ニートエルフ

 「はい……ところで皆さんは、やっぱり大森林を抜けるためにエルフの村に寄ったんですか?人間がエルフに会いにくる理由なんて大体そんなくらいですから……。」

 「そうだよ。でも残念ながら振られてしまったんだ……だから案内人無しで森を抜けようって話になったんだ。」

 「よ、よろしければ私がご同行しましょうか?私もはぐれとはいえエルフです。森の案内はできます。」


 思いもよらぬ申し出だ。断る理由はないが、正規の案内人でもない彼女を信用できるのかという問題がある。


 「案内人としての技量なら心配はないと思います。エルフというのは森とともに生きる種族。この森は庭のようなものです。はぐれとはいえ、自分の庭を案内できないものはいないです。ただ、同行人としては私は反対です。理由は一つ。彼女がはぐれエルフとなった理由を私たちは知りません。先程も言ったとおり、はぐれエルフというのは重大な掟違反を犯したものなんです。それこそ彼女は快楽殺人鬼で、それを理由に追放されたという理由もありえます。」

 「私も反対かな。ユシャに色目を使ってるし、何なのその容姿、エルフっていうのはみんなそうなの?おかしくない?メスブタの遺伝子でも入ってるの?まぁユシャはこんなのに欲情しないのは知ってるけどね、それでも間違いってのはあるだろうし、何よりユシャにその気はなくても、このメスブタが頻繁に誘惑してきたら、どんな聖人君子だって間違いは犯すもの。」


 つまりこんな外見だが、中身は殺人狂、俺たちに害をなす存在という可能性もあるわけか。いわゆるハニートラップというやつだ。これから向かうは大森林。同行者にそんな者を抱えるのは確かにリスクとしては高い。


 「ルブレ、もし差し支えなければ、どうして追放されたのか教えてくれないか。言いにくいのは分かっている。でも俺たちはお前を信頼したいんだ。これから一緒に、共に歩く仲間として。」


 俺の言葉にルブレは少し抵抗を見せたが、やがて観念したかのように話しだした。

 ルブレは元々、エルフの中でもエルダーエルフと呼ばれる上位に位置する家系にいたらしい。エルフ社会にも上下関係というのはあって、それは年齢だったり功績だったり様々だった。ルブレに関して言えば由緒正しいエルフ家系らしく、保守的で排他的なエルフたちにとっては重要な位置づけだった。

 そんなある日、ルブレの両親は今まで人類軍と魔王軍、中立の立場をとっていたエルフたちに対して、魔王軍につくことを宣言し、森を捨てて魔王の下へとついたのだ。

 そしてルブレは一人、村に取り残されたのだ。


 「なんて話だ……ルブレは関係ないじゃないか!だというのにエルフの連中は……!メイ!もう分かったじゃないか、ルブレを連れて行こう!」

 「あ、いやその……村の皆はその件については同情的でむしろ、色々と両親のいない幼い私に世話してくれたんですよ……。」


 ルブレの話に憤りを感じて熱り立っていた俺を諫めるようにルブレは補足した。


 「え、それじゃあどうして追放されたの……?」

 「い、いやぁその……あまりに皆がお世話にしてくれるから狩猟とか採取とかサボってたんですよ……それでそれがバレちゃって……追放されちゃいました。」


 締まらない顔でにへら笑いを浮かべるルブレ。嫌な予感がした。


 「ちなみにその……サボったってのはどのくらい?」

 「二十年目くらいでバレちゃいました、てへへ。今までうまくやってたんですけど。」



 「よしメイ、案内人なしは大変かもしれないが、大森林を抜けるぞ。」

 「そうですね、なるべく水場の確保だけはとるようにします。サバイバルでは水を切らすと致命的ですから。」


 俺たちはおろした荷物をまとめ始める。さぁ過酷な旅の始まりだ。覚悟しなくては。


 「ま、待ってくださいぃぃぃ!行くところないんですよ私!このまま魔物の餌になりたくないんですぅぅ!は、はぐれエルフの末路って知ってますか?魔物の餌になるかエルフ狩りに捕まるかのどちらかなんですよ!?救世主様なんですよね!?私を救済してくださいよぉぉぉ!」

 「やかましいわ!同情して損した!何がはぐれだよ、ただのニートエルフじゃねぇか!離せ身体を掴むな鼻水をつけるな!!ニートを連れてく余裕ねぇんだよ俺たちは!!」

 「やれます!やれますからぁ!案内できます!そこの女の人も言ってたでしょ、はぐれでも大森林は案内できるって!!それにお茶、飲んだでしょう?薬草の知識だってあるんだから置いてかないでぇぇぇ!!」

 「信頼できねぇよ!離せ!!」


 ルブレを突き飛ばす。無我夢中だったので思いの外、力が強く突き飛ばしてしまい、派手に転がった。流石に罪悪感が湧いたのでそっと近くに寄る。


 「お、おい大丈夫か……。」

 「う、うう……かくなる上は……ユシャさんと言いましたね、あなた私を押し倒して乱暴しましたよね!これが証拠です!!」


 丸い玉を取り出すと、映像が浮かび上がりだした。凄いホログラム映像みたいだ。


 「いやぁやめて!私ははぐれとはいえエルフ!人間に穢されては生きていられないわ!!」

 「ぐへへ、そんなの知ったこっちゃねぇよ。大人しくしろ、そうすりゃすぐ終わるからよ。」

 「いやぁぁぁぁぁ!」


 先程、俺がベッドにダイブした映像に明らかな合成音声が加えられて流れている。


 「ユシャ……?なんなのこれ……?」

 「いや落ち着けよトウコ!合成だよ合成!明らかなフェイク動画だろ!!」

 「ふ、ふふ……この動画をエルフ権保護団体に提出して訴えます!もう終わりですよユシャさん!あなたは私を連れて行かないと性犯罪者として一生を終えます!!いいんですか!?」

 「な、なんだと!?脅迫するのか俺を、こんなもので!?」


 とはいえ、こういうのは被害者側の主張が通りやすいのも事実……そして音声はともかく押し倒したのも事実ではある。ぐぬぬ、半ば事実なだけに俺の人生がスローライフどころか、プリズンライフまっしぐらではないか……。


 「いやエルフ権保護団体なんてないですよ。何言ってるんですか。そもそも魔王が世界を脅かしてる中、そんな組織が機能するわけないでしょう、常識的に考えて。」


 全員がメイの方を振り向いた。言われてみたらそうだ。治安維持が崩壊しているのに、人権……エルフ権?なんて保護できるわけないし、そもそも司法機関が機能しているか怪しい。


 「よし荷造りは済んだな。行くか。」

 「ごめんなさいぃぃぃぃ適当言いましたぁぁぁぁ何でもするから連れてってくださいよぉぉぉぉ靴、靴舐めますよ!ほ、ほらほら!!」

 「あ、すいません。汚いからやめてもらえませんか。」

 「何で敬語なのぉぉ!私とあなたの仲じゃないですか、一緒に同じベッドで寝た仲なんですよ、そんな言い方、役目が終わったら捨てるんですかぁぁ!?」


 事実だけど誤解を招く表現はやめろ。トウコの堪忍袋がもう限界を迎えているぞ。


 「なんでもする……?救世主様、私は恐れながら進言します。それなら良いんじゃないでしょうか、連れて行っても。その役目は多いに越したことはないですし。」

 「本気かメイ?絶対トラブルの原因になると思うけど。」

 「契約紋というものがあります。それをそのエルフに刻み込みましょう。奴隷に使うものですが、なんでもしてもらうのなら、担保が欲しいですし。」


 契約紋とは文字通り契約に用いる紋である。肉体の一部に刻み、相手に契約を強制させるもので、主に信頼できない相手に対して行われるものとなる。勿論、双方同意は必要であるため、一方の関係では成立しない。お互いが納得し同意することで初めて刻まれるものなのだ。今回のようにその場しのぎで適当なことを言う相手に対して主に使われる。信頼の担保ともいえるのだ。


 「メイ様、ありがとうございます……この恩は必ず……。」

 「いえ私は救世主様のプラスになることを進言しただけです。それと契約紋の所有権は救世主様ですので、くれぐれも変な真似はしないように。」


 こうして俺たちは大森林へと足を踏み入れた。

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