第25話

「ママの浮気の概念ってどこから?」

「キスからかな。」

「でも風俗は良いの?」

「だってお金を払ってするなら良いんじゃないの?」

「その女を好きになるなら別だけど。」

「まぁ、あんまり行かれるならその金よこせとか思うけど。」

「私はデートされるだけでも嫌だけど」

「えぇ?デートくらい良くない?」

「美来だって、大学の友達と飲みに入ったりするじゃない。」

「なんか相談したり、されたりとかで飲んだことはあるけど。」

「飲むだけならデートじゃなくない?食事だし。」

「ふたりでカラオケ行こうとか言われたら断るし。」

「それだったらディズニーランドはデートじゃなくない?」

「デートはデートでしょ。」


「だってさ、ディズニーランドだよ!」

「ディズニーランドのチケットがあるんだけど一緒に行ってくれない?って誘われたら断れる?」

いな!断れない!」

「いや、相手によっては断るよ。」

「じゃぁ相手がそこそこなら、やっぱ行くじゃん。」

「付き合ってる人がいれば行かないよ。」

「じゃあ、やっぱり、私が悪いの?」

「え?どうしたのママ?」


「ああ。思い出した!」

「思い出したの。カズくんとの喧嘩のきっかけ。」


「事故の後、私もイライラしてたし、カズくんはずっと落ち込んでた。」

「好きだったバイクも廃車になって、乗らなくなっちゃって。」

「どこにも連れて行ってくれなくなっちゃって。」

「カズくんは就職しちゃったから、会う回数も減っちゃって。」

「ちょうどその時、同じゼミの男の子にディズニーランドに誘われて。」

「で、デートしたの?」

「うん、」

「その人とはキスとかしたの?」

「キスはしなかった。でも、手は繋いでた。」

「だって、せっかくディズニーランドに来たし、いきなり手を握られて。」

「盛り下がると悪いかな。手ぐらい良いかな。って。」

「帰り際にキスされそうになったけど、断って帰った。」

「後ろめたさがあったのかな。」

「カズくんに気づかれちゃって、バレて全部話した。」

「そしたら、カズくんも怒っちゃって。」

「私も束縛されたくなくて」

「今までのイライラが全部湧き上がってきて、なんか大喧嘩した。」

「デートした人とは付き合ったの?」

「その後、告白もされたけど、付き合わなかった。」


「謝りたかった。」

「謝って仲直りしたかった。」

「でも仲直りしない方が幸せなんじゃないか。とか考えちゃって。」

「ずっと後悔してたんだった。」

「なんで忘れてたんだろう。」


ママは優しい。とっても優しい。

20年も一緒なんだ。私が一番よく知っている。

優しいのに強い。

私なんて1週間でもこんな寂しいのに。

どんなに辛かっただろう。

想像もつかない。

泣いてはいないが、今にも泣きだしそうだ。


あざが残ってしまったママの苦しみも、

好きな人をあきらめる悲しみも、私にはわからない。

わからない人間が、何を話したところで慰めにもならない。

わかるのはたぶん、同じつらさを持ったカズくんだけだろう。


私はママにかけられる言葉を持っていない。

席を移動し、ママの隣に座る。

恋人座りだ。

「ママ!飲もう!」

「うん、そうだね。美来。」

「ありがとう。」

ごめんね、赤ちゃん。

ちょっとだけだから、ちょっとだけね。

明日から禁酒するからね。

今日は特別。

悪いママを許してね。

まだほんの小さい、形もわからない子供を思ってお腹に手を当てた。


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