第17話 散髪。


 深夜0時過ぎ。

 凛翔と瑞葉は夜遅くまでメールのやりとりをしていた。凛翔はもう寝たいのに瑞葉がなかなか、やりとりを終わらせてくれない。


(連絡先交換したてで沢山送りたい気持ちは分かる! けど、俺は寝たい! お願いだから寝させてくれ)


 いつまで続くのだろうか、このやりとりは。


『いま何作ってると思う?』

『料理? いやいや、こんな時間にそれは無い』


 しかも悩まされる、なぞなぞのような問いをしてくるので、余計に眠れない。いや、多分仮にやりとりが終わったとしても、問いの答えが気になって眠れない。最悪じゃん。


『楽しみにしててね!』

『何をだよ』


 結局教えてくれなかった。


『おやすみ』


 キリが良くなったと感じた所で彼はそう切り出す。すると、瑞葉も『おやすみ』と返してくれた。なので凛翔はメールを閉じる。


 普通ならここでメールを閉じるのが常識だ。けど、瑞葉の常識は違った。彼は寝ている間にメールが大変な事になっているのを知らない。


『凛翔、寝ないで』

『ねえねえ。もしもーし』

『愛してる。愛してる。愛してる』

『凛翔と一緒に寝たい』

『凛翔の寝顔が見たい』

『写真送って』

『朝まであたしとメールしようよ』

『何で無視するの?』

『許さない』


 ***


 朝起きると、瑞葉から100通を越えるメールが届いていた。一応ブロックはされてないみたいで良かったが、彼女は心底怒っていた。何故怒っているのか、凛翔には分からない。おやすみを言い合ったら、普通寝るものだろう。


『おはよう。ごめん、瑞葉。寝落ちした』


 すると、ぷんぷん、という怒りのスタンプが送られてきた。


 朝食を食べ終え、古い制服をカバンの中に入れる。古い制服は謎だが、瑞葉の母親が欲しがっているらしい。本当に謎過ぎる。


 家を出る前にスマホを確認すると、彼女からメールが届いていた。


『今日、一緒に登校してくれたら、許してあげる。校門で待ち合わせね♪』


「言うの、おせーよ」


 よくよく文面を見るとと書かれている。凛翔はそれに気づかない。適当に『りょ』とだけ送っておいた。


 ***


 校門に着くと瑞葉が待ち伏せしていた。否、正しくは待っていた。


「え? 何で瑞葉がここに?」


「一緒に登校しよ? って言ったじゃん」


「校門から教室までって、一緒に登校とは言わなくね?」


 凛翔のツッコミに瑞葉は何も言わない。


「それより、古い制服持ってきてくれた?」


「ああ」


 凛翔はカバンから古い制服を出し、それを瑞葉が回収する。すると、彼女は笑顔になる。それを見て、凛翔はホッと胸を撫で下ろす。


「ありがと」


「あとさー、凛翔髪伸びたんじゃない?」


 言われてもあまり自分では分からない。別に肩まで伸びたわけでもないし。瑞葉の思い違いな気もする。


「そうか?」


「うん。だから、あたしが切ってあげる」


 そう言いつつ、彼女は持っていたハサミをチョキチョキする動作をする。


(いつの間に鋏出てきたんだよ)


 それから「櫛も持ってきた」と櫛も見せてくれた。相当、凛翔の髪が長いことを気にしていたのだろう。――本当は凛翔人形に必要な髪の毛を採取する為なのだけれど。


 話しているうちに教室に着いてしまった。


「じゃ、またね!」


「あ、待て。昨日は何作ってたんだ?」


「教えなーい」


 口を割らない瑞葉にむず痒くなる凛翔。けどそれは、もうじき分かる事になる。



 昼休みになると瑞葉が教室に遊びに来た。


「凛翔ー、髪切りにきたよー」


「……は?」


 冗談だと思っていた。教室でしかも皆が見てる前で髪を切られるなんて。けれど、瑞葉は本気のようだった。


 チョキチョキ チョキチョキ。


 いま、俺に起こっている事を説明しよう。

 美少女に教室で髪を切られている。

 訳が分からない。髪が伸びているなら、美容院に行くのに。


 瑞葉に髪を切られること、20分弱。

 ようやく散髪が終わった。


「ふぅ〜疲れた」


 瑞葉は床に落ちた凛翔の髪の毛をちりとりで拾う。そして――透明の袋に入れる。


 彼の行動制限もこれにて解除され、彼は自由になった。


「今日は散髪に付き合ってくれて、ありがとね! じゃ、また」


 彼女は颯爽と教室から出ていった。

 本当に瑞葉は謎な存在だ。鑑賞用に凛翔の似顔絵が欲しいと言い、凛翔を絵のモデルにするし、彼女の母親が凛翔の制服欲しがるし、いきなり「髪、伸びてない?」と言い、教室で髪を切るし。二番目は瑞葉の母親もおかしい。


 彼女が出ていってからは、衆人環視の中で過ごす羽目になった。勘弁してくれ。

 今も尚、ひそひそ話が聞こえてくる。


 後ろを振り返って床を見ると、髪の毛一本も落ちていなかった。凛翔は感心した。


 ***


 放課後。

 この日、二人は一緒に帰らなかった。


「髪短くなった凛翔、ちょーカッコいいね!」


「さんきゅ。今日は一緒に帰らないのか?」


「うん。これから忙しいから」


「?」


 バイトでもするのだろうか。因みに今日は茶道部お休みで、てっきりこの機会に一緒に下校を誘われるのかと思っていた。



 瑞葉宅。


「よし! 作ってやる! 見てなさい、あたしの本気を」


 まずは設計図を見ながら、発泡スチロールと段ボールを切っていく。発泡スチロールは頭部と胴体。段ボールは細かく切って、腕や足、耳などのパーツに使う。何とか3時間くらい掛かって、切る作業は終わった。


 一日じゃ終わらなかったので、切ったパーツをボンドとセロハンテープで貼るだけ貼って、寝た。多分、寝ている間に乾くだろう。



 凛翔人形制作進捗:61%


 次の日。起きたら、人形のパーツがどれもくっついていた。


(良し!)


 その日の夜は凛翔から貰った、古い制服をチョキチョキと切っていた。人形用のサイズになるように小さく切って、ボンドで貼る。


 作業中は『I LOVE 凛翔』という曲をかけている。リズムに合わせて、瑞葉が歌っているだけだが、『凛翔』という名前を聞くだけで、本人曰くモチベが上がるらしいので、ループしてかけている。本当だったら、凛翔の生歌を聞きたい所だが、彼が歌ってくれないから。


 今日の作業はこれで終了。完成に段々近づいてきた。明日には出来上がるかな。待っててね、凛翔。



 凛翔人形制作進捗:86%


 そのまた翌日。

 後は髪の毛をくっつけて、デジタル絵にした凛翔の似顔絵イラストの紙を顔部分に貼るだけだ。


 だが、その裏では凛翔が瑞葉のことを密かに心配していた。


「最近、そっけないけど大丈夫か?」


「え? そう? もう少しで完成するから待っててね!」


「何をだよ」


 やっぱり、様子がおかしい。



 その日の夜。

 ようやく凛翔人形が完成した。


 髪の毛をくっつける作業は非常に手こずった。気づけば机に彼の髪の毛が散乱していた。もう少し長かったら簡単なのだが。


 完成した凛翔人形は全てが神がかっていた。凛翔の似顔絵イラストは尊すぎるし。特徴を捉えているので、彼女にとってはすごく嬉しい。見ているだけで興奮する。


(早く凛翔に伝えないと)


 瑞葉はメールを開き、彼にメッセージを送る。


『完成したよ!』

『何が?』

『……凛翔人形』

『凛翔人形……?』

『明日、プレゼントするから』

『それって拒否権無いのか?』

『無い』


「凛翔人形」と聞き、怪訝に思う彼。フレーズからして怪しい。それに拒否権無いのは困る。


 けど、最近忙しくて瑞葉からの大量メールが来なくなっていた事に関しては素直に喜ばしいことだった。でも、今夜からまた再開される。


『おやすみ』

『おやすみ。明日楽しみに待っててね! 怖い思いをするかもしれないけど』

『怖い思い?』


 瑞葉は凛翔の家の合鍵を固く握りしめていた。そして、月を見ながら悪戯にニヤリと笑った。




*あとがき

読んで下さり、ありがとうございます。

このエピソード含めてあと2話で第一章が完結します。これからもよろしくお願いいたします(⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)⁠✧⁠*⁠。







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