物の死体を見つけた。
「これは……!」
明らかに動物に殺された死体ではなかった。それは無惨にもミンチにされ、内臓をぶちまけて死んでいる。肉片が辺りに散らばる凄惨な殺害現場だった。原生動物の仕業でないのは明白だった。彼らが魔物を襲う理由は一つ。己の血肉とするため。魔物が襲うのは人間のみ。動物を襲うのは正当防衛のみとしている。つまり、魔物が原生動物に殺されるというのは、肉食動物に捕食されたということなのだ。
だがこの死体は違う。まるで弄ぶかのように、自らの力を見せつけるかのように、ただ殺しただけ。それも過剰に殺している。確信した。シュクレはこの魔物と同じように、卑劣で、外道な救世主とやらに、凌辱の末、殺されたのだ。誇り高い彼女のことだ。受けた辱めを報告することなどできず、己が無力を呪って、死んでいったのだろう。
「おのれ……!許さんぞ外道め……!」
魔剣を手に取る。救世主は近くにいる。死体周囲の痕跡を探る。足跡、匂い、落とし物……全てを手がかりとして救世主とやらを見つけ出す。
痕跡を辿り、見つけ出す。そう決めた時点でガノフはまるで一陣の風の如く、大森林を駆け巡った。いくつものキャンプ跡を見つけた。全神経を集中させる。見つけた。人間が三人、エルフが一人。前情報では救世主は男と聞いている。男は一人だけ。必然的に、あの男が救世主、外道であると認識した。
「シュクレの無念……今ここで晴らす……!」
一瞬の動きだった。気配を殺し、それでいて迅速に。男の背後をとり剣を構える。これを突き刺せば終わり。残った女どもは魔物の餌にでもすれば良い。
「死ね!救世主よ!!」
剣を振り下ろそうとした瞬間、ガノフの意識は消失した。何が起きたかも理解する間もなく、一瞬にして肉体は弾け飛び、所有者を失った魔剣が地面に落ちる。
「うわ、なんだこれ汚い。」
何かに呼ばれたかと思い振り向くと、後ろに肉片が散らばっていて傍らに剣が落ちていた。よく見るとそれは死体のようで、豪華な装飾を施した鎧と思われしものが散らばっている。
「この鎧に刻まれている紋章は……魔王軍幹部ガノフですね。武人として知られている男です。」
「なんでそんな人の死体があるの?」
「……救世主様がやったのでは?」
トウコの方をチラリと見る。よく見ると右手が返り血に染まっていた。
「そ、そうなんだよアハハ……ちょっとした冗談!この剣なんだろう、なんか凄い業物そうだし貰っちゃおうかなぁ!」
メイの疑惑の眼差しに苦しい言い訳をしながら、ごまかすように落ちている剣を拾った。ピカピカに輝いていて、とても綺麗な剣だ。高く売れそうである。港町でのスローライフの足がかりにする資金が調達できそうで良かった。
ただ、これで大森林移動の安全は確保されてしまった。最早、俺が偽物の救世主だとバレてもルドンの領主は怒って港町まで来て、俺を奴隷にしようとしないことを祈るしかない。
「この短時間で二人の幹部を倒すなんてやはり、救世主様は素晴らしいです。本当に、本当に希望が見えてきました……。」
メイの俺への評価は鰻登りだ。嘘をついてる罪悪感で苦しい。とはいえそれも少しの辛抱。港町で真実を告げてお別れなのだから。
「ごめんね、約束守れなくて。あそこは即殺さないとユシャの身が危なかったから……。お、怒ってる?本当にごめんね。ユシャとの約束を蔑ろにしたわけじゃなくて、大事だったからついカッとなって……。」
俺たちは今、メイやルブレと距離を置いて聞こえないように二人きりで話をしている。トウコは俺が魔王軍幹部がいても出来るだけ戦わないようにするという約束を破ったことを気に病んでいたようだ。
「大丈夫、分かってるって。命を救ってくれたんだ。文句を言うつもりはないから。」
「良かった……!私、ユシャに嫌われたらもう生きていけないから。やっぱりユシャは私のことを分かってくれてるし、理解してくれてるんだね。」
「そこまでは言ってない。飛躍しすぎだ。」
「は?」
思わず口を塞ぐ。またついトウコの飛躍した発言に突っ込んでしまった。トウコは目を見開いたままずっとこちらを見て、俺の言葉を待っている。
「そ、その……今更そこまで言う必要なんてないだろ!失礼だぞトウコ!何年もの付き合いだと思ってるんだよ!!俺がお前のことを理解しているなんて、今更すぎるぞ!!」
「!!……そ、そうだよね!ご、ごめん!わたし本当にユシャのこと分かってなかった……ごめんね、許してくれる……?」
「お、おう……。」
頬を緩めながら幸せそうに胸元を見つめ物思いにふけるトウコを見ると、流石に罪悪感を感じる。いや騙されてはいけない。今はメイやルブレという抑止力がいるからギリギリ、マトモに見えるだけで、盗撮盗聴窃盗つきまとい行為を長年ずっとされていたことを忘れてはならない。
俺は気を引き締めて、先行しているルブレたちの後を追った。
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