第45話 演習
とうとう演習の日が来た。
他の同級生や緑川さんは中規模クラスのゴブリンの巣の討伐に行く予定らしい。
聞いた情報では既に同級生の実力はゴブリンどころかオークまで狩れる実力があるから問題は無いそうだ。
騎士や兵士も同伴するから問題はまず起きないだろう。
俺達はというと別行動になる。
他の同級生と違い、討伐予定のゴブリンの巣は小規模な物になっているが、それにプラスして『盗賊』の討伐が組まれていた。
これはフルールがマリン王女に頼んで加えて貰ったそうだ。
しかし、凄い話だ。
フルールは『奴隷』マリンは『王女』立場で言うなら天と地位の差がある。
それなのにマリン王女はフルールに逆らえない様に思える。
凄いな!フルール。
これじゃどちらが王女でどちらが奴隷か全く解らない。
俺も塔子や綾子と共に『人殺し』を覚える必要があると思っていた。
魔物や魔族ならその見た目から殺すのを躊躇しないで出来る様な気がする。
恐らく、最初はそれでも戸惑い位はあるかも知れないが、すぐに適応できるようになる気がする。
だが、相手が『人間』だったらどうだろうか?
多分躊躇してしまうのではないか。
おっさんや筋肉隆々の男なら割と簡単に割り切れ殺せるかも知れない。
だが、相手が美少年、美少女だったら?
戸惑いや隙が生じる様な気がしてならない。
更に、幼い子供だったら…躊躇して殺せない可能性もある。
フルールの話ではスラムでは6歳で殺しを覚える子供もいる。
此処は平和な日本じゃない。
魔物と同じとまでは言わないが、子供でも人を殺しに来る世界。
それを頭に置くべきだ。
だからこそ『俺たちは足を救われないように、人を殺せるようにならないといけない』
街の中は安全。
それは半分まやかしに過ぎない。
中世に近いこの世界では『本当の敵は人間』なのかも知れないのだ。
フルールですら油断から一回は足元を掬われたのだからな。
◆◆◆
「それではゴブリンの巣にご案内致します。我々はついてはいきますが案内だけで巣には入らず、外で待機させて頂きます」
そう言うと5名の騎士達は高台の方へ移動していった。
その場所から遠眼鏡で様子を見ていると言う話だ。
俺達の場合は『小規模な巣』大体3時間もあれば攻略が可能な規模だ。
もし3時間以上たって出て来なかったら、騎士達が踏み込んできてくれる。
そう説明を受けた。
「さぁ行くか」
「「はい」」
「後衛は私に任して下さいですわ」
俺、綾子、塔子、フルールの順で巣に入った。
小規模と言う事で凄く小さい。
情報どおりなら体育館位の規模だそうだ。
俺とフルールはあらかじめ打ち合わせをしており、四人とも棍棒とナイフしか持っていない。
ナイフは切り取り用のナイフで敢えて武器には使えない物を選んだ。
棍棒を選んだ理由は『最も惨たらしい殺し方』を経験する為だ。
ナイフや剣なら、精々が血だらけになるだけだが…棍棒は違う。
頭を殴れば『ぐちゃりと頭が潰れて脳味噌が露出する』『他を殴っても骨が折れる感触や肉が潰れる嫌な感触を味わう』
多分、これを経験すれば『大抵の事は耐えられる』俺はそう思っている。
フルールに相談した所『流石理人様ですわ、私はナイフで解体をさせようと考えていましたが、その方が効率が良さそうですわね』と感心されたから、間違って無かったようだ。
それに、こん棒なら他の武器に比べて最悪振り回して当てるだけでも相手に死ぬような致命傷が与えられるとも考えた。
本当は金属バッドが理想だが、異世界には無い。
そんな訳で、俺達は棍棒を手に持ち巣の中を進んでいった。
いきなり4匹のゴブリンが現れた。
「俺の名は」
「ぎひゃぁぁぁーー」
返事は返ってこないで襲い掛かってきた。
やはり知能が低い、狩っても大丈夫な存在だ」
「俺が2匹やるから、塔子と綾子は1匹ずつ頼む」
フルールは俺達以上になれているから経験して貰う必要は無いだろう。
「「解かったわ(よ)」」
俺はゴブリンの頭を野球の要領で棍棒でフルスイングした。
子供の大きさのゴブリンだ…グチャという音と共に頭部が潰れて死んだ。
そしてもう一匹も同じ様に殴ったが少し頭からずれた。
頭を押さえながら喚き散らし転げまわっていたが追撃の一撃で完全に死んだ。
動物を殺した位の罪悪感はあった。
俺は2匹を確実に仕留めた事を確認すると、2人が気になったので後ろを振り向いた。
そこには青い顔をした塔子に涙目の綾子が居ると思っていたが…違った。
二人は俺と同じ様にゴブリンの頭を潰し、ナイフで左耳を切り取っていた。
大丈夫そうなので、俺も討伐証明となるゴブリンの左耳を切り落としにかかった。
気のせいだろうか?
2人とも笑っている様な気がする。
そうは言っても女の子だ、顔に出さないだけかも知れない。
「大丈夫か?」
声を掛けた。
なんで二人とも驚いた顔をしているんだ。
塔子は兎も角、綾子は絶対にメンタルをやられ泣きそうな顔をしている。
そう思っていたのに…違っていたようだ。
「私は大丈夫よ!この位どうってこと無いわ」
そう言いながらも塔子は震えていた。
「私も、ハァハァ大丈夫です」
そういう綾子の笑顔は『大丈夫じゃない』そう言っている。
だけど…可笑しいな。
二人のしぐさがまるで作り物の様に見えたし、さっき二人が『笑っているように見えた』んだ。
やっぱり見間違いだな。
多分気のせいだ。
俺は周りにゴブリンが居ない事を確認して二人を抱きしめた。
「ちょっと、理人…こういうことは2人きりの時に、なんで綾子と一緒なのよ」
「理人くん、凄く嬉しい、だけど二人纏めてより1人の方が嬉しいよ」
「いきなりごめん。だけどこうすると落ち着くと思って。良く子供の頃、俺が不安そうな顔をすると親父やお袋が抱きしめてくれたから」
「なんだ、そういう事なのね」
「そうですか? 私ならもう大丈夫です」
なんで二人とも不服そうな顔をしているんだ。
まぁ良い。
落ち着きを取り戻したみたいだし。
「理人様、1人だけ除け者はズルいですわ」
そう言いながらフルールは両手を広げてきた。
「フルールは…」
と言いかけたがフルールにしたら『仲間外れ』は寂しいのかも知れない。
そのまま俺はフルールを抱き寄せた。
「「フルールだけズルい(わ)」」
そう言われたが、俺にはどうしようもないな。
◆◆◆
順応力って凄いな。
塔子も綾子も、もう躊躇なくゴブリンを殺している。
しかもさっさと殺して、耳を切りながら、もう普通に会話をしている。
既に20匹くらいのゴブリンを狩った。
恐らくこの巣にはもうゴブリンは居なさそうだ。
奥に進むと2つの部屋があった。
見た感じ倉庫の様に思える。
1つ目をあけると、そこはゴブリンの宝物庫のようだ。
フルールに貴重な物があるか、一通り見て貰ったが碌な物は無いらしい。
「全部ガラクタですわね」
「見ての通りという事か」
「そうですわね」
「それじゃ、もう1つの方に期待だな」
「あっもう1つは…今後の為に、見た方が宜しいですわね」
中を見た瞬間目に入ったのは2人の女性だった。
◆◆◆
「あうあうあわぁ~ あうあはははははっ」
「ありゅ..あああう? 死にゅたいははははっ子供?たしゅけて..」
親娘だったのかも知れない。
2人の女性がほぼ異臭を放ちながら全裸で転がっている。
これがどういう状況なのかは解る。
ゴブリンの苗床にされていたのだろう。
ただ、どうして良いか解らない。
「フルールこの場合は」
フルールは一瞬悲しい目をした気がした。
「殺してあげるのが良いのですわ。完全に頭が狂っていますし、これはまず正気になりませんわね。それにもし奇跡が起きて正気になっても一生ゴブリンの苗床にされた事は消えませんわ。悪夢の様な記憶に苛まれて、街で暮らしても村で暮らしても、もう真面な生活は出来ませんわね。多分それは私達が考えるより遙かに地獄ですわよ」
「そうか」
まさか、此処で経験するとは思わなかった。
しかも相手は盗賊でもなんでもない『被害者も母娘』だ。
「何でしたら私が殺しますわ」
それでは意味が無い。
フルールなら恐らくは苦痛を与えることなく楽に殺せるだろう。
俺が殺すとなると、フルールよりは苦痛を与えてしまうだろう。
やはり剣を持って来るべきだった。
剣ならきっと俺でも楽に殺してあげられるかも知れない。
だが、これはフルールではなく俺がやらないと意味が無い。
そう思い解体用のナイフを強く握った。
今さらながら忘れていた。
今の俺には大樹達から奪った能力の上乗せがある。
このナイフでも多分『楽に殺してあげる』事が出来る筈だ。
「ごめん、皆外に出ていて」
「理人様がおやりになりますの?」
「そうだよ、幾らフルールがこういうのに慣れているからといって『全部任せる』のは良くないからな。俺達も経験しないといけない」
塔子も綾子も黙ってうなずいていた。
「だから、今回は俺がやる…だが皆に人を殺す所は見せたくないから出て行って貰いたい。本当はこれすら駄目なのは解っているけど頼むよ」
「解りましたわ」
「解かった」
「理人くん、解ったよ」
この2人は悪人じゃない。
ただの被害者だ。
なにも悪い事をしていない。
だが殺してあげる以外に救いはない。
『だから、悪人で無いのに殺す』
そんな俺の姿を2人に見られたくない。
それに悪人で無い者を2人に殺させるのは、凄く嫌だ。
フルールなら慣れているからと言って任せるのは間違っている。
『俺がやる』
3人が出ていくのを見て俺は、2人に謝った。
「ごめんなさい」
そして苦しまない様にナイフを娘の首すじにあてて引き裂いた。
同じ様にもう一人母親にも。
二人とも、多分苦痛なく死んだと思う。
テラスちゃんの言う通り、経験値が入ってきたのが実感できた。
だが、何故か悲しみが止まらなくなり、涙がこぼれ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます