冬の匂い

夕日ゆうや

シングルファザー

 鼻の奥がツーンとする冬の匂い。

 この東京でも1メートルほどの雪が観測されるようになって10年。子どもの頃は雪などほぼ降らず、スタットレスタイヤすら使わなかったが今の時代はそうもいかない。

 太平洋から渡ってくる低気圧が雨の結晶体を振らせる。

 鼻を赤くして縁側に経つ。

 娘の聖良せいらが防寒着を着て庭ではしゃいでいる。

 ぎゅぎゅっとなる新雪の音。

 聖良は白くふわっとした息を吐きながら、雪だるまを作り始める。

 俺は着替えると、聖良と一緒に雪だるまを作り始める。

 こんなことをしているよりもコタツで寝転びたい。

 そう思うが、聖良に悲しい思いはもうさせない。そう誓ったのだ。

「雪だるま! おっきい!」

 五歳児らしくできあがった雪だるまを嬉しそうに眺める。

 小夜子さよこさんが見たらどう思うのだろう。

 雪。

 白銀の世界が今日も降り続ける。

 地球温暖化が進み、北極の海流がこちらまで来ている。

 総人口の70%を失った「地球温暖化」。

 とある国では国土の80%を失い、なおも人々は生きている。

 俺には小夜子がいた。聖良がいた。それだけで十分な幸せだと思う。

 でも、冬のこの時期になると思う。

 過去には戻れないのだと。

 人肌が恋しくなると。

「明日には引っ越しだからな」

「うん。分かっているよ~」

 無邪気な声が返ってきた。

 乾燥した空気が振動する。

 心なしか不安そうに聞こえた。

 もうこの雪ともお別れなのだろう。

 冬の匂いはもう感じられないのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冬の匂い 夕日ゆうや @PT03wing

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ