契約の証
ルブレは思いの外、真面目に案内をしてくれた。的確に、険しい道を避けて、順調に足を進める。道中食べられそうな植物も採取し食料品の確保も怠らない。この調子なら港町まで簡単に到着できるだろう。
「ふふ……どうですか皆さん、ユシャさん!私は立派に案内を務めているでしょう!この薪だって燃えやすい木を集めたからこんなにすぐに火が点いたんです!」
「あぁ、確かに驚くほどスムーズに進んで助かってるよ。ありがとうルブレ、お前がいなかったら今頃大変なことになってたかも。」
「なっ……!ぁ……!んん……!!」
はぐれエルフだったルブレは長い間、他者との交流がほとんどなかった。毎日一人、一人……家に帰っても誰もいない、それが当たり前だと思っていたのだ。故に、あまりにも直球な感謝の言葉に慣れていないのだ。長いこと無かった他者からの肯定。それがたまらなく嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
「ユシャ?そのエルフはあくまで案内役だからね?ちゃんと事務的な関係でいようね?」
「そういえばそうだった。案内役ってことは大森林を抜けたら別れることになるのか?そもそも、どうして俺たちについていくことにしたんだ?」
「あのまま、あそこにいても、いずれ殺されるか捕まるだけですから……森の外で活動しているエルフはそれなりにいるんですよ?ていうか別れるってどういうことなんです?私を捨てるつもりだったんですか?」
ずっとついていくつもりだったらしい。俺たちが魔王を倒すために旅をしていることを知っているのだろうか。救世主だってのは知ってるし、その辺りは誤解がないはずだが、エルフにとっては結界のない家に住み続けるより、魔王と戦うほうが安全ということなのだろうか。
「ずっとついてく……?あわよくばユシャの妾になるってこと……?」
そこまでは言ってない。飛躍しすぎだ。そもそも人間とエルフが関係を持つのはタブーじゃないのか。
「私はずっとついてくることにも賛成ですよ。こういうことはこれからもあるでしょうし。料理できました。さぁルブレさんどうぞ。お熱いうちに。」
メイは料理を持ってくるとまずルブレの前に皿を置いて盛り付けた。ルブレは当然ながら喜んで食べ始める。
「お味はいかがですか?気分や体調に問題は?」
「凄く美味しいです……!エルフの村での食事に比べたら天と地の差!同じ森で採れたものなのに、こんな差が出るなんてメイさんは凄いですね!」
「ありがとうございます。救世主様、毒見は終わりましたのでどうぞ召し上がりください。」
メイの言葉にルブレは吹き出す。汚い。
「ど、どどど毒見ってなんですか!?エルフをなんだと思ってるんです!!?」
「種族こそ違えど、基本的な機能は人間に近いと聞いています。」
「そうじゃないよ!!毒見って何なの!!?」
「ですから人間と変わりないので毒見役として問題はないと思いました。私が毒見しても良いのですが、私は救世主様にお仕えする命があります。優先順位としては適当にそこらで捕まえたはぐれエルフの方が低いかなと。仮に毒に当たって倒れても、はぐれエルフならそこらへんに捨てれば良いですし、私が続き毒見をすれば良いので、救世主様への安全確保が保険をとれた上で十分にとれるということです。」
「なるほど、それで何でもすると聞いて、同行させるべきと進言したのか。頭いいな。」
「確かにユシャに危険が迫るのはよくないわね……このエルフを連れて行くのは必要な犠牲ということ……。」
俺たちはうんうんと頷きながら、メイの作った料理を味わっていた。確かにルブレの言うとおり、とても美味しい。元々、メイは領主に仕えていた従者だ。料理もプロレベルなのだろう。
「デザートも作ってみたんです。まぁとりあえずルブレさんからどうぞ。」
「いやだよ!!そんな話聞いて、食べるわけないじゃん!!エルフを何だと思ってるのさ!!」
「なんでもすると言ってましたよね。」
「し、知らないですー!私は案内役をしてるだけですー!なんでもするなんて言ってないですー!!」
「救世主様。」
「分かった。ルブレ、契約紋の所有権を持つ俺が命じる。そのデザートを完食しろ。」
契約紋の使い方についてはメイにレクチャーを受けている。といってもそんな大したことではなく、契約紋の所有権を持つものが今のような感じで命令すればいいだけだ。今回、ルブレに刻まれた契約紋は「所有者の命令はなんでもする。」というもの。なので具体的指示をすれば、そのとおりに動かされるということだ。
「いーやーだー食べたくないー!なんで身体が勝手に動くのー!!こんなのエルフ権侵害だよ!!んごっむごご……!」
「ちなみに救世主様。嫌がる様子が見苦しいようでしたら、喜んで食べろと命じれば、喜んだ様子で食べてくれます。以後、ご活用してください。」
相手の感情、発言まで具体的に命令できるということか。まぁ見かけだけで内心は今みたいに嫌だ嫌だと叫んでいるのだろうが……改めて契約紋の効果の強さに驚きを感じる。
「というか普通、契約紋でなんでもするってやらないんですけどね。本当に何でもできちゃいますから。あのエルフはちょっと世間知らずです。」
メイは小声でそう補足した。そりゃそうだろうな。普通の契約書だってなんでもやるって契約は結ばないもん……。
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