03話
「なあ、なんで俺達が一緒に行動をしているんだ?」
「白鳥に相手をしてもらうのが無理で暇だったからだよ」
「瀧藤先輩に付き合ってもらえばよくないか? 敢えて嫌いな俺じゃなくても……」
だからなんでそこで俺を誘うのかって話だろ、確かに友達らしい友達といるところをあまり見たことがないがそれでも俺と違って勉以外にもいるはずなのだ。
同性ということでいまも言ったように先輩を誘うのもありだろう、それだというのに彼女は意味の分からないことをしている。
いやほら、勉経由であっても普通に仲良くできているのであればこんなことを言う必要はないが、残念ながら勉がいてくれても駄目なままなのだから俺がこういう反応をしてもなんらおかしなことではないと思うのだ。
「嫌い? あたしがあんたを嫌っているって言いたいの?」
「えぇ、俺にだけ厳しいんだから嫌いだろ」
「正論を吐いているだけなのにそれだけで嫌い判定をされるなんてね」
注文したくせにまだ食べていなかったハンバーガーに齧りつき、ちゃんと飲み込んでから「あんたって被害妄想をするタイプなんだね」と言われてしまった。
被害妄想ならどれだけよかったことか、だってその場合なら自分が考え方を変えるだけでなんとかなるのだから本当に楽だろう。
「ま、確かにあんたからすれば余計なことを言ってくる人間だということには変わらないからそういう認識になってもおかしくはないのかもね」
「じゃあただの俺の勘違いということか?」
「そうよ、あ、太っちゃうからポテトをあげる」
「え、今日はどうしたんだよまじで……」
やはり敵視してきていた方が割り切れるから楽でいいな、こういうことが繰り返されると怖いからやめていただきたい。
「あんたって顔に出やすいよね、だから先輩も嫌だって言うんだよ」
「一応言っておくとわざとではないぞ」
「練習相手になってあげようか? ま、その場合は協力してもらうけどね」
「勉と出かけたいとかそういうのだろ? 俺に任せろ」
俺達に足りなかったのは話し合いか、ちょっとこうしてたまたま話しただけでこれまでのはなんだったのかと言いたくなるぐらいには簡単に解決してしまって喜んでいいのか分からなかった。
でも、楽とはいっても諦めているだけに過ぎないからやはり嫌われるよりはこの方がよっぽどいいと言える。
「な、なんか急に変わると怖いね、あんたの気持ちが分かったよ」
「でも、勉が他の人を好きになったらそっちを応援するがな」
「まあね、それでいいよ」
「じゃあ分かるまでは協力するぞ」
こちらのそれは努力で変わることではないだろうから期待はしていなかった、というか、前も言ったかもしれないがそれでトラブルに繋がったことがないから直す気があまりないと答えるのが正しいかもしれない。
「あ、ねえ、あんたのことを見ている人がいるよ」
「おいおい、そんな冗談を言ったってなんにも――本当だな、ちょっと行ってくる」
特に約束をしていたわけではないから守らずに彼女と行動をしてしまったとかそういうことでもないし、堂々としていればいいのだろうが気になってしまう。
「こんな偶然もあるんですね」
「偶然ではないわ、付いてきていたの」
「そ、そうですか」
なにを言えばいいのか、つかもう少しぐらい表情を変えるなりしてくれよ。
先輩はもう少しぐらい表に出していくべきだと思う、無表情なら問題ないというわけではないのだ。
「瀧藤先輩って白鳥のことをどう思っているんですか?」
「え? 私達は出会ったばかりだからまだ分からないわ」
真っ直ぐだな、で、先輩も別に嘘をついたりはしない、この人が無表情のときは本当のことを言っているから適当な妄想とはならない。
でも、相手によっては荒れるだろうからそういうのは違う場所でやってもらいたかった、少なくとも俺がいるところではやめてもらいたい。
「でも、白鳥はいるかーって関わりもないのに来ましたよね?」
「ああ、友達から面白い子だと聞いていたから興味を持ったのよ」
「興味を持つ時点で他とは違うわけじゃないですか」
確かに普通ならまた言っている程度で終わらせるのではないだろうか? 友達とではなく一人で教室に乗り込んできた時点で違うように見える。
「んー、だけどいまは彼に興味があるの」
「お、男なら誰でもいいんですか?」
「彼にも聞かれたけどそんな訳がないわ」
「す、すみません、もう言わないのでその怖い顔はやめてください……」
「怖い顔なんてしていないわよ? 勘違いをされて少し悲しかったの」
か、悲しんでいた顔に見えねぇ……が、勝手にそういう風に判断をされたら困るだろうから俺も言わないようにしようと気をつけていた。
とはいえ、気をつけているだけで短期間の間に他の男子といたら再度表に出てきてしまいそうな脆さではあるが。
「畑迫、今日もありがと、あたしはこれで帰るね」
「おう、またな」
「うん」
微妙な状態に変えてから帰るとかやはりあいつは俺のことが嫌いだな。
意味もなく歩いて行く背中を見ることをやめ、先輩の方を見る。
「とりあえず帰りながら話しましょうか」
「ええ」
ただ、残念ながらこちらから話しかけても会話が続かずに微妙な時間となってしまったのだった。
「なあ相棒、この漫画のこと覚えているか?」
「覚えているぞ、上手くもないのに絵を描いたりしたよな」
紙の本だって持っているのにわざわざ電子書籍の方でも買ったのか、本当に好きなんだということが伝わってくる。
「ああ、でも、俺らが小学校を卒業する前に作者が亡くなっちまったんだよな」
「昔だったらきっと分からないままだったよな」
「ん?」
「あ、ネットがあるからいまは簡単に見られるが昔だったら情報を知るのも難しいわけだからさ」
朝のニュースで放送はされなくて俺が知ることができたのは彼が教えてくれたからでしかない、パソコンが家にあっても使い方とかは特に分からなかったから教えてもらえていなかったらなんで続きが出ないのか程度の感想で終わっていたはずだ。
でも、内容が内容だから知ることができていいと言えるのかどうか、知らないで待ち続けることになるよりはいいのだろうか?
「なるほどな、そうだな。ただ、亡くなったことが分かったときは大好きな野球にも集中できなかったから簡単に情報が得られるのも一長一短だと思ったよ」
「本当に小学生のときにそう思ったのか? 俺らなんて大して勉強もせずにアホなことばかりしていただろ?」
ないない、あ、俺よりも大好きだったから集中できなくなったという点については否定はできないが、少なくとも「一長一短だな」なんて考えたことはないだろう。
だって俺も彼も小さい頃はアホだったからだ、それでいて馬鹿でもあったからそんなことが自然と出てくるわけがない。
「思ったよ、俺は相棒と違って優秀野郎だったからな」
「……勉強をしていないくせにテストができる野郎で嫉妬したこともあるぞ、しかも簡単に異性が近づいてくる野郎でな」
「モテてはいないがな」
だが、アホで馬鹿なはずなのにテストでは毎回高得点を叩き出し、エロ方向にやばい言動をしているくせに勝手に人間が近づいてくるという人間だった。
だから必死に差はないと言い聞かせ続けて見ないようにしていただけなのかもしれない、成長していないのは俺だけなのかもしれないな。
「悪かった」
「ん?」
「いやほら、実際のところは俺と勉では差があったのに同類のように見てしまって申し訳ないなって」
「俺と相棒の差なんて全くないだろ、あるとすれば……なんだろうな」
全く差がないなんて言われても困るし、なんだろうなと言われても困る。
彼の悪いところはこういうところだ、無理やり悪く言わないようにするところだと言える。
正しいことであれば言われても逆ギレをしたりはしない、無理な擁護をされるぐらいならちゃんと指摘されてしまった方がましだった。
だが、これが彼の生き方、やり方だと言われてしまえばもうこちらにはどうしようもなくなるわけで、結構このことで引っかかることは多い。
「祐輝と勉の違うところは丸まった背中かそうではないかだね、もうその時点で違うんだよ」
「あ、確かに相棒は猫背だな――なるほど、基本的に視線が下に向くからか」
丸まった背中とか関係なく現実逃避をしたいときは見ないようにしているから正解とはならない、俺自身がそう言っているのだからそういうことになる。
自分のことは自分が一番分かっているのだ、相手とどれだけ長く一緒にいようが理解度の点で負けることはない。
まあ、自分のことが分かったところでいい方に働くかどうかは別だがな、俺みたいな存在なら尚更のことだと言える。
「エロガキなのに、喋っているところを見たらアホにしか見えないのにたったそれだけでよく見えるものなんだ」
「え、エロガキは余計だがな」
「事実だから仕方がない、小学生の頃なんか私のスカートを捲ろうとしてくるぐらいには性に正直だったでしょ」
「「そう聞くとやべえな」」
確かに友達の母の中には奇麗な人もいて羨ましいと感じたことはあったものの、そんなことをしようとは微塵も出てこなかった。
ちなみに母は「祐輝がいないときにしてくるもんだから質が悪かったよ」と更にやばい情報も教えてくれたため、余計に勉がやばい奴に見え始めた。
「あと手伝いが自然とできる点もいいね、まあそこは祐輝も変わらないけど余計なことを言う癖があるから半減というかね」
「それって隣の芝は青く見えるというやつじゃないか?」
どれだけ彼を求めたってあんたの息子は俺だ、あと、開き直りたいわけではないが変わることもない俺なのだ。
「あんたもそれなりにいい子ではあるけど勉はそれ以上にいい子というだけだよ」
「よし、じゃあ勉に家に来てもらうか」
「なに馬鹿なことを言っているの」
「いや、求めていただろ……」
「はぁ、冗談みたいなものだから拗ねないの、高校生にもなってまだまだ子どものままだから困るね」
いや、別にいい子でもないのにいい子と言われた場合よりはよかったからそのことで気にしているわけではなかった。
ただ、彼がいてくれれば騒がしいだけではなく楽しめるから悪くはないと考えただけなのだ。
「ありがたい誘いだが家にはナーニャがいるから駄目だ」
「はは、そうかい」
まあ、本気なわけがないからそれぐらいの緩さでよかった。
「先輩、ここの答えって分かりますか?」
「分かるわ、でも、ただ答えを教えるだけだとあなたのためにならないから教えないことにするわ」
問題を解くのに困っているわけではなく単純に勉強をしているとはいえ静かなことが気になっていただけだからその点では問題はない。
「はぁ、なにか言いたいことがあるならはっきりと言って」
「この前からなんか冷たくないですか?」
「この前からって私達はそのこの前から関わり始めたんじゃない、あなたはまだ私のことを知らないだけよ」
だからって勉強中と顔の冷たさがリンクしているわけではないだろうし、やはり先輩は嘘をついていることになる。
怒っていようがどうでもいいが、その状態でも来続けていることが気になってしまうというところだった。
「畑迫――あ、勉強中だったらいいや」
「言えばいい」
どうせ勉強という気分にはならないから話を聞くことでなんとかしたい。
この前から地味に彼女には助けられていた、母に怒られる可能性があるからあまり遅くまでは付き合えないが協力をしてほしかったらどんどん言ってほしいところだ。
世話になったなら自分のできる範囲で返していくつもりでいる、満足してくれるかどうかは分からないがそうできた方が別れることになった際に気持ち良く別れることができるのではと考えていた。
「えっとさ、今週の日曜は白鳥の部活もないから三人で出かけない?」
「勉が許可したら参加するよ、つか、二人きりでも本当は問題ないだろ?」
先輩にだって真っ直ぐにぶつかれるぐらいだから悪く考えて無駄……とまではいかなくても変なことをするのはもったいない。
いまも言ったようにどうしてもということなら手伝うが、いつものようにぶつかってしまった方が結果もいい方向になるだろうからそっちを選ぶように言いたい。
「んー、あたしも白鳥とは長いけど白鳥的にはあんたもいた方がいいかなって、日曜に出るならなにかメリットがあってほしいでしょ? だからそれならあんたかなって思ったんだ」
「参加すること自体を嫌がっているわけじゃない、とにかく勉が許可をしてくれたら付いて行くぞ」
「うん、それでいいからお願いね――あ、お邪魔しました」
「ええ」
勉なら許可をしそうだし、逆に「二人きりがいいんだ」などと言う可能性もあるから彼女が誘うまでは分からない面白さがある。
でも、面白がる前にこちらを真顔で見てきている先輩との件をなんとかしなければならないのは確かなことだった。
「私も付いて行くわ、だってそれだとあなたが一人になってしまいそうじゃない、聞いておいて聞かなかったふりはしたくないの」
「じゃあ勉が許可をしてくれた場合はお願いします」
みんなと仲良くというタイプであってもやはり女子の方を優先――というわけではないから困ってしまう、俺のことなんか後回しでもいいのに優先してしまうときがあるから危険だった。
いつも通りであることを望んでいるだろうがいつも通りであると不機嫌になってしまう可能性があるから避けたい。
そういうのもあってこの先輩の参加はいいことなのかどうかが分からなかった、別にその気はなくてもライバル的存在に見えてしまうあの女子的にはマイナスの可能性もありえるぞ……。
「許可してくれなかったらあなたのお家に行くわ、お母さんとまたお話ししたいの」
「分かりました」
ならその方がいいとも言えない、何故ならその場合だと協力をするという約束を果たせなくなるからだ。
だから理想は集まってある程度の時間が経過した後に「いまからは二人きりになりたい」と勉が言ってくれるのがベストだった。
「あー、もうやる気がなくなったから勉強はいいわ、なにか甘い物でも食べにいかない? ついでにあなたがおすすめするお店とかないかしら?」
「すみません、あんまり店とかには行かないので分かりません」
勉と遊ぶときは俺の家か勉の家か公園でボール遊びか~というところだったから本当に分からない、それでもどうしてもということであれば俺以外の友達とも出かけている勉に聞くべきだ。
まあ、その場合は今日行くことはできないが、土日とかに一人で行く際に役立つわけだから無駄とはならないだろう。
「えっと、ご飯じゃなければ大丈夫なの?」
「それぐらいなら大丈夫ですよ、行きましょうか」
廊下に出たら向こうとここで対して距離もないのに空気が冷たくて少し萎えたが、受け入れておきながらやっぱりなしということにはしたくなかったから歩き続けた。
足を止めずに歩き続けていれば店には必ず着く、そして着いてしまえばそこからはあっという間に時間が過ぎるから考えるのをやめた方がいい。
今回に限らず大して考えていないだろと言われたらそれまでではあるが、悪いことをしているわけではないから堂々としていればいいだろう。
「甘くて美味しいわ」
「ですね」
ちびちびと買った飲み物を飲みつつ甘い物を胃に突っ込んでいる先輩を見ていた。
最初は近づいてくる理由はなんて考えていたものの、無駄だったことに気づく。
余程悪い理由でなければ別にそんなのはどうでもいいのだ、というか、利用されても構わないなどと言っていたくせにあれだったから矛盾してしまっていたことになるのが問題だ。
でも、こうして気づいてしまえばいまからはなんとかできるわけだからこれすらも無駄ではなかったということでそこまで気になってはいなかった。
「注文をしなかったあなたが悪いの、だからそんなに見てきてもあげないわよ?」
「え? ああ、別に狙ってはいませんよ、馬鹿なことを気にしていたなと自分に呆れていただけです」
金はあるがいつか欲しい物が出現するかもしれないからとなるべく使わないようにしている、そういうのもあって家か公園かを選んでくれる勉の存在がありがたい。
「そうよ、ありがとうも受け取ろうとしないなんておかしいわ」
「あ、そのことじゃないです、俺が言いたいのは――」
「私はこの前、あなたとあの子がお出かけをしているところを見て気になったわ」
紙を捨ててからこちらを見てきた。
そのときの顔は珍しく――いや、少し寂しそうな顔に見えた。
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