第18話 侵入。


 凛翔は帰路をゆっくりと歩いていた。今日は部活があったので、帰るのが遅くなってしまった。相変わらず瑞葉は茶道部をお休みしていた。


(辞めちゃうのかな)


 そんな思いが脳裏を過る。


 別に瑞葉が明るく元気なら、それでいい。


 それが凛翔の気持ちだった。


 彼女が葛藤しているのは当然知っていた。けど、手助けはしない。これは彼女自身の問題だから。


(昨日の怖い思いをする、ってメール、何だったんだろ)


 瑞葉は時々、モヤモヤするメールを送ってくる。抽象的で答えが無いような。だから、気になって寝れなくなる事がしばしばある。


 悪い予感と寒気がしたが、家に帰る足は止めない。


 マンションの六階に辿り着いた時、再び寒気がした。


 玄関の扉を恐る恐る開ける――。


「ただい――」


「――おかえり、凛翔」


「は?」


 そこにはエプロン姿の瑞葉がいた。何故、彼女は勝手に侵入しているのだろうか。鍵はどうした。それに家族が居ない。


「何で瑞葉がここにいるんだよ。鍵は?」


「盗んだ」


 満面の笑みでそう言う瑞葉が恐ろしい。


「家族の靴が一足も無いけど、俺の家族はどこ行った?」


「いま、ホテルに一泊旅行してるよー。だから、二人きりだねっ」


(何で平日の何気ない今日に、ホテルに泊まってるんだよ。絶対、瑞葉が仕組んだだろ。それにホテルに泊まる事を旅行というのだろうか。……遠くには行ってないよな?)


 朝、ホテルに泊まるだなんて話、出てなかった。


「さあさあ、上がって。上がって〜」


「ここ、俺の家だよな?」


 家に入ると、美味しそうな食べ物の匂いがぷんぷんしてきた。ひょっとして勝手に料理も作ったのか?


「いただきます」


「い、いただきます」


「疲れた凛翔の為に美味しいご飯、作ってあげたよ。好きなだけ食べてね!」


(ダメだ。完全に俺の家が瑞葉に乗っ取られた……)


 メニューはハンバーグと味噌汁とほうれん草のお浸しと白米だった。

 どれも美味しかった。詩織と良い勝負だ。


「将来は毎日、凛翔の為に作ってあげるからね!」


「?」


 それは結婚を意味していた。


 皿洗いも全て瑞葉がしてくれた。


「あたしはお菓子食べて、ちょっと休憩したら帰るから」


 てっきり泊まる、とか言うのかと思っていた。意外。


 ということは、彼は一人で夜を過ごす事になる。寂しい。


 お菓子を取りに行く瑞葉。

 だが、高い位置にあって、取れなさそうだ。ていうか、お菓子がある場所を把握されてる事自体、怖いことなのだが。凛翔はもう慣れてしまった。


「いいよ、俺やるよ」


「えっ?」


 スマートに凛翔はお菓子を取った。

 瑞葉はキュンとする。


(……好き)


 そして二人はお菓子を持って、リビングに移動した。


 瑞葉はクッキーを食べながら、ボーっとTVを観ている。丁度、今の時間はドラマが放送されていた。凛翔はドラマに出ている女優に釘付けになっていた。ちら、と瑞葉は彼のほうを見る。一瞬で、瑞葉の表情は笑みから睨みに変わった。


「ねえ、あたしよりあの女優の方が可愛いの?」


「え? ああ、演技上手いなぁ……って観てただけ。別にそういう意味じゃない」


「あたしの方がいいよね?」


「うん」


「じゃあ、何で付けてるの? TV」


 瑞葉は女優に釘付けになる凛翔に憤慨していた。

 TVのチャンネルをいきなりNHKに彼女は変えた。


「チャンネル変えるなよ。観てたのに」


「あたしが居なくなってから観て。我慢出来ない」


 終始彼女はムスッとしていた。


 お菓子タイムが終わると、帰る――のかと思ったが、まだ何かあるようだ。


「渡したい物があるの」


「渡したい物?」


 そう言うと彼女はカバンから凛翔人形を取り出した。


「これを作る為に最近頑張ってたんだよ」


 凛翔の脳内で全てのピースが繋がった。


 散髪も似顔絵を描いていたのも古い制服が欲しいと言っていたのも、この為だったんだ。発想がとても恐ろしかった。


「はい」と瑞葉に手渡される。


 だが、凛翔はそれを拒否した。


「要らない」


「えっ? 要らないの? こんなにカッコいいのに」


 瑞葉の美的センスがよく分からない。けど、完成度は高かった。


「分かったよ。要らないなら、あたしが大事にする」


 何故か瑞葉はあっさりと引き下がった。


「見せれただけでも良かったから」


 瑞葉は儚げに笑う。


「じゃあね」


「うん。またな」


 手を振ってお別れする。


 もう空は真っ黒に染まっていた。


 最後に瑞葉はこう問うた。


「あたしのこと、嫌いじゃないよね?」


「え? 何でそんな事聞くんだ?」


「何となく」


 彼女は踵を返す。


「またね」


 瑞葉は振り向かずにそう告げるのだった。

 何故瑞葉がそんな事を聞いてきたのか、凛翔には分からなかった。

 けど、彼女の様子がおかしいのは確かだった。

 不穏な空気の中、一日が終わった。











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