第13話 部活見学④茶道部。


 無事、茶道部に着いた。瑞葉はへとへとだけど。茶道部は凛翔たちの教室から近く、とても通いやすい距離にある。

 茶室は当然ながら畳が敷き詰められており、掛け軸がかけてあった。今日の掛け軸には『一期一会』と書かれていた。生徒たちはこちらの存在に気がついていないのか、皆正座して真っ直ぐ前を向いている。


(流石茶道部。みんな姿勢が良すぎる……俺もこの輪に馴染めるだろうか)


 男女比は2:8くらい。漫画研究部と違って女子が多い。でも凛翔にとって、ゆったりまったりな雰囲気は嫌いじゃない。彼は落ち着ける場所を求めていたのだ。


 ふと顧問のおばあちゃん先生が凛翔たちに気づいて、こちらに向かってきた。


「あら、気づくの遅れてごめんなさいね。顧問の守屋もりやといいます。今日はよろしくお願いしますね。さ、上がって、上がって」


 守屋先生に手招きされて、茶室に上がる。この時、靴を脱ぎ、揃えるのがマナーだ。瑞葉も凛翔にならう。


 茶室に上がると、一気に部員の生徒たちの視線が凛翔たちに集中した。


「こちらは見学に来た小鳥遊さんと佐渡さんです。皆、仲良くするように」


 守屋先生はおばあちゃん先生で白髪混じりのショートカットの髪に優しそうな細い目が特徴的だ。いつも着物を着ている。というか、着物以外の姿を見た事が無い。


「はーい」


「小鳥遊です」


「佐渡です」


 招かれるように茶室に上がったが、正直何処に座ればいいのか、よく分からない。

 そうこうしていると、ぽやーんとしている小柄な女の子に案内される。


「取り敢えず、ここに座って下さい」


 指定されたのは列の一番はじっこの席。そこに二人は並んで座る。ここからだと、外の笹の葉が美しく見える。和を感じられる。うん、なかなか良い席だ。


「はい」


「あ、私、音原おとはら祐夏ゆかといいます。茶道部のリーダーをしております。よろしくお願いいたします」


「「よろしくお願いします」」


 ぺこり、と頭を下げる。


 音原さんは茶髪のセミロングに赤いメガネをかけている。何だかインテリっぽい。可愛いけど、瑞葉が嫌いそう……。


 既に瑞葉は睨みモードに突入している。


「凛翔、あたしあの子、嫌い」


 瑞葉は小声で耳打ち。


(言ってるそばから……)


「何ですか?」


「何でもありません。ちょっと虫が気になって、つい睨んでしまいました……」


「そうですか、よろしくお願いしますね?」


 なんか、この子も怖い。

 嫌って敵対してる女子と、仲良くしたいから、嫌われても強引に距離を縮めてる女子ってところか。


「まず、何をすれば――」


「まずは私たちの動作を見てて下さい。道具はこれからお持ちしますね」


「「ありがとうございます」」


「見学でお茶菓子って出ますか?」と瑞葉。


「出ますよ。小鳥遊くんには甘いのを佐渡さんにはちょっぴり苦いのをご用意致しますね! なんて、冗談です。うふふ」


 音原さんはそう告げて、去っていった。


(何で二人ともこんなに敵意を剥き出しにしてるんだろ)


 隣で瑞葉は歯ぎしりをしていた。


「何なのよ、あいつー! はぁ、ムカつく」


「落ち着け、瑞葉。茶菓子出るって」


 儀式が始まると、茶道部員たちは真剣な表情に変わり、茶を点て始めた。


(まだ終わってなかったのか……)


 お椀が回ってきて、音原さんが説明をし出した。


「このお椀を4分の1回転、そして更に4分の1回転させるんです」


 次に茶筅でかき混ぜる。

 かき混ぜるのには結構力が必要だ。


「そして、まずは一口飲み、最後に一気に飲み干すのです。分かりました?」


「「はい」」


 音原さんはお茶を飲み、その後お茶菓子を食べた。一通りのマナーを学んだ所で、さあ実践だ。


 凛翔たちの席にも茶が入ったお椀が回ってきた。


 凛翔は美しい所作でお茶を点てる。

 一方、彼女は――。


「姿勢を正して下さい!」


「えー、こう?」


「こうです!」


「痛っ!」


 瑞葉は徐々に茶道を嫌いになっていく。すごく苦戦していた。


「手伝おうか?」


「大丈――」


 お茶を点てようとした矢先、彼女の言葉が止まった。


 凄く苦い顔をしており、顔がひきつっている。何かに悶絶しているようだ。


「……痺れた」


(Oh……)


 彼女を救済すべく、凛翔は守屋先生に尋ねる。


「彼女、痺れたようで足、崩してもいいでしょうか」


「どうぞ」


「瑞葉、足崩していいって」


「ありがとう」


 ここでようやく、お茶を飲む事ができた。見学なのに、お茶が飲めてお茶菓子が食べれるなんて、なんて有難い事なのだろう。親切すぎる。


「はぁー美味しい」


「だな」


 お茶は濃厚で苦くなく、温かい。

 久しぶりに飲んだお茶は凄く美味しかった。

 だが、まだお茶菓子が残っている。


 しばらくすると、お茶菓子も回ってきた。


「これは雲平うんぺいというお茶菓子です。とても食感がよく、美味しいですよ」


 食べてみると、柔らかくて甘かった。

 茶道部に入れば、こんな美味しいお菓子が食べれるなんて、とても魅力的だ。


 ひとまず、茶道の儀式が終わった。


 終わると、黙祷タイムになり、それが済むと殆どの部員が帰っていった。


 残ったのは凛翔と瑞葉、そして音原さんと守屋先生だけ。凛翔が残りたい、と言ったので、残ることになった。もう夕日が沈み、外は真っ暗。遅くなってしまった。


 凛翔は掛け軸を見つめる。

 その様子に気づいた守屋先生が説明を始める。


「『一期一会』というのは一生に一度限りの縁、という意味なのよ。小鳥遊さんと佐渡さんは運命で引き寄せられた縁。その縁を大切にしなさい」


(う、運命……)


 ブワッ。


 瑞葉は鼻血を出し、失神する。


「大丈夫か? 瑞葉」


「運命だって! あたしと凛翔の出会いが!」


「……!」


 びっくりしている音原さんに瑞葉と凛翔が小学校の頃の同級生で、高校の入学式で再会した、という事実を伝えると――


「へー、そうだったんですね。でも、二人の出会いは運命なんかじゃなくて、ただの偶然です」


「あんたに何が分かるのよ。偶然なんかじゃないもん!」


 二人は相変わらず、いがみ合っている。


「いいえ、間違いなく二人の再会は運命です。これこそ、一期一会です。再会できるなんて、良い事ね、その縁を大切にしなさい」


「ほら、守屋先生も運命って言ってる――」


 ブワッ。


 どうやら、瑞葉に運命っていう単語は地雷らしい。


「もう! 運命でいいですから、いちいち鼻血出さないで下さい」


 音原さんは怒り気味。


 瑞葉が鼻血の処理で大変な所に、彼は守屋先生にある質問をした。


「ちょっと畳で寝転んでもいいですか」


「どうぞ、ご自由に」


 凛翔は畳に寝転んだ。


 落ち着ける空間。暖かい風。月光に照らされる綺麗な笹。


(……気持ちいい)


 凛翔が求めていた、落ち着ける場所。まさにここだった。


(日々の疲れも寝れば取れるし、最高)


 漫画研究部も趣味に没頭出来るから、いいけど茶道部はゆったりまったり出来て落ち着く。


 二択で迷ったが、凛翔の辿り着いた選択は――


「瑞葉、帰ろ。……瑞葉?」


 彼女は今日の生け花の写真を撮っていた。今日の生け花は紫桔梗だ。とてもクールで凛としている。


 凛翔がぼーっと彼女を眺めていると――。


「紫桔梗、綺麗でしょ。佐渡さんも気に入ってくれたわ」と守屋先生。


 でも瑞葉はどことなく悲しそうな顔をしていた。横顔からでも分かるほどに。


「そういえば、小鳥遊くんは入る部活決まったかしら?」


「俺、茶道部に入ります」


「えっ!」


 瑞葉が一番驚いている。


(何で……どうして……)


「凛翔、漫画研究部に入ろうよ」


 彼女が一番焦っている。

 どうしても漫画研究部に彼を引きずり込みたいと言わんばかりに。


「いや、俺はここに入る」


「えー、絶対漫画研究部の方が楽しいって! お願い! 、漫画研究部に入ろ?」


「そんなに言うなら、お前だけ漫画研究部に入ればいいんじゃねーの?」


(何でそんな、突き放すような言い方するのよ……)


「ううん、あたしも茶道部に入る」


 ***

 瑞葉side


「俺、茶道部に入ります」


 その言葉を聞いたあたしは絶望した。茶道部だけは一番入りたくなかった部で、彼に合わせるにしても自分を最大限押し殺さなければいけない。

 あたしはパソコン部か漫画研究部に本音を言えば、入りたかった。


「そんなに言うなら、お前だけ漫画研究部に入ればいいんじゃねーの?」


 その言葉であたしは立ち直れないんじゃないか、って思った。

 だって、それってあたしと離れても平気ってことじゃん。あたしは一秒でも欠かさず、凛翔のそばにいたいのに。


「ううん、あたしも茶道部に入る」


 そう決意したのは物凄く大変な事だった。


 正座も嫌。静かな空間も嫌。落ち着いてじっとしてなきゃいけないのも嫌。暇なのも嫌。お茶菓子は美味しいけど、お茶は苦いから嫌。さっきは嘘吐いた。それに音原さんも嫌い。


 そんな嫌な要素いっぱいな所にずっといるのは、きっといつか限界が来る。


 でも――

 凛翔に合わせなきゃ。これくらい我慢しなきゃ。彼とずっと一緒に居たいから。


 だから、あたしは茶道部への入部を決めた。


 ***


 凛翔は彼女のちょっとした表情の変化にも気づく。


「瑞葉、なんかつらそうだけど、無理してないか?」


「大丈夫だよ。茶道部、楽しいに決まってるじゃん!」


(なんか無理してそうだけど……)


「入部届け、今日出していきますか?」


「はい、お願いします」 


 部活見学初日で入る部を決めるのは、かなり早い。でも凛翔は早めに部活を経験したかった。それに前々から、候補絞られてたし。


 入部届けを書く時、瑞葉の手は震えていた。



 そうして、二人はそのまま校舎を出た。


 帰り道。


「そんなに早く部活、決めちゃっていいの?」


「いいんだ」


「瑞葉は無理して茶道部に入らなくてもいいんだよ」


「うん、分かってる。それでも凛翔と一緒に居たいから」


「……そっか」


 二人の背景には星がキラキラと瞬いていた。


 でも、この時の瑞葉は知らなかった。自分が幽霊部員になる事も。物事を続けるのはとても簡単じゃない事も。『好き』だけで部活を続けられるわけない事も。


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