穢される大森林
「それじゃあ、おやすみなさい。」
食事も終わり、明日に備えて睡眠をとる。メイは手際よく簡易結界と呼ばれるものを用意した。魔物は入ってこないし、結界を破るほどの強力な魔物が近寄れば警報がなるという優れものらしい。
トウコとメイはそのまま眠りについた。俺は少しこの世界の夜を堪能したくて、一人焚き火の前で物思いにふける。思えば異世界にきて、こうして一人落ち着いたことなどなかったからだ。救世主に祭り上げられてから、騒がしい毎日だった。
「はぁ……はぁ……帰る……帰るー!!こんなん奴隷と一緒じゃん!奴隷エルフだよ!!こいつらエルフ狩りと同じことしてるよ!!」
そんなセンチメンタルな気分をぶち壊すかのようにルブレが俺の横に座り不満をぶちまけてきた。
「落ち着けってルブレ。皆、起きるから少し静かに。俺たちそんなひどいことしないから。」
「してるよ!嫌がるエルフに無理やり毒見させるとか鬼畜の所業だよ!!こんなのが森を抜けるまで続くとかストレスで死んじゃうよ!!」
「だから冷静になれって。俺も毒見って聞いたときは驚いたけどさ、そもそも料理に使った材料はなんだよ。お前が一緒になって採取した薬草や、事前に俺たちが持ってきた食料品じゃないか。」
そう、メイは自分でも言っていたように食べられる植物の見分けがつく。それに加えて、この森で生活をしていたルブレ自身が採取する植物を見定め食料として確保しているのだ。中にはメイの知らない植物もあったみたいで、それを自慢していた。
「それに料理をしたことあるなら分かるだろ、今日の料理は極めてハイレベルだった。あんな料理を味見もしないで作れることができるか?」
「…………できないし、私はちゃんと毒草を採取していないか見てた。じゃあどうしてあの鬼畜メイドはあんなことを言ったの?エルフを虐待して楽しむサイコパスなの?」
「思うにあいつなりに気を使ってるんだよ。はっきり言うけど、俺たちはお前の第一印象最悪だったからな。仮に大森林を案内できても同行させたくなかったと思ってた。だからメイは案内だけではなく、他にやってもらう仕事があるから連れていったほうが良いということにしたかったんじゃないか?」
それはメイが大森林を案内なしで踏破することが困難であることを知っているからか、それとも単にルブレのことを気にかけてくれたのかは分からない。だが、少なくともメイはルブレに対して悪意があったわけではないのは明白だ。
「な、なるほど……!そういうことが……!ユシャ、あなたは頭がいいのね!危うく人の好意を無下にするところだった!!」
それは何よりである。ちなみに言わないつもりだが、だからといって契約紋を刻むのはやりすぎというか意味がないというか、根っこのところでルイはルブレを信用していなかったと見ることができるのだが、あえてそれは口にするのはやめよう。
この一日でルブレに悪意がないのは明白だと分かった。メイはルブレが世間知らずだと言っていた。そういう評価を下すということは、まぁ少なくともメイも今は初対面の時ほど、ルブレを警戒していないんじゃないかと思いたい。
ルブレは「うんうん」と頷きながら自分の寝床に入っていき、今度は大人しく眠りについた。俺もそろそろ寝よう。いつの間にか眠気が増してきた……。
用意していた寝袋にくるまれながら、ごつごつとした地面に若干の不快感を感じながらも、俺は旅の疲れからかぐっすりと眠りについたのだった。
大森林の旅は順調だった。食料には余裕があるし、襲ってくる魔物は皆、トウコが余裕で撃退できるものばかりだ。
「……うーん。」
ルブレが頭を捻りながら悩んでいる。
「どうした、道を間違えたのか?それなら気にしないから元来た道を戻ろう。」
「いや、道は大丈夫ですよ。そうじゃなくて……救世主様って魔王を倒すためにこの世界に来たヒーローなんですよね?」
本当は違うけど、今この時点で明らかにする必要はない。明らかにするのは安全な住居と生活基盤を手に入れてからだと決めているのだ。
なので俺は黙って静かに頷いた。
「なんで、さっきからトウコさんばかり戦ってるんです?一度も救世主様が戦ってる姿見たことないけど。」
魔物の数は森の奥に行けば行くほど多い。だというのに戦っているのはトウコのみ。確かに客観的に見ておかしいと感じるのが自然である。あるいは、戦える実力があるのに女に任せてる外道扱いされるか……。
「ユシャはやるときはやるからこれで良いの。露払いは全部私に任せてくれれば良いんだよ。余計な虫とかみんな私が排除するから……ね?」
俺が答えあぐねているとトウコは割って入る。あくまでトウコは俺を救世主として祭りあげたいようだ。一体何の目的があるのか分からないが、今はそれに乗っかることにする。利害の一致ということだ。
「ふぅん、まぁ魔王軍幹部とかだとトウコさんだと大変そうだし、そのときはユシャも参加するわけ?いや、どうも今までの魔物を見てると見慣れないのが多くて……魔王の影響力が強まっているみたいなの。ひょっとしたらこの大森林奥地に魔王軍幹部が陣取っているのかも……。」
「戦略的には普通にありえますね。大森林奥地はエルフも立ち寄らない管轄外。けれども人間は港町との交易のために通過せざるを得ませんから。そこへ拠点を作り、通る人間を襲えば港町と私たちの街、ルドンは交易がなくなり、衰退していきます。」
メイとルブレの間で緊張が走る。だが俺とトウコは楽観的だった。この間、倒した女幹部……シュクレといったか。あれはトウコが瞬殺したのだ。幹部というからにはそれ相応の実力なのだろうが、シュクレを基準とするのなら、トウコの敵ではないことは目に見えている。
それに港町とルドンが交流できなくなるのはむしろ好都合かもしれない。俺は港町で自分が救世主ではないことを明らかにするつもりだ。だがそのことは大森林に阻まれて、ルドン領主の耳には届かない。完璧な話だ。
「なぁその魔王幹部なんだけどさ、もし本当に大森林にいたとしても倒すのはやめにしないか?」
「どうしてですか?いえ救世主様がそうお考えなら構いませんが……申し訳ありません。従者の身でありながら出過ぎた話ではあると思いますが、理由を教えてもらえないでしょうか。」
メイは従者ではあるがこの世界で魔王軍による攻撃を受けていた被害者だ。当然、まだ顔も知らぬ魔王軍幹部とはいえど、その恨みは積もりに積もったものがあるのだろう。故に倒さないという俺の言葉には強く反感を抱いたに違いない。
「簡単なことさ。俺たちはこの世界にやってきたばかりなんだ。魔王が正しいか悪いかなんて分からない。だから俺たちを襲ってくるならともかく、ただこの森にいるだけなら無駄な戦いは避けようということさ。話してみると良いやつかもしれないだろ?」
「125,632人。」
「え、突然なに。」
「魔王軍により殺された、私たちが把握している人々の数です。怪我人は把握しきれていません。領主様はいつも心を痛めていました。なぜ魔王軍はここまで残酷になれるのか、人の命を弄ぶのか。救世主様が仰るとおり対話による解決も考え特使を送ったこともあります。その返事は特使の生首と一緒に送られました。」
「へ、へぇ……それはその……でも魔王軍だって死者は出てるだろうし。」
「ちなみにその殺された特使は私の兄です。今も頭部しかなく胴体を人間の土地に埋葬できていません。」
「……。」
何も言えない。予想以上にこの世界は深刻なようだ。どうやって人類は存続しているのか謎なレベルだが、逆に俺が現れたときの熱狂ぶりの理由も分かった。誰もがこの絶望的な、閉塞的な環境から抜け出したいと思っているのだ。何でもいいからすがりたいという思いで一杯なのだ。それが救世主という、魔王を倒す使命を持った英雄を作り出したのだ。
「すいません……少し感情的になりました。救世主様の意見はありかなしかといえば、ありではないかと私も思います。トップを倒せば組織は脆くなるもの。無駄な戦いは避けて最速でトップを倒すのもまた一つの戦略であると思います。申し訳ございません。私は浅はかでした。折檻の必要があるとお考えでしたら、どうぞ私の頬をぶってください。」
「い、いや良いよ!メイには凄く助かってるし、なんでも同意してくれるよりそうやって意見を出してくれる方が俺としても、何が正しいのか判断できるしさ!」
魔王がどんな存在かは分からないが、女幹部シュクレの時点でとても恐ろしかった。きっとこの世界の人たちが魔王を倒したいと思うのはきっと正当性のあるものなのだろう。だが……それを他人に委ねるのはやめてほしい。勝手に期待して、勝手に失望するのは……祭り上げられた者からするといい迷惑だ。
「トウコ、そういうわけだから魔王軍幹部とはなるべく遭遇しないように、もし見かけたら少しずつバレないように距離をとるようにしよう。」
「分かった、なるべく努力するね。」
ルブレの予想は当たっていた。大森林奥地、魔王軍幹部ガノフが仲間を引き連れ陣取っていた。彼の目的はまさにメイの考えどおり。港町とルドンとの補給経路の遮断。これにより弱体化したルドンを攻め落とすという策略だ。
大森林には原生動物が多く存在する。魔物とは本来、この世界には存在しないもの。魔王の手によって造られた存在なのだ。ガノフは散布する。これはいわば寄生虫のようなもの。原生動物たちに寄生し魔物に作り変える。こうして大森林奥地を魔物の森に変えつつ、人間を見かけたら全て殺害するよう命じられているのだ。
加えてもう一つ。シュクレの死である。密偵によりルドンに救世主が誕生したことは聞いている。シュクレからの連絡は一切なかったことから不意打ち等、卑劣な手で殺されたか、連絡する間もなく一瞬で殺されたかのどちらかだ。だがガノフは信じられなかった。あのシュクレを即死させる人間が存在するなど。故に卑劣な手で殺されたのだと、心の底で、静かに怒りに震えていた。
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