5.タファイの都――詐欺師
タファイの都に着き、何はともあれ市場に向かう。
乾燥煉瓦で造られたアーケード街は、薄明るい迷宮を思わせて歩むのも楽しい。枝道の多い路地をうねうね辿り、以前も品を買い取ってもらった店を探し歩いた。すると店は見つかったが、主が別人になっていた。
丸い色硝子のランプをたわわな果樹さながら吊り下げた灯燭屋と、アラベスクの絨毯やクッションを万彩の氾濫もどきに積みあげた敷物屋。その隙間に埋もれた暗がりに、昔は蛇穴の蛇そっくりに店主の老婆が座していたものだ。だが久々に訪れたそこには、愛想よい笑みを浮かべた三十前後の若者が一人。年寄った前店主の店を、品ごと買い取ったのだという。
生業は同じというので、そのまま鑑定してもらう。旅の道中、拾い集めた品や雑貨はいつも充分な路銀になる。
自分もそこそこ目が肥えてきて、近頃は価値ある物を選別できる気になっていたが、どうやら自惚れだったようだ。大した額にはならなかった。
ジャッカロープの枝角には虫食い穴が空いていたし、河原で拾った
まともな値になったのは狼の毛皮くらいで、がっかりしながら査定を待つ。真後ろにいた次の客にも気づかぬ程度には意気消沈していた。
自分と交替に物を持ち込んだのは、人形のような美少女だった。
こんな年端で旅の魔導師というのも解せないが、物慣れた態度や口調から推すに
去りぎわ、興味に駆られて少女の鑑定品を盗み見る。店主の興奮と喜びの入り交じる溜息が示したとおりに、卓上には宝のひと山があった。
大粒の
羨みながら店を出る。悲しく萎びた己の巾着をポケットに押し込んで、あたりの屋台で安い昼餉でも買おうと肩を落とした。
透けそうなほど薄い平パンに山羊チーズの切れ端を挟み、ちょっぴりローズマリーを散らしただけの食事では物足りない。とはいえ路銀は心許ない。他に売れそうな物もなく、疲れきって路端のベンチに悄然と腰を落とした。
そのとき、目前に二本の太い足が、歩みを止めてこちらを向いた。「もし?」
見上げれば野太い声の持ち主は、厚手の魔導師のローブをまとった驚くべき大男。
ニカリと笑った歯は白いが、顔は伸びほうだいの髭もじゃに半分も覆われている。まるで森から迷い出てきた、熊との混血児といった様相。
「そうだ、おぬしだ」と勝手に納得すると、男は重たげに膨らんだ巾着を自分の前にかざしてみせた。
いわく、「こいつはおぬしの取り分だ。遠慮なく受け取ってくれろ」
何のことかと首をひねれば「さっきの店だよ」と彼は言う。
「おぬし買い叩かれたのだ。騙されたのだよ。あの店の若造はやり手の山師でな、店も前の婆さんから奪い取ったも同然じゃった」
どうやら旅人と侮られた自分は品物に素早く細工をされて、査定額をずいぶん安くごまかされたらしい。見かねた彼が、そのぶんを取り戻して来てくれたのだ、と。
だが旨い話には裏がある。この男はどこでそのさまを見ていたというのか?
疑っていると、髭もじゃはあたり憚らぬ豪快な笑い声で通行人を振り向かせた。
「どこでだと? おぬしの真後ろで、だ! 俺のぶんは充分にある。石ころやら獣の骨で、たっぷり儲けさせてもらったのでな」
巾着を無理に押しつけられた。その背後でだしぬけに、あのいんちき店主のいきり立った叫び声が聞こえた。
「盗人、詐欺師、魔法使い! 誰か、こましゃくれた小娘を見なかったか!?」
「同類相身互い。さらばだ旅のお人。おぬしも逃げるが勝ちだぜ、捕まるな」
路地裏の細道をすっ飛んでいく、虎縞の尾を見送った。
太ましい腹を左右に揺らす、ふてぶてしくも憎めぬドラ猫は、最初に店で見た美少女よりもよほど本人の印象に近かった。
自分もそそくさ人混みに紛れる。店主は相変わらずわめいていた。
最前から、卵とバターと揚げた豆団子の香ばしい匂いが漂っていた。渡された巾着を握りしめ、詰まった硬貨の硬さを布ごしに確かめる。
まともな昼食を目指して、軽い足取りで歩いていった。
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