02話
「ねえ」
「……見間違いか?」
「見間違いじゃない、ちょっと来て」
どれだけ教室で話したくないんだよと言おうと思ったが、多分女子から自由に言われている俺と話していたら巻き込まれそうだからかとすぐに納得ができた。
多分俺でも同じことをする、まあ、男の俺が女子に対してちょっと来いよなどと言ったら余計に立場が悪くなりそうではあるが。
「あれはどういうこと?」
「ああ、なんか勉に興味を持ったみたいなんだ」
どういうこととわざわざ聞かなくてもそのままだ、どういう理由でかは分からないが昨日から先輩は近づいているということでしかない。
とはいえ、当然ではあるがこれは俺が勉のことを好きではないからこそ冷静に見られるわけで、好きな彼女からしたらそうはいかないということなのだろう。
「認めたくないけどあんた白鳥の親友でしょ、止めてきてよ」
「できるかそんなこと、自分で行ってこいよ」
「……じゃ、じゃああんたも来て」
やっぱりいいと諦める可能性もあったが結果はこれだ、そうして動けるのであれば細かいことを考えずに動いてから考えるというのもいいと思う。
「し、白鳥」
「気づいていたぞ、俺に気づかれずに近づくなんて無理だ」
「「は?」」
「な、なんでここでそんなに冷たい顔をするんだよ」
積極的にアピールをするくせに異性からのそれには気づけないという所謂鈍感というやつだった、彼を振り向かせようと努力をするよりも他の男子を好きになってしまった方が楽だろう。
「変な子が来たから戻るわ」
「別に変じゃないぞ?」
「彼女はね、問題なのはこの男の子よ」
「祐輝が? 変……あ、男のくせに全くエロ動画を見たりしないのは確かに変だな」
もう嫌だ、なんでこいつの口からはこうして余計なことが出てしまうのだろうか。
それと誰だって興味があるわけではない、エロ動画なんかを見るぐらいなら動画投稿サイトに投稿されている動物の動画を見られた方がいい。
「まだそうやって下心全開で来てくれていた方がましだったわね」
「えぇ、女がそんなことを言うなよ」
「だってこの子――もういいわ、どちらにしろ彼女の邪魔になってしまうからもう戻るわ」
結局俺は受け取れないみたいな言い方をしておきながら貰ってしまったわけだから別にいいというのにあの人は……。
「あ、それでなんだよ、珍しい組み合わせだが」
「あの先輩のことが好きなの?」
「いや? ただ友達として一緒にいるだけだ」
「……みんな最初はそう言うんだよねぇ……」
「最初から最後まで変わらないぞ、それよりほら、教室に戻ろうぜ」
空気が読める男だから一緒に行動をしたりなんかはしない、本命がいてくれれば彼女的には満足できるわけだからどうでもいいだろう。
だから俺は一人冷える廊下に突っ立っていたわけだが、結局寒かったからすぐに人が沢山いる教室に戻った。
冬なんて早く終わってしまえばいいのにと内で呟く、別に冬でなくても温かい飯は美味いし温かい風呂は気持ちがいいからだ。
「あー……」
「おわっ、急に現れるなよ……」
拘りが強い先輩がこういうことをしてくるようになったら俺の楽しい学校生活が終わ――楽しいかどうかはあれだが気になるだろうからやめてもらいたいところだ。
驚いた反応を見て楽しもうとしているのであればやめた方がいい、間違いなくいつかは周りから人が消えるから自分のためであれば気をつけることができるだろう。
他者のためなら引っかかることでも自分に関係することであれば頑張れるのが人間だからそこだけは絶対にそうすると断言できる。
「あ、りがと」
「はは、驚かしてくれなければもっとよかったがな」
「別に驚かしてないけどね、じゃ……」
とりあえず特に問題にも繋がらずに終わったことだけは珍しくよかった。
で、寒いと分かっているのに敢えて教室を出るを繰り返していると不機嫌そうな顔の先輩と遭遇した。
「なんであの子のお礼は受け入れたの?」
「あの場面でいらないとか余計なことを言うと酷いことになるからです、別に先輩限定で受け取っていないというわけではないですから勘違いをしないでください」
いい意味でも悪い意味でも特別扱いはしないということだ、自分だけが対象から外れているというわけではないことが分かってさぞ安心できたことだろう。
俺は俺でそのことでしつこく来られることもなくなるからゆっくりできるというものだ、勉以外の人間から絡まれないのが楽しむための条件だと思っている。
「お礼の言葉はともかくご飯も食べてくれない、物も受け取ってくれない、それならあなたにはどうしたらいいの?」
「先輩は重く捉えすぎです、仮になにかをするとしても『ありがとう』だけでいいんですよ」
「それじゃあ駄目なのよ、だから――……意地悪ね」
逆だ、寧ろ優しい。
でも、自分で言ったらおしまいだからなかったことにして別れたのだった。
「ということで全てを忘れてあなたのところに来たわ」
「そうですか、それならちょっと偉そうですが大丈夫です」
いや待て、別に先輩のことが嫌いというわけではないが勉の気持ちをちゃんと知ってからではないと落ち着かないぞ。
「ええ、まずあなたを知るところから始めようと思ってね。えっと、名字は畑迫……よね? 畑迫祐輝君」
「はい」
残念なことにまた廊下で遭遇したから偶然に期待することもできない、なんで教室で大人しくできないのだろうか俺は……。
寒いと分かっているのに敢えて廊下に出る俺と、敢えて俺なんかのところに来る先輩は同じM属性だと言える。
「私はお母さんがいるときにも言ったように瀧藤まりと言うの」
「忘れていませんよ? 流石にこの短期間では忘れません」
「ええ、疑っているわけではないわ。でも、正直私の名字や名前はどうでもいいの、あなたのことをもっと教えてちょうだい」
「基本的にだらだらとしています、勉と違って活発的じゃないんですよ」
あとは結構母に言われた通りに動いている人間、というところか。
とはいえ、マゾコンという領域までは足を踏み入れていないし、別に嫌いではないからこのままでいいと思う。
自分で決められないなんてそういうことでもないわけだし、特にこのことでトラブルに発展したなんてことはないからそういうことになる。
「白鳥君は違うと言っていたわよ?」
「え、俺の話でもしたんですか?」
「昨日は朝からそうだったわ、素直に受け入れようとしないあなたが悪いんだから」
後で余計なことを言わないようにと注意をするとして、とりあえず変な方向に傾きかけたいまの状態をなんとかすることにした。
普通に受け答えをしておいてあれだが必要ないとまではいかなくても知ったところでどうするのかと考えてしまうようなことだから止めるのだ。
「そうよ、育てるために手伝ってもらったの」
「自分の家で育てることができたら多少ぐらいは金を使わなくて済みそうですね」
「そうね」
冬に自分達で作れる野菜なんかは知らないが意外と色々なことができそうだった、まあ、仮に知ったところでやるつもりなんかは微塵もないが。
「お、おいおい、黙って聞いていれば先輩となにをしたんだよ祐輝、育てるってなにをだ?」
「野菜だよ」
「ほ、健全な感じでよかったぜ……」
この妄想癖は一人でいるしかないときに役立ちそうな能力だった、また、やたらとポジティブ思考でいられるところも羨ましいと言える。
「先輩、こいつの頭がイカれていてすみません」
「ふふ、面白くていいじゃない、あなたも白鳥君を見習ったらどう?」
「み、見習うとしたらクラスの真面目な男子ですかね」
納得がいかなかったのか「素直じゃねえなぁ」などと言っている彼は置いておくとして、今日も付いてきていた女子の相手をさせることにした。
でも、彼が来てしまえばいままで通り静かにやり取りを~なんてことはできなくなるからある意味助かったことになる。
二人きりで会話をしているとどうしても先輩のペースになってしまうから流れをぶっ壊す人間が必要なのだ。
「先輩、畑迫も気をつけた方がいいですよ」
「私は自分でちゃんと見てから判断をすることにしているの、でも、教えてくれてありがとう」
うんうん、悪く言うとしてもある程度は一緒に過ごしてからでないと駄目だ。
つまりクラスの女子達は――待て、一緒のクラスだからそれなりに一緒に過ごしたことになるわけで、そのうえでのあの反応ならなにもおかしなことではないのかもしれないと気づく。
当たり前のことだが完璧人間ではないから無自覚にやばいことなんかをしてしまっている可能性もあるわけで、一方的にあいつらは悪だと決めつけるのも悪なのかもしれない。
「だから祐輝は悪い奴じゃねえって」
「……あたしはそう思えないもん」
「続けるようなら悪いことを言うその口を塞いじまうぞ」
「それってあたしとキスがしたいってこと?」
「キスか……って、そういうのはまだ俺達には早えよ」
早いとかゆっくりやろうなどと重ねていく間に時間だけが経過して別れのときがきてしまいそうだ、だからやはり余計なお世話と言われても他の男子を好きになってしまった方が精神的に楽だと思う。
ただ、彼のいい点は一度その気になればちゃんと見てくれるというところだろう、まあそれで相手も絶対に側に残り続けるというわけではないが彼に恋をしている人間からすれば安心できるのではないだろうか。
「あの女の子とあなたの場合は微妙みたいね」
「別になにかを言ったとかそういうことはないんですけどね」
「けど私にとっては好都合だわ、ほら、仲のいい女の子がいるとそのつもりじゃなくても近づきづらくなるじゃない? その点、あなたの場合は――」
「あの、それ以上は言わなくていいです」
どうせ仲のいい異性なんかいねえよ、なんなら被害妄想でもなんでもなく嫌われているぐらいだ。
でも、単なる強がりでしかないが別に同性とだけ関わるようにしていても特に問題はないわけで、十分楽しめているから気にする必要はなかった。
「早く冬休みになってほしいわね、そうすればあなたとゆっくり過ごせるわ」
「え、怖いのでやめてください」
「む、そんな顔をしなくていいじゃない」
「だ、だってたかだか少し手伝ったぐらいで毎日来るっておかしいじゃないですか」
ある程度は一緒に過ごしてから云々と言った俺だが、こういう形で近づかれるとそれはそれで怖く感じてくるものだ。
これならまだ悪く言われていた方がましかもしれない、だってその場合は怖いなんてことには繋がらないからだ。
「男……なら誰でもいいということですか?」
「そんな訳がないじゃない」
「で、もう最初の件は終わらせたのにまだ近づいてくる理由は――あ、俺と仲良くなることで勉に近づきやすくするためですか?」
「それだったら最初から白鳥君に近づくわ、遠回りじゃない」
じゃあなんだよ……。
こうもっと分かりやすい状態で動いてくれていないとずっとこの状態から変われない、気持ち良く歓迎ができないからなんとかしてほしいところだった、そうすることで先輩的にも悪くない時間が過ごせるはずだ。
「あなたに興味を持ったの、それだけじゃ駄目なの?」
「他にはないんですか?」
「ないわ」
そうか、なら仕方がないか。
「俺、先輩を見ていると触りたくなるんですよ」
「手なら許してあげるわ」
「……手とはいえ真顔で受け入れないでくださいよ」
これではまるで女に飢えているみたいに見えて駄目だろう――ではなく、冬とはいえ滅茶苦茶冷たいその手が気になってしまった。
普通そうに見えて実は緊張しているとか? もしそうならなんか違うように見えてくるがどうなのだろうか。
本当のところを知りたいという考えが出てきたものの、このまま自分の欲求を優先するとやらかしそうで怖いから出そうになっていた言葉を飲み込んで冷たいですねと言うことにした。
「冬だからよ」
「そうですか」
触れたい願望なんて微塵もないから満足できたということにして離してもらう。
ただ猛烈に気恥ずかしくなってきて握られていた手を見えないようにした、そのことについてなにかを言ってくることもなかったからすぐに落ち着けた。
「少し嘘をついたわ、本当は少し怖かったのよ。あなたがではなく、基本的にこれまで話したことがない子と近づいたときはそうなの」
「なるほど」
俺の場合は怖いというよりも落ち着かなくなる、相手の方から近づいてきた場合は先程のようになってしまう、悪口なんかよりも気になってしまうのは○○だと片付けられないからだ。
だから理由をはっきりとしてほしかった、こちらを利用したいだけなのだとしても構わないから勉と仲良くしたいからという理由であってほしいと思う。
「だから多分、この子は大丈夫と判断ができれば温かくなるはずよ」
「俺はそのときまで先輩と一緒にいられますかね」
「それは私にも分からないわ、でも、そんなに難しいことではない気がしているの」
続くときは特になにかができていなくても続くものだ、だから先輩が相手の場合でもそうなる可能性はゼロではない。
だが、現時点で勉しか友がいない俺の場合は……いい方には考えづらくなる。
「俺、異性と仲良くなれたことが一度もないんですよ、だから先輩が相手でも上手くいかないかもしれません」
「どうせ大袈裟に言っているだけでしょう? 好きになってもらえたことがないなら分かるけど仲良くなれたことがないというのは信じられないわ」
「いやまじでないんですよ、勉に聞いてもらえば一発で分かりますよ」
幼稚園時代から同性としかいられなかった、まあ、一人ぼっちではないだけましと言えるが。
「白鳥君」
「ここにいるぞ」
急に現れたら怖えよ、真っ直ぐに先輩の顔が見られなくて色々なところを見ていたのに全く気づけなかった。
色々と騒がし――賑やかな存在なのにどうなっているのか、つか、やたらと先輩のことを気にしているな、と。
興味を持ったのであれば先輩みたいに真っ直ぐにぶつけてしまった方がいい、その方が動きやすいし、こそこそしているとやばい奴に見えてくるから尚更そうなる。
「いま彼が口にしたことは本当のことなの?」
「本当のことだ、まあ相棒の場合は勝手に壁を作っていたのもあるんだがな」
「なるほど、つまり勝手に悪く考えていただけなのね」
「んー、それもあるし、それだけじゃないって感じだな。何故かやたらと悪く言われるんだよ」
常に欲望全開で過ごしている彼といて、そのときに悪く言われることはあるがそれ以外のほとんどは俺単体に対してのことだからな……。
存在しているだけで嫌われるとまではいかなくても悪く言われるというのはある意味才能ではないだろうか?
「でも、不潔とかそういうことでもないのよ? 体臭だって問題ないわ」
「んー、分からねえんだよなぁ」
「あ、逆に好かれているからって考えるのはどう? ほら、好きなのについつい悪く言ってしま――……その顔はやめて」
漫画やアニメなんかとは違って実際はそんなことはない、興味を持たないかとことん嫌うだけだ。
「なら……白鳥君に簡単に近づけるから嫉妬……というところかしら?」
「いや、俺なんかには簡単に近づけるだろ、拒絶オーラも出していないぞ」
「でもほら、格好いいじゃない? だから女の子からしたらただ近づくだけでも大変なのかもしれないわよ?」
なにさり気なく格好いいとか言ってんのこの人、結局隠しているだけで勉に興味があるということか。
別に俺が先輩のことを好いているとかそういうことでもないのだからはっきりと言ってしまえばいいのに、無駄な嘘をついたところでメリットなんかはなにもないぞと言いたくなる。
「相棒、俺って格好いいのか? その割にはモテないんだが……」
「まあ、人それぞれ好みが違うからな。でもよかったな、先輩からすれば格好いいらしいぞ?」
「まあ、別に俺が格好良くてもそうじゃなくても問題ないぞ、いまでも十分楽しめているからな」
よしよし、どんどんそういうところを先輩に見せていってくれ、そうすれば実はと隠しておくことができなくなる。
「白鳥っ、すぐに違うところに行かないでよっ」
「悪い悪い」
気づいているのに敢えて気づかないふりをしているだけなのだろうか、あまりにも自然過ぎて毎回考えてしまう。
まあ、個人的にははっきりしてくれた方が先輩と過ごしやすくなるから積極的になってくれた方がいいぐらいだった。
「すんすん、うん、やっぱり問題ないわよ」
「ついつい余計なことを言ってしまうことがあるのでそれでマイナス点が大きいのかもしれませんね」
「余計なことなんて言わないじゃない」
「それは先輩が相手だからです」
「え……? つまり……私に気に入られようとしているということ?」
駄目だな、この人にぶつけると純粋なのか全て本当のことのように捉えてしまう。
このまま続けているといつの間にか滅茶苦茶な勘違いをされるかもしれないから気をつけようと決めたのだった。
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