第9話 魔法

「フレイム・ボム!」

 魔法騎士ライオネスが揺らめく炎の玉を頭上に掲げる。それを翼を持つ巨大なニワトリに投げつけた。

 雄鶏の上半身と爬虫類の下半身を持つコカトリスと呼ばれるモンスターは、炎の玉を胴体に食らうと空に向かって、「ギャオオ」と苦悶の声を上げた。身体が後方へよろめく。ボッカが剣を突き出した状態で烈風を巻き起こしながら、そこへ猛スピードで突っ込んだ。

「剣よ、穿うがて!!」

 コカトリスの胸に剣先が触れた途端に破裂音と共に爆発が起こった。剣先に収束した力が一度に噴き出す。

 強力な一撃を食らった巨体はビクンと大きく震えると、くずおれて動かなくなった。

「ボッカ、お疲れ様ー!」

 ベルは油断なくコカトリスを見つめるボッカに嬉しげにふわふわと飛んで寄っていく。王都を出て緑に囲まれた街道を進むうちにベルの体調は自然と回復していた。

 ボッカが肩を差し出すようにすると、ベルがそこへ止まる。剣を鞘に収め、上着についた土埃を叩く。

「ライオネスさん、凄い魔法の威力ですね。あなただけでも倒してしまいそうだ」

 ライオネスは表情を崩さず、軽く頭を下げる。低く重々しい声で言った。

「ありがとうございます。どうか、自分のことはライオネスとお呼び下さい。あなたは国王様から勅命ちょくめいを受けた部隊長——すなわち自分の上官に当たります」

 至極真面目な口振りにボッカは座り悪げに頬を掻く。

 そこへ透き通った声が投げかけられた。

「お怪我はありませんか?」

 ゆったりとした動きで修道女のクレアが離れた場所からやって来た。




 ボッカたち討伐隊は魔王城に向かうべく北上していた。港町から船に乗り、同盟国へ向かう。そこから徒歩で進み、王国軍が魔王軍を引きつけている間に敵地に乗り込むという流れだ。

 順調な旅というわけにもいかず、行く先々で活発化したモンスターたちが人間を襲っていた。ボッカは人々の悲鳴を見ない振りができない。危険地帯へ迷わず飛び込んだ。ライオネスも騎士道精神に反すると言って追随ついずいした。

 ボッカが前衛を務め、ライオネスが魔法で援護をする。ベルがボッカを強化し、クレアが防御と回復の魔法をかける。隙のない布陣ふじんだ。モンスターを容易く倒していった。

 ライオネスは朴訥ぼくとつとした男で忠義に篤く、信頼のできる人物だ。クレアは物腰が柔らかく、場を和ませる雰囲気がある。出発をしてすぐにボッカたちは気を許す仲になった。王宮の人選は正しかったのだ。


   *


「ライオネスほどの腕でも魔族は倒せない?!」

 ボッカは丸太に腰かけたまま、驚きの声を上げた。ちゃぽんと手に持った椀の中身が揺れる。

 一行は森の中で見つけた開けた場所に焚き火を起こし、野営をすることにした。焚き火を囲み、野生動物を狩って簡単にスープを作った。

「はい」

 ライオネスは小枝を焚き火に放り込む。明かりが落ち着いた顔を照らしている。

「まず、魔法とは何かという話になります。これは一般に知られていないことですが、実は誰しも魔力を持っています。魔力量は人によって異なる上に、学ぶ機会がなければ扱えません。魔法を行使するのに充分な魔力を持っていても、本人が気づかずに一生を終えてしまうこともよくあります」

 ボッカは食事の手を止め、ライオネスの話に聞き入っていた。

 ベルはその横で丸太の上にちょこんと座っている。この世界に来て初めて聞く話なので興味深くしていた。魔法に関しては人間より長けている種族というのは理解はしているが、根本的な知識はまだない。

 クレアはそんな二人を眺めてにこやかにしている。

「自分の場合は運がよかった。たまたま熟練の魔道士に幼くして見出されました。魔法には長い鍛錬が必要です。早くから学ぶことで騎士団に入団できる力を得られました」

 ライオネスは炎を見つめて淡々と話す。炎がパチパチと音を鳴らして揺らぐ。

「確かに俺もベルに教えてもらうまで気がつかなかったもんなあ。それでも、いまだに魔法弾を打ち出すことはできないよ」

 斜め上に視線を送って考え込むボッカにベルは首を縦に振って頷いた。

「ボッカ殿は魔力を物理的な力に変えていらっしゃいますね。魔法辞典にも載っている使い方です。魔力を扱えるようになるまでは、時間がかかります。魔力を具現化して外に打ち出すのは、さらに専門的な指導を必要とします。魔法学校に通わずして身につけたのは、ボッカ殿の鍛練の賜物です」

 ライオネスは言葉を区切り、本題へと入る。

「魔力とは体内エネルギー。魔力の性質は人によって異なります。それを四種に分類しています。火・風・土・水です。自分は火の属性を持っています。これは火の魔法と相性がいいということ。他の魔法も使えますが、基本的には火の魔法を中心に鍛練します。ボッカ殿は恐らく風ですね」

「俺が?」

「魔法を身につけることが難しいのはそこです。魔力鑑定のできる魔道士は多くありません。魔力の属性が分からなければ、学びようがないですから」

 ボッカのスープは椀になみなみと注がれたまま減っていない。少し温度が低くなっていた。ライオネスは人差し指に小さな炎を灯す。そして、指を縦に振り、その椀へと魔法をぶつける。一瞬にしてスープが温まった。

「自分の得意分野を知れば、効率よく魔法の錬度を上げられます。ボッカ殿は膨大な魔力量を無意識に風の魔法を使うことを選び、今の力を得たのでしょう」

 パキン——。焚き火にべた枝が炎の中でぜる。

「戦闘では属性は重要です。水は火に強く、火は風に強く、風は土に強く、土は水に強い。魔道士なら誰でも意識することです。しかし、魔族に対しては例外になる。魔族は人間とは異なる性質の魔力を持っているらしく、人間の魔法はほとんど通用しないのです。その上、人間とは比較にならない魔力量がある。高位の魔族とでは勝負になりません。威力の高い魔法を使い、魔族の中で最下層になるモンスターを倒すのが自分ではやっとなのです」

 ライオネスの話が終わり、ボッカもベルも押し黙ったことで、静寂が訪れた。場に流れるのは夜行性の小動物が出す葉音や虫の声だけ。それを打ち破ったのは、穏やかな声のクレアだった。

「だから、王様は期待されているのです。ボッカ様のように強力なモンスターを単独で容易く倒せることなど、一般的にまずありません。ボッカ様が魔王討伐の鍵だというのが王宮の総意でしょう。わたしたちは全力でサポートします。ボッカ様を必ずや魔王の元までお送りします」

 ライオネスは深く頷き、胸に手を置く。

「露払いはお任せ下さい」

 二人の決意ある表情にボッカは少し戸惑いを見せる。心を落ち着かせるために目を閉じ、次に開いたときには迷いの色はなかった。

「分かった。俺の力がどこまで魔王に通用するか分からないけど、やるよ!」

 三人の間でパチパチと焚き火が勢いよく燃えていた。

「ボッカ、わたしも手伝うからね!」

 ベルがボッカの周りを全身を使って鼓舞するように上下に舞う。ふと疑問が浮かび、首を傾げる。

「わたしの魔法って何なのかな? 特に今まで属性とか気にしたことないよ」

 魔法に詳しいはずの二人に問いかけるも、返ってきたのは困ったような顔だった。

「申し訳ありません、妖精殿。魔法の性質についてはあくまで人間のものなので、神属の方々には当て嵌まりません。記録も残っていないのです。我々より高度な魔法を使うことしか分かりません」

「教会でも同じですね。神に仕えるといっても、結局のところわたしたちもただの人間ですから……。お役に立てなくて、ごめんなさい」

 ベルは首を横に振る。

「ううん。自分でも分からないことだもの。仕方がないよ」

 魔王討伐隊は馬車を使いながらゆっくりと北上し、計画通りに港町に出た。王室の印が押された旅券を見せれば、苦労なく船まで案内されたのだった。


*****


 北の大地では、海に小さな小島が。海底から地面が隆起りゅうきし、地図にはない土地へと変じたのだ。

 大陸の岬に立って島を眺めているのは二人。魔王と炎のような髪をした側近。

『さすがは我があるじ。こうでなければ、俺がくだった意味がない』

 目上に対する丁寧な物言いではなかったが、魔王本人は眉も動かさず、淡々とした口調で返した。

『あとは任せる。子どもと年寄りから先に移動させろ』

 風に吹かれて長い黒髪がなびく。整った顔立ちだけに、思考が読めない。

『御意』

 赤の側近は形式的に頭を上げる。顔を上げたときは不適な笑みを浮かべていた。

『主も大変だな。本来ならば前線に立ちたいだろう。まとめ役となったが故に窮屈きゅうくつな思いをするとはな』

 その言葉に少しだけ魔王の口元が緩む。

『私が選んだ道だ。個人主義の我らには重しが必要だろう。そして、損な役回りもな』

 赤の側近が大口を開けてからから笑う。

『ならば、主の側近である俺は、身を削って主に尽くさなくてはな。この場はこの俺に任せるがいい』

 それから表情豊かだった顔に冷ややかな表情が浮かび、

『もし、人間どもに知られた場合はどうする?』

 それまで変化に乏しかった魔王の顔が一変する。瞳孔が縦長になり、鋭い牙が剥き出しになった。

『見つけ次第、消せ。一人も残すな』

『御意』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る