第4話 惜しみなく、時間を

 この間の月の話の延長で「流星群を見に行かない?」なんて誘ったら、女の子は好きそうだよなぁと、国立天文台のサイトやらなんやらを暇な時にポチポチしてる。

 たくさんの星見スポット、プラネタリウム。どこにも真っ黒い夜空に輝く無数の星たちが映し出されていた。

 小学校に入学してからずっと使ってる机のパートナーであるイスが、背もたれに寄りかかるとギギッと精一杯の反抗をした。


 流星群は確かにいいかもしれないけど、日にちがあまりにも限られている上に天候にも左右される。街中ではよく見ることもできない。だからって夜、田舎に行ったりできない。

 ――ダメかな。

 やっぱり付け焼き刃でそんな気の利いた男にはなれないんだろう。こんなんじゃ、連れ出しても勉強の息抜きどころか疲れさせてしまうかもしれない。


 夏休みが終わってしまう。

 ハルは夏期講習の追い込みだ。

 ああ、ハルに会いたい。


 僕は不言実行が苦手なタイプだ。


『考えすぎ。流星群見るために夜連れ出すよりかプラネタだろ』

 成程。

 悪友の佐野からのメッセージはめちゃくちゃ参考になった。

 近頃プラネタリウムは下火かもしれないが、昼間に深夜の澄んだ星空を見られるというのは所謂ひとつのロマンティック案件かもしれない。

 とりあえず佐野には相手は塾でよく見かける子くらいなことを言って誤魔化している。塾には通ってないが、短期夏期講習にでも行ったことにしておけばいい。

 従姉妹をデートに誘う男はなかなかいない。

 その稀な男が僕だ。


 念を込めてメッセージを送る。

 どうか返事が良いものでありますように。

 あまり込めすぎると呪いになるので注意が必要だ。

 既読はパッとついた。

『今ちょうど家に帰る電車の中』

『あ、ごめん』

『いいんだよ。暇だからスマホでYouTubeみてた』

『通信料かかるだろ、ながらスマホ、危ないって』

『使い放題にしてるに決まってるじゃん。うちのパパ、自分がそういうの好きだからわたしがそうしても文句言えないの』

 ハルの父はデザイン系の会社に勤めてる。

 仕事が忙しいそうであまり会ったことがない。これまで十四年のうちでも数回。

 早く引退して写真を撮りたい、が口癖だそうだ。


『予備校、どう?』

『そうだね、やるしかないよねって感じかな』

 ハルの志望校は本人の成績よりほんのちょっとレベル高い。舐めてかかったら落ちるかもしれない。背伸びが必要だ。

 でも大丈夫。ハルはしっかりしている。結局、余裕で合格するんだろう。


『でなんの用事? アキからって珍しくない?』

『次の休み、空いてる? その次の休みでもいいけど』

 メッセージがすぐに返ってこない。

 駅に着いたのか、それとも電波が悪いのか、そんなことを訊かれたくないのか、待つしかなかった。

『珍しいね。お誘い?』

 あー。

 今度は僕が返答に困る。

 なにか体のいい理由をつければよかった。

『行きたいところがあるんだけど、ひとりでは行きにくくて』

『なにそれ、女の子じゃあるまいし』

 ハルは僕の言葉に笑っただろうか? そうだといい。くしゃっと笑った顔がかわいい。

『かわいい弟の誘いじゃ断れないか』


 弟。


 やっぱりそうなるんだろうなぁ。

 ハルから見たらひとつ年下の弟。

 従兄弟なら結婚できるけど、弟は結婚できないことを僕は知っている。

 つまり今、僕は彼女の未来から排除されてるということだ。ここから上り詰めるのは至難の業だろう。

 でもその一歩を踏み出すと決めたんだから、不言実行。粘れ。


『よろしく、お姉ちゃん。詳細は後で連絡する』

 お姉ちゃん、の下りでハルはくすくす堪えきれず、狭い車内で笑っただろうか。

 もっと笑わせて、ずっと笑ってほしい。

 こういう気持ちを『恋』と呼ぶんだろうか?

 だとしたら、僕はそれを履修し始めたばかりだ。


 きっかけはなんでもない普通のことだった。

「ハルちゃん、志望校本格的に決まったらしいわよ」

 夏休み前、七月の始め、三者面談があってはっきり決めてきたらしい。

 晩御飯を食べていた僕の箸は宙に浮いて止まった。

「そうなんだ」

「結構難しいところみたいだけど、がんばりたいって自分で言ったらしいわよ。ハルちゃんてそういうとこ、あるよね。決めたら揺るがないというか。イマドキの強い女の子って感じ。スミレちゃんに似たのかな?」

 柔軟性に欠けるというか。


 例えばレゴで遊んでいても、ハルはひとつのパーツを使うと決めたら絶対に譲ってくれなかった。意地が悪いと思った。

 反抗すると「お姉ちゃんの言うことを聞きなさい」と言われた。組み上げ途中のブロックを手に。

 うちは両親共に放任なところがあるので、そういう風に上から言われると「怖い」と言うより「ぽかん」としてしまって「なにか文句あるの?」と聞かれてもなにも言えず、パーツは譲られた。

 僕のお気に入りの、透明な赤いパーツ。

 今はどこにあるのやら。


「どうしたの? 箸止まってる」

 僕はハッとして、自分の前に出された白身魚の西京漬に手をつけた。

 一度「美味しい」と言ってから、母さんは僕の好物だと決めつけている。なので食卓に上がる回数も多い。

 嫌いではないが、特に好きでもない。

 ヘルシーだな、とは思うけど。

「特別好きなわけじゃない」ってはっきり言うべきなのかな? そう告げた時の母さんのガッカリした顔が目に浮かぶ。

 父さんは毎日、仕事で帰りが遅い。所謂、中間管理職という立場らしい。

 だから母さんはほとんど僕のためにご飯を作ってくれている。毎日、毎食、欠かすことなく。それを考え始めると、おかずひとつ、好きな物がはっきり言えない。

 そういうもやもやしたはっきりしないところが僕にはある。自分でもわかってるんだ。

 好きは好き、と堂々と言える男になりたい。


 ⋯⋯ハルのことも、いつか。

 中二のに告白されたところでハルにはなんの重みも感じられないだろう。まして相手は僕だ。頭をポンとされて、笑って済まされてしまうかもしれない。

 だから僕は時間をかけるつもりでいる。

 惜しみなく、ハルの気を引くために時間を使いたい。

 中学生の恋愛なんて、「好きって言われた」から「別れたよ」までが異常に短いんだ。

 僕はそういうのを望まない。

 中学生じゃなくなっても、高校生になっても、その先も、変わらない気持ちを持ち続けたい。

 そんなに難しい事じゃないと思う。

 だって今までもずっと、ハルしか見てこなかったんだから。

 永遠を信じてるわけじゃない。

 でも、持続ならあるかもしれない。

 途切れることのない未来へ、隣を歩いてほしいのはハルひとりだ。

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