ナンバーワンでもオンリーワンでもない君と~いつのまにか推していた地下アイドルが家族になっていたんだが~
下等練入
推しだと思っていたアイドルが妻になっていたんだが
「いつもありがとう、
今日は月に一度の握手会の日。
彼女の前に札束のように分厚い券を差し出すと、一瞬悲しげな表情をした後、すぐに普段通りの笑顔になりそう言ってきた。
「こちらこそいつもありがとう、ひめ!」
そう言って握手を始めると、さっきの悲しげな顔の何倍も深刻そうな顔をしながら彼女は言った。
「ついに推してくれるの和也だけになっちゃった……」
「俺だけはずっと押し続けるから、信じて」
ひめの綿菓子のように柔らかい手をぎゅっと握りながらそう言う。
俺たちの関係は
彼女はいわゆる地下アイドルであり、俺はそのファン。
もちろんファンの人数が少ない以上メジャーアイドルや国民的アイドルよりはこちらの顔を覚えてもらいやすくはなっている。
ただそれでも他人ではないだけで、友人と呼べるほど親しい関係になれるわけではない。
今から半年程前、彼女は今のグループでセンターを飾るほどの人気を誇っていた。
その頃はこんな一人で大量の握手券が買い占められるほど人気がないわけではなかった。
むしろひめの人気以上にメジャーデビューまで秒読みというぐらい、新進気鋭かつ勢いのあるアイドルグループだった。
ただ今ひめの横で長蛇の列相手にビジネススマイルを振りまく
彼女はもともといわゆる生主と言うやつで、初めてこのグループで歌った時から大量のファンがついていた。
初めの内は古参ファンとの折り合いも決して悪くなく和やかな関係を築いていた。
ただ彼女が来てからしばらくして異変が起きる。
今まで澄香以外を推していたファンたちが
ひめは元々の人気からそんな状態でもまあまあのファンを抱えていたんだが、一人、また一人と澄香やほかのグループを推し始めた。
先週までは俺を含めて二人ファンが残っていたが、そいつは今澄香の列の最後尾で幸せそうな笑みを浮かべている。
俺としてはずっと推していたひめと長い間会話ができたり、チェキが撮れるのはすごく嬉しい。
ただこの状況でひめはどう思うだろうか。
今まで大量にいたファンが一人になってしまったのだ。
その中にはずっとひめしか推さないと明言してたファンもいる。
ひめのファンが減っていくのに合わせて、どんどんと彼女の顔は曇っていった。
ファンの人数が二桁を割ったころ、ボソリと言った「このまま独りぼっちになりたいくない」という言葉がものすごく印象に残っていて、その時から俺は一生ひめを推し続けると決めた。
「本当にずっと押し続けてくれるの?」
彼女は少し困惑が入り混じったような声でそう
「ずっとひめのことを推し続けるよ! 澄香や他のアイドルの所には行かない」
「信じていいんだよね?」
ここやはり数ヶ月の彼女の元ファン達の行動はものすごく彼女を傷つけていたらしい。
苦しそうな声でそう
「私待ってるから」
なにを渡されたんだろうかと考えていると、握手時間は終わった。
◇
他のファンにバレないようライブハウスを出てから静かに手渡されたものを確認すると、@の後に6桁の英数字が書かれている。
その下には小さくLINEとも書かれていた。
これはひめのIDだろうか?
まさかアイドルからLINEを教えてもらえるなんて想像したことなかったから信じられない気持ちのが強いが、別人のLINEを教えられた何てことはないと信じたい。
そんなことをしてひめになんの得があるんだろうか。
「申請してみるか」
ぼそっとそう
するとHIMEという名前の三毛猫の写真がアイコンのアカウントが出てきた。
本人の写真はないけど、三毛猫を飼ってるとは聞いたし本物かな?
疑問を完全に
これで『誰?』と言われたら間違えたと言えばいい。
それから数分後、スマホが震えたので急いで確認するとHIMEから「LINEありがとう。和也がよければ二人で会いたいんだけどどう?」と返ってきた。
「え、二人で?」
あまりに突然の申し出に
二人で出かけないかと誘われるのはすごく嬉しい、今までそのような妄想をしたことがないかと言えば嘘になる。
ただ本当に二人で会ってしまっていいんだろうか。
俺たちは友達ではなく恋人でもない。
ただのアイドルとファンという関係に過ぎないのだ。
ここで合ったら一線を踏み越えてしまわないか?
会うべきか会わざるべきかと自分の中の天使と悪魔が喧嘩していると、
『アイドルとして誘ったわけじゃなくて、個人のアカウントで私的な理由で送ったので、和也が良ければ友達として二人きりで会いたいです。アイドルをやっている人が異性の友達と会っちゃいけない決まりなんてないよね?』
「まあそんな決まりはないけど……」
その文言から伝わってくる気迫に
◇
数日後、指定された場所に行くとアイドルの時とは違う素のひめがいた。
彼女はいつものザ・アイドルという格好ではなく、ロングスカートに薄手のニットと言うどこにでもいる女子大生のような格好をしてきた。
彼女を知らない人が見たらとても地下アイドルでセンターを張っていたなどとは思わないだろう。
不安そうな顔でスマホを
「ごめんお待たせ」
「大丈夫私も今来たところだから」
「じゃあ行こうか」
そこからの時間は本当に夢のようだった。
カラオケなどではアイドルとしてのひめが顔を
もうすぐ帰らないとかなと言う時間帯になった頃、彼女は覚悟決めたような深刻な顔しながらそっと呟いた。
「今日一日楽しかったありがとう」
「こちらこそ楽しかったよありがとう」
「今更こんなこと言ってごめんね。かずやの名前ちゃんと知りたいから漢字教えて」
「え、俺の名前?」
あーそう言えば名乗ったりしたけど、書いて見せたことはなかったっけ?
「そそ、『かずや』ってどういう字?」
「和食の和の字に、池からさんずいを取ったやつ」
「ごめんうまくイメージできないから、書いてもらっていい?」
そう言うと彼女は何枚か折りたたまれているのか、分厚い紙を手渡してきた。
ご
「え、どういうこと? これに書けばいいの?」
何度か名前を書いてくれと言われた事はあったが、大抵渡されるのは無地のメモ用紙で、あからさまにここに書いてくださいという紙を渡されたことは一度もなかった。
「うん、そこに書いて。本屋で買ったんだけど読み仮名まで書いてもらえるから便利で愛用してるんだ」
あー確かに最近の子は漢字の読みと名前の読みが一致してないからな。
いろんな人と出会う手前、ひめにはこういうのが必要なのかもなと思いながら自分の名前を書いた。
「じゃあこれ」
書き終わり手渡すと彼女は満面の笑みを浮かべながら言った。
「書いてくれてありがとう」
よっぽど嬉しかったのか、日中以上に上機嫌でさよならするまで背中に羽が生えたかのように浮かれていた。
◇
家に帰り彼女にお礼のLINEの送った後、日課のTwitter周回を始める。
あーこのゲーム来週生放送やるのか。
あのアイドルに熱愛発覚か……。
有益と無益の入り混じったタイムラインを泳いでいると、「フォローしている人がツイートしました」と通知が来た。
俺が通知を入れているのはひめだけだ。
なんだ?と思いながらツイートを見るとそこには「
ツイートとともに
「は?」
驚きのあまり声らしい声が出ないでいると、突然スマホがけたたましく鳴り出した。
今取る気分じゃないな。
着信拒否をしようと画面をつけるとHIMEと名前が出ていた。
さよならの連絡だろうか。
それとももう連絡しないでほしいということだろうか。
これが最後になるかもと思って通話を取ると、開口一番彼女は言った。
『これからよろしくねあなた』
どういうこと?
あなた?
俺が?
何のことを言ってるか分からず口をパクパクとさせていると彼女は続けた。
「ずっと推してくれるって言って嬉しかったし、みんなが他の子に行っちゃうなか一途な姿勢を見せてくれる和也を見てたらいつの間にか私が惹かれていたし、誰にも渡したくないと思ってた。こんな強硬手段を取ったのは本当にごめん、ただ和也はこうでもしないと俺はファンだから付き合えないとか言われそうで……。婚姻届の写真送ったからちゃんとみて」
そう言って送られてきた写真には先ほど写っていなかった夫と妻の名前までしっかり写っていた。
そこに何故か俺の名前がある。
「ずっと推し続けるって言ってくれてありがとう。信じてるからこれからも推し続けてください」
その日俺たちはアイドルとファンから家族になった。
――――――――
ここまで読んでいただきありがとうございます。
二人の関係にドキドキしたや、ファン一人になっても幸せになってよかったなど思っていただけたら、☆や応援をいただけると嬉しいです。
また毎日21時21分から「妹が猫だと言い張りかわいがる女が、明らかに俺の元カノなんだが……」を連載しております。
こちら主人公である達也が飼い猫と言われた元カノと妹に巻き込まれ飼い主-飼い猫から再び恋人になるまでの物語です。
こちらも読んでいただけるとすごく嬉しいです。
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ナンバーワンでもオンリーワンでもない君と~いつのまにか推していた地下アイドルが家族になっていたんだが~ 下等練入 @katourennyuu
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