第15話 似顔絵。


 瑞葉は自室のベッドで横になっていた。時刻は23時過ぎ。


 眠れないんじゃなくて、わざと寝ないだけ。ずっとこのまま、こうしていても何かが変わるわけじゃないのに。


(あたしがずっと我慢していればいいのかなぁ……つらい)


 別に凛翔に合わせて絶対に茶道部に入らなきゃいけないわけじゃないのに、瑞葉は悩んでしまう。それだけ、彼と一緒に居たいのだ。


(んー)


 唸りながら天井を見つめる瑞葉。

 天井のライトが瑞葉の瞳を光らせる。


 ふと、瑞葉は寝返りを打つように右を見た。そこにはポーチに入った凛翔の髪の毛が。


 お守りのように、ずっと肌身離さず持っていた。天井のライトに照らされ、煌めく髪の毛。少し茶色っぽくなっている。でもそれが、凛翔らしかった。


 彼女は髪の毛を手でつまみ、暫し見つめた。自然と肩の力が抜けてくる。


(なんか凛翔の髪の毛見てたら、悩みなんて吹っ飛んじゃったな……)


 髪の毛は思いの外、リラックス効果があったようだ。でも、無くしやすいので注意が必要だ。


 ふと、彼女はある事に気づいた。


「ん?」


(あれ……? この髪の毛、何かに使えない?)


 一本の髪の毛は大切に取っておきたいけど、それを有効活用できる何か――


(あ! そうだ! 凛翔人形作ろう!)


 そう思い立つのだった。


 材料はあとで買い揃えればいい。

 そうして、いつの間にか瑞葉は寝てしまって、気づけば朝になっていた。

 勿論、髪の毛をポーチに仕舞うのは忘れずに。


「んんーっ」


 寝不足だが、熟睡は出来たようだ。


(まずは設計図からかな)


 凛翔人形が作れる、と思うと瑞葉はウキウキして仕方がなかった。



 学校へ到着。


 最近、瑞葉はピンク色のポーチを持ち歩くようになった。廊下ですれ違う時もよく目にする。凛翔はそれが密かに気になっていた。


 でも、なんか聞いちゃいけない気がするので……。


 気づいてないフリをしてあげよう。


 そう今日も彼は無視を決めかねるのであった。


 瑞葉は凛翔の髪の毛で現実逃避してる反面、やはり悩んでもいた。


 自分の髪の毛をくるくるくるくるしながら、顔に皺を作っていると、友達につっこまれる。


「ねえ、瑞葉。どしたの? 最近、様子がおかしいよ」


「そうだよ。そんなに悩むなら、うちらと一緒に家庭科部、入りなって!」


 瑞葉の友達――みどりとあかり――はちゃっかり家庭科部に入っていた。


「……家庭科、部…………?」


「そう! うちら、家庭科部に入る事にしたの! 瑞葉も良かったら――」


 正直、彼女たちが家庭科部に入るのは意外だった。だって、二人ともギャルのような子だから。家庭を持つとか、全然想像出来ない。それに、瑞葉も料理や裁縫は苦手だった。けど、凛翔の為になら――出来るかもしれない。


 それでも、凛翔が家庭科部に入らない限りは瑞葉も入らない。


「家庭科部、いいね」


 この時の瑞葉の表情は泣きそうな顔をしていた。それをぐっと歯を食い縛り、我慢する。


「でしょ? 瑞葉も入ろ?」


「ううん。あたし、茶道部に入るって決めたの。だから、家庭科部には入らない」


「ええーっ」


「茶道? しぶ。何で?」


 二人は怪訝な顔をする。

 みどりとあかりが家庭科部なのも意外だが、瑞葉の茶道部は更に意外だ。静かなのも、じっとしてるのも、苦手なのに。瑞葉と和はあまり合わない。


「お茶菓子、美味しいじゃん? だから」


「家庭科部でもお菓子食べれるよ」


 あっさり論破された。瑞葉、撃沈。


「……そうだね」


 憂いを帯びた目をする瑞葉。

 なんか、切なくなってくる。


「入部届けとか、出しちゃった感じ?」


「うん」


「そっか~。じゃあ、仕方ないね。茶道部、頑張って楽しんでね!」


 チャイムが鳴って、友達は自分の席に戻っていった。


 時は過ぎ、放課後。

 瑞葉は図書室にいた。


 やはり例の『心理テストの本』を手にしていた。でも、本に集中なんて出来るはずもなく、教室同様、髪の毛をくるくるして、頬杖をついていた。


「うーん」


 悩んでるのかと、思いきや。


「似顔絵からにしようかな。よし!」


 どうやら、凛翔人形の事を考えていたようだ。


 バッと椅子から立ち上がる瑞葉。

 これまで、読書や勉強をしていた人達の視線が、何事かと思われ、瑞葉に集まる。

 瑞葉は軽く謝罪した。


 そうと決まれば、似顔絵を描く為の紙とシャーペンを用意しなければいけない。そして、凛翔と共にする時間も必要だ。


 凛翔に何て説明すればいいのだろうか。人形を作る計画がバレるのは、まだ早い。



 次の日の放課後。

 もう季節は五月にさしかかった。

 みんな、涼しげな格好をしている。ブレザーを着ている生徒は少ししかいない。


 瑞葉は五月verの彼に声を掛ける。

 凛翔もブレザー着てない人だった。


「あのさ、今から絵のモデルになってくれないかな? 似顔絵を描きたいの」


「あ、今日は無理かも。茶道部あるよ」


 瑞葉は茶道部に行きたくないから、部活ある事を忘れていたらしい。せっかく、スケッチブックと筆記用具、準備したのに。


 仕方なく、瑞葉は彼についていった。

 でも、瑞葉は正座に耐えきれず、お茶菓子とお茶だけ口にして、早退した。


「無理しなくていいぞ、瑞葉」


「うん。分かってる。でも、明日はあたしのデッサンに付き合ってよね」


「……」


 残念なことに明日も茶道部はあった。



 翌日。


 彼女は今日も凛翔の教室に訪れる。


「凛翔ー、似顔絵――」


「それって、昼休みにやっちゃダメなのか?」


(うーん。やっぱり……)


「ダメなの。周りに人がいたら、気が散る。凛翔と二人きりになりたいの」


 誰かに見られているのは良くないらしい。変な噂が立つから。これでも瑞葉はかなりの美少女。注意しとかないと、何が起こるか分からない。


「そっか。じゃ、休むよ」


 ここで、凛翔が折れてくれた。


「ほんと!? これは夢? 夢なの??」


「夢じゃないけど、何で俺の絵を描きたいんだ?」


「んー、それは……凛翔で癒されたいから。被写体でも凛翔をずっと、見てたいから」


(ちょっとよく分からない)


「分かった。でも俺、じっとしてるの、苦手だな」


(茶道部なのに?)


 どうやら彼は、厳密に言うと、じっとしてるのは平気だけど、固まって動かないでいるのは苦手らしい。

 頬を掻いたり、足を少し崩したりしたいそうだ。でもきっと、瑞葉に説明しても理解してくれなさそうだ。


 放課後になり、教室に瑞葉と凛翔だけが残った。教室の真ん中にはキャンバスが。そこにスケッチブックを立て掛けた。

 人物画の模写なので、絵の具は使わない。


 茶道部に休みの報告をすると、音原さんに「珍しいですね」と言われた。


 さて、デッサンを開始しようか――と思ったが、凛翔から質問が飛んできた。


「俺が写った写真を見て描くのじゃ、ダメなのか?」


「ダメ! 生身の人間じゃないと、リアル感が出せないでしょ? あ、凛翔は人間じゃなくて、神だったわ、ごめん」


「俺の絵を何に使うんだよ……」


「だ! か! ら! 凛翔を眺めて癒されたいって言ったでしょ。鑑賞用だよ、鑑賞用」


「ふーん」


 凛翔は興味なさげだ。


 今度こそ、デッサンを開始する。

 まずは全体の構図を決めて、アタリを描く。それが終わると、頭から徐々に描いていく。


 すると、凛翔からまたも質問がやって来る。


「いろんなポーズとか、しなくていいのか?」


 興味ない割には積極的な凛翔。

 早く終わらせたいのか、この訳の分からないデッサンに何故付き合わされてるのかという謎を解明したいのか、それは本人にしか分からない。けど、すごく疑問に思っている様子が伺える。


「いいの。このままで。腕、下ろしてね」


 凛翔は椅子に座ってラフなスタイルでいる。何のポーズもなく、THE普通といったかんじ。意外と楽だった。


 30分後。


 さっきから沢山描いているように見えて、絵は全く進んでいなかった。


「ボツ!」、「これもボツ!」といったように彼女は紙を破り捨てていった。少々、自暴自棄になっている面もある。


「うーん。全然、上手く描けない。最悪」


 そこにあるのは、何十倍も美化された凛翔の絵だった。


「ちょっと見にいってもいいか?」


「ダメ! 見ないで!」


 もう日が落ち、空は群青色。

 早くしなければいけない。凛翔も少し、彼女の絵の進捗が気になっていた。


「見、見な――わあっ!」


 凛翔は押し倒すように瑞葉の絵を覗き込んだ。


「こ、これ……」


「な、なに……?」


 息を呑む二人。


「――すごく上手くないか?」


「えっ! そう?」


 凛翔に褒められ、少し自信がついたようだ。


「これをボツにするなんて、勿体ないよ。顔だけじゃなくて、体も描きなって」


「そう?」


 ここからは順調だった。

 だって凛翔本人が認めてくれたのだから。筆の進みも早くなり、ようやく完成した。


 シャーペンだと思えないほどのイラストの出来。髪も艶があって、服のシワ、影などもちゃんと描けてる。

 ただ、一つ問題点が――


「俺、美化され過ぎじゃないか? 自分で言うのも難だけど、イケメン過ぎる」


「えへへ。ありがとー」


 素直に褒め言葉だと受け取った瑞葉だった。


 瑞葉はスケッチブックに透明なフィルムを掛けて、鞄にしまった。


「今日は一緒に帰る?」


 もう暗いから一緒に帰った方が安全だ。寄り道せずに真っ直ぐ歩く。


 帰り道。

 もうすぐ家に着くって所で瑞葉は、


「古い制服、くれない?」


 唐突にそう聞くのだった。


「は? 何の為に?」


「回収」


「?」


「凛翔の制服が欲しいの。あたしが回収しなきゃいけないの」


「だから、何なんだよ。さっぱり意味が分からねーよ」


「お、お母さんに頼まれてるんだよね」


「そうなのか。って、頼まれてる……? 母親に? 俺の着なくなった制服、回収しろって? もっと意味分かんなくなってきた」


「ま、いいじゃん、いいじゃん。持ってこなかったら、あたしが凛翔の家から奪い取るから(ドヤッ)」


「はいはい」


 仕方なく頷く凛翔。


 そうして、二人は別々の帰路に別れた。


 瑞葉が家に着いてから――。


「よしっ。これで設計図が完成したっ! あとはホームセンターで段ボールと発泡スチロールとか買えばいいよね」


「でもなんか、凛翔の顔が歪んでる気がするんだよね。それに、バランスも悪いし。どうしたもんかな……」


 凛翔の人物画を見て瑞葉は唸る。

 人物画は二頭身verと通常verの二パターン描いた。


 二頭身イラストは人形だから、全体の形の参考に使い、通常イラストはデザインや顔の参考に使う。


 スケッチブックを閉じ、ベッドに入る。何度、凛翔のイラストを描いても、瑞葉は満足出来ない。だって、瑞葉の好きな本物りんとには敵わないから。

 何で顔が歪んでるように見えたのかも分からない。でも、凛翔人形が少し完成に近づいて、嬉しそうな瑞葉だった。


 凛翔人形制作進捗:15%




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