13.レザウァの都——砂都の連続殺人鬼
黒太陽の月、
閉門間際、レザウァの都に駆け込む。砂嵐に吹きまくられ、旅程が乱れたので危ういところだった。食料はともかく水が尽きかけ、路銀も尽きる寸前だったのだ。けれどもこの後の出来事を運命の女神に知らされていれば、自分は乾きに喘ぎながらも一晩くらいの野宿は辞さなかったかもしれない。
どこかで買い取ってもらう予定の隕石の欠片や乳木の琥珀、緑柱蜂の薄荷蜜を担保に、泊めてくれる宿を探すまでに深夜になってしまった。我ながら厚かましい客だと承知していたので、女将によくよく礼を述べたのだが、彼女の朗らかな返事が含んだ不穏の棘を、疲労困憊の自分は聞き逃してしまった。
「最近は都の住民よりも、外の人のほうが安心だよ。ゆっくり休んで頂戴な」
泥のように眠ったはずが、なぜ未明に目覚めたのかわからない。虫の知らせというものだろうか、空の水瓶片手に階下へ降りると、そこに女将の死体があった。窓からの弱い月光に血溜まりが黒々照らされている。その死体に首はなかった。
自分は何度も目を擦り、頬を叩き、現実と悟るとわっと叫んで宿を飛び出た。大声で近隣住民を叩き起こし、宿に戻るまでさほどの時はかからなかったはずだ。だが戻った先の玄関広間にあったのは血溜まりだけで、遺体は忽然と消えていた。そして都民が呼び立てた警吏により、自分はあっという間に連行された。弁明も許されず、石造りの地下牢獄まで一直線に。
理解も納得も不可能だった。よそ者だからと言って、この扱いは過敏にすぎる。喉が枯れるまで看守に呼びかけたものの、しまいには恐ろしげな他の囚人の顰蹙も買って、黙るしかなくなった。唯一、向かいの牢にいた襤褸切れの塊じみた老婆だけが、熱心に自分を相手にしてくれた。
と言って彼女は狂人だったに違いない。語りかけてきた内容は脈絡のないレザウァの伝説ばかりだったのだ。
「人形にはご用心——あたかも血肉を纏う者のごとく——赤々と砂嵐の白昼に出歩く者は——メーナバードは真鍮の
それから自分は数刻間隔で、牢から引き出された。手荒い尋問を受けながら、掴んだ事情は予想よりも深刻だった。この三月の間、レザウァでは何人もの失踪者が出ているらしい。城勤めの秘書から下町の振り売りに至るまで、互いに関係性のない者たちばかりだが、とにかく皆忽然と姿を消していた。
レザウァの都は大都市だ。本来であればその程度の失踪は珍しい話ではない。だが消息を絶った一人が同盟都市メーナバードと
これを受け、警察が殺人鬼(あるいは誘拐魔)を探して血眼になったところへ、運の悪い旅人が裏町の宿で不審な言動を見せたというわけだった。
まったく酷い話だ。事件は三月も前から続いており、自分はつい先日、この都へ初めて転がり込んだばかりというのに。
いくら訴えても黒い制服を着込んだ警吏たちは聞く耳を持たず、このままでは自分もいよいよ絞首台かと心底恐れを抱きはじめた頃だった。
もう何度目になるだろうか、数えるのも止めてしまった尋問中、ふいに部屋の外が騒がしくなった。どうやら新たな犠牲者が出たらしい。それ見たことか、自分は潔白だと警吏の一人へ訴えたが、相手は憎々しげに自分を睨み、手鎖に緩みがないか確認すると部下と一緒に出て行った。それからすぐのこと。下級巡査が尋問室へやってきた。
若い男は自分を立たせて手鎖を持った。もっと清潔な拘留所へ移送するから歩けと言ったが、これまでの扱いから、とても信じられる言葉ではない。頑として抵抗の構えを見せた自分へ、しかし男が寄こしたのは毒気を抜くウィンクだった。
警官には不似合いな丸眼鏡の奥で、茶目っ気のある深い緑の瞳が輝いた。「まあまあ、悪いようにはしないから。今ならおまけに都外への送迎まで付きますよ」
慌ただしい警察署内で、下級巡査に牢へ戻されてゆくていの自分を気にする者はいなかった。巡査は廊下の先の更衣室に入り、誰のものとも分からぬ戸棚からひょいと取り出した砂よけの長衣を自分に着せた。レザウァでは一般的で、頭巾まで被れば人相も影になる。
そしてあっけないほど簡単に街路へ出、案内されるまま、自分は呆れるほど簡単に幌馬車に乗っていた。驚いたのは、馬車の荷台に自分の荷物——常に持ち歩く旅の一式、道中拾い集めた細々した物品、かなり軽い財布の中身も——がすべて揃っていたことだ。
混乱しながら覗いた御者台で、すでに田舎者らしい薄汚れた軽装に変身した男が、やけに軽い口調で言う。都市外にある渡し場に、流砂川を下る船がある。それに乗って砂漠を出るといいのじゃないかな。
しかし、自分の財布は羊皮紙より平たい。見せると彼は、悲しげに瞑目してから自身の巾着を寄こしてくれた。
「いやはや、ちょっとした手違いだったんだ。宿には誰もいないと知らされていたのだけれども。この後は確認を徹底するよう言いつけるので、どうか今回はご勘弁をば。詫び料も払ったということで……」
あなたが連続殺人鬼かと思わず質問できたのは、目の前の青年がとてもそんな犯罪者に見えなかったせいだろう。はたして彼は答えた。
「それはとんでもない誤解だな、旅人さん。そもそもあれらは死体じゃない。イヤ私も本当に焦りましたよ、片付けの最中あんたが上から降りてくるものだから。おかげで機血油の掃除が間に合わなくて——ともかく殺人鬼なんていないのです! 少々性悪のガラクタ使いがメーナバードにいるだけでね……あんたが怖がることはなんにもない。実は失踪者てのもいないのだけど、まぁそれ以上は遠い外つ国のお人には関係のないお話——ホラ、あそこが渡し場だよ!」
そこといって、ずいぶん先だ。砂煙の向こうに道標が霞んでいる。
と、唐突に放り出され、自分はころりと大地にひっくり返った。慌てて手をついて起き上がる背後で、カラカラと小気味のよい音がする。無数の木組みが散らばるような、逆に組み上がるような。
影が自分を覆い、一瞬後、容赦のない日差しが戻った。額に手をかざして見上げると、すでに青空へ舞い上がりつつある巨大な鳥の姿がある。その背に一人の人影を乗せ、作り物の怪鳥はレザウァの方角へ戻って行った。
古来より因縁があるらしい二つの砂漠の都において、傀儡師たちのあいだにどんな抗争が起きていたのやら。結局知るよしはなかったが、自分は謎の男のすすめどおり、渡し場から流砂船で素直にレザウァを後にした。
そうしてみると、やや残念だったことが一つだけある。
都の土産物店で、大昔に消えたはずの傀儡師の道具を模した、小さな人形の絡繰り玩具を買い損ねてしまった。
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