第5話 帰路。


 日が暮れて、空は群青色に染まっていた。今、凛翔は瑞葉と手を繋いで、帰り道を歩いている所だ。何故、手を繋いでいるのかというと、瑞葉が「離して」と言っても離してくれないからだ。勿論、恋人繋ぎではない。でも、悪い気はしない。


 数分歩くと、すぐそこにコンビニが見えた。コンビニで二人はお菓子を買った。


 そして更に数分歩くと、雑貨屋さんが現れた。


 店の外から見ると、丁度ガラス越しに二つのマグカップがあるのが見えた。


 瑞葉は興味深そうに同じ模様のマグカップを見つめていた。


(もし、凛翔と恋人になって、そしてゆくゆく結婚したらあのマグカップ欲しいなー)


 想像を膨らませる瑞葉。


「あのマグカップ、可愛くない? 欲しいね」


「うん」


 そう言いながらも、瑞葉は店の外からマグカップを見つめているだけだ。


「買わないの?」


「ふえっ! い、今は……恥ずかしい……」


(何でだろう?)と凛翔は首を傾げる。


「じゃあ、行こう」


 そうして、二人は再度歩き始めた。もう目的は家に帰るんじゃなくて、二人で旅してるようだった。二人の足取りはとぼとぼとしていた。


 次に向かったのは公園。完全に家とは逆のルートになっていた。それでも良かった。もっと手の温もりを味わっていたいから。


 公園に着き、ベンチに座る。

 さっき買ったお菓子を食べてみる。美味しい。


 しばらくは瑞葉と時間を忘れて、お菓子を食べながら談笑していた。


「……小学校の頃、よく公園で遊んだよね。覚えてる?」


「懐かしい」


 二人で遊んだ事は無かったが、公園にはよく来ていた。凛翔は運動は出来なかったけど、昔は友達と沢山走り回っていた。すごく懐かしい。


「それでさ、転びそうになってたあたしを助けてくれたっけ。あたしはそれで凛翔のことを好――惹かれたんだよね」


 こんなに可愛い美少女が助けただけで、惹かれてくれる。凛翔は平凡で顔もカッコいいわけじゃないのに。こんな事があっていいのだろうか。


「当然、覚えてるよね?」


 凛翔は覚えていなかった。

 けど、ヤンデレな瑞葉の作り話ではない。小学三年生の頃、確かに彼は瑞葉を助けた。凛翔にとってはさほど重要な出来事ではなかったらしい。


「ごめん、覚えてない」


「何で? どうして覚えててくれてないの? あたし、感謝してるんだよ? もしかして、助けたのは偽善だったとか?」


「偽善じゃない」


「なら、いいよ。それでもお返しがしたいと思ってるから。覚えてなかったのは一生許さないけど」


(重い……)


「あの時は助けてくれてありがとう。感謝を込めて、あーん」


「あ……」


 凛翔が口癖の「あ」を言って、口を開けた瞬間、彼女がコンビニで買ったハートのチョコを凛翔の口に入れてきた。


 それは甘くて美味しくて、苺の味がした。瑞葉の愛情も入ってる気がする。不意討ちだった。凛翔が無防備過ぎるから。


 瑞葉はチョコをあげたのち、自分の指をたっぷりと舐めた。その指には開けた凛翔の口が小さかった為、彼の唾液が程よく付着していた。


(凛翔の味、美味しい……)


 そして更に、彼女は凛翔の唾液が付着した指を嗅ぐ。匂いは瑞葉が舐めたせいで、彼女の唾液の匂いもする。けど、どれが誰の唾液の匂いかは愛が強い瑞葉くらいにしか分からないだろう。瑞葉は自分の指を舐めてしまった事を非常に後悔した。


「今、何かしなかった?」


「何も? ……してないよ?」


 冷静になってくると、彼に問いかけられてる事に気づいた。今の瑞葉の発言は怪しい。


 変態でも凛翔には嫌われたくないので、嘘を吐くしかなかった。


「あ! もう夜だし、帰らないと」


「そうだね」


「親にメールしとこ」


 大変遅くなった。きっと親に怒られるだろう。


 二人は公園で別れた。割と家はすぐ近くだ。


 でも、本当に別れたわけじゃない。瑞葉は今日の朝くらいから考えてた、尾行をした。


 2~3メートルくらい間を空けて、ついていく。


 一方、彼は。


(なんか、誰かに後をつけられてる気がするんだが。気のせいか?)


 後ろを振り返っても誰もいない。


 そのまま凛翔は気のせいで片付けて、マンションへ入った。


 マンションに入ったくらいから、人の気配は消えていた。



「今日はここまでにするか」


 瑞葉は諦めて、来た道を戻った。


(今度、時間がある時に何階のどの部屋か突き止めて、勝手に侵入でもしよう)


 瑞葉はそんな企みを陰で企てていた。いつ、そんな恐怖が凛翔を襲うのか。それはまだ、分からない。


 家に着いた。


 彼女はポーチからさっき拾った髪の毛を出し、そして――。


「うふふ。あはははっ。えへっ。幸せ」


 壊れたように笑うのだった。

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